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第七話:私の完全勝利ではなくって?

 力なく座り込むジェスト殿下。その後ろで「ひどいですぅ、ひどいですぅ」と《ですぅ魔法》全開のピンク頭様。側近の令息たちも青い顔をして座り込んでいますわね。


 彼らを見下ろすように立ち、広げた扇を優雅にあおぐ私は、ドヤ顔の悪役令嬢といったところでございましょうか。

 

 あら、扇をあおいでいるのはポーズじゃございませんのよ?ピンク頭様がしきりと《ですぅ魔法》をふりまいておられますので、念のため打ち消しておりますの。


 


 「ジェスト殿下、《制服》も《大階段》も《お茶ぶっかけ》も、私がやったのではないとお分かりいただけたでしょうか?」

 



 氷の令嬢スマイルで優しく殿下に問いかければ、彼は力なくコクコクとうなずきましたわ。

 



 「……ああ、分かった。お前への嫌疑はすべて取り下げよう……」


 「そんなぁ、でんかぁ、ひどいですぅ」

 



 ピンク頭様が悔しげにこちらを睨みますが、私と視線が合うとビクッと体をふるわせ、うつむかれました。


 氷の令嬢スマイルには《鎮静》《能力低下》のデバフ効果がございます。お祖父様が申されておりました。将たる者、視線ひとつで敵を引き下がらせるべし!と。


 そのお祖父様の教えに従い、幼少の頃より鏡の前で訓練に励んでおりました私ですもの。抜かりはありません。


 氷の令嬢の先輩として、ひとつアドバイスを差し上げるなら、鏡に向かって練習いたしますと自分自身に効果が及ぶこともございます。お気をつけ遊ばせ。

 

 心配いりませんわよ。そんなときは、お水をぐっと一息にグラス一杯も飲めば、この世は薔薇色になりますわ。即効性ありですわよ?


 


 「それでは殿下、婚約破棄の件は承りました。どうぞ末永く、ピンク頭様とお幸せにお暮らしくださいませ」

 



 最後に淑女の礼をたおやかに披露し、少し長めにポーズをとりましたの。ジェスト殿下とは色々ありましたわ。今回の件も腹が立たないわけではございません。ですが、これでお別れですもの。最後はきっちり、美しく終わりたいものです。



 パチパチパチ。


 どうしたことでしょうか?どこからともなく拍手が始まり、気がつくと私はパーティ会場全体から、響き渡るような拍手と称賛の声に囲まれておりましたの。


 


 「はぁ~、オーレリア様、素敵ぃ!」

 「かっこいいよなぁ!」

 「おバカ王子の陰謀を知識でさらりとかわした!」

 「オーレリア様!こっちむいてー!」

 



 あら、いやだ。私、集中しておりましたもので、多くの方が事の成り行きをご覧になっていたことを忘れておりましたわ。


 よく考えれば、この場にいらっしゃる皆様が、私の話を真摯に聞いて判断なさってくださったからこそ、ジェスト殿下は無体なことができなかったのでしょうね。


 もし、多くの方が私の話を聞こうともせず、ジェスト殿下とピンク頭様の言うことだけを鵜呑みにされていたのならば、私は今頃、地下牢に入れられていたかもしれませんもの。


 王子妃教育に忙しく、同じ年頃の友人もつくれなかった私にとって、これは思ってもみないサプライズ・プレゼントでした。学院生の皆様方と心が通じ合ったような気がしましたの。


 この嬉しい気持ち、感謝の意をこめて淑女の礼にて皆様にお返しするべきですわね!


 四方八方にぐるりと淑女の礼を披露したあとは、声援を送ってくださる皆様に笑顔で手を振らせていただきましたわ。もちろん、氷の令嬢スマイルではございませんことよ?


 まあ!楽団の方たちが音楽を奏で始めましたわね!皆様も楽しげにダンスを始められました。いいですわね、ダンスパーティって感じですわ!


 あら、タイミングよく、給仕さんがにこやかに盆に乗ったグラスを持ってきてくれましたわ。それはなに?果実酒を使ったカクテルなのね?もちろん、いただくわ!


 ああ!それなのに!グラスは私が取る前に奪われてしまいましたの。誰っ!?横入り禁止ですわよ!列には並ぶよう教わらなかったのかしら、野蛮だわ。



 

 「リア、もう君は飲んじゃいけない。飲み過ぎだ」

 



 私の狙ったグラスを横から奪い去ったのは、魔術師様。まだ黒いローブのフードを被っておられるので、お顔は隠れておりますが、先程まで年老いた魔術師を装うためにかがめていた体も今は伸ばし、声もいつもの声に戻しておられます。



 そうでしたわ。私はまだ勝負の真っ只中にいることを忘れておりました。私が戦っていたのはジェスト殿下でもピンク頭様でもありません。


 私が勝つべき相手は、幼い頃より私を2位の座に押し込めてきたリムルノア様、私の幼馴染、通称リムルでしたわね。


 いきなり年老いた魔道士様を装って、婚約破棄の場に割り込んできたときには驚きました。


 リムルは卒業パーティをまたずに、家庭の事情とかで自国に戻っていたはずなのに、なぜこんなところに?と思いましたわよ。


 それに長年の付き合いのある私に帰国する挨拶もなしなんて!元々、礼儀知らずで無礼な方ではありましたけれど。

 


 今回の断罪イベント、《制服》はおあいこ、《大階段》は私の勝ち、続く《お茶ぶっかけ》も私の完全勝利でしたわよね?


 勝敗でいえば、二勝一引き分け、トータルとしてみれば私の勝ちです!こればかりは、はっきりとリムルに言っておかなくてはなりませんわ!


 ですのに、リムルは私の腕をつかむとぐんぐんと歩き始め、私の話など聞く気振りも見せませんの。令嬢の腕をひっぱって歩くなんてどういうことかしら?ぷんぷん。

 

 


 「リア、ここにいては危ない。ジェスト殿下の気がいつ変わるともしれない。残念ながら殿下を止めるべき立場の国王と王妃は、外遊のため不在だ。宰相も地方に行っている。だからこそ、この時を狙ったんだろうが、なんとかやり過ごせてよかった」



 

 パーティ会場を抜け、外に出るとようやくリムルは歩みを止めましたの。そしてフードを払いのけると、大きく息を吐き出しましたわ。なにか疲れたご様子ですわね。



 

 「はぁー、もうどうなることかと思った。パーティ会場に入る前の君を捕まえたかったんだが、時間的に無理だった」


 「リムルノア様、御機嫌よう。お久しぶりですわね。私になにか御用があったのでしょうか?」

 



 淑女の礼を優雅にとる私に、リムルは額に手を当ててため息をつかれました。なぜっ?いきなり外に連れ出しておいて、ため息とかなんですの?

 



 「君ときたら、まったく……。御用もなにもジェスト殿下とアリア嬢の張った罠に、うかうかと踏み入るなんて危機感がなさすぎる。地下牢にぶちこまれて、そのまま処刑されたっておかしくなかったというのに」


 「まあ、そうでしたの?罠というのは先程の断罪のことでしょうか?」


 「ああ、そうだ。前から危ないと思って見張ってはいたんだが、国王様の不在を狙って決行したらしい。まさか人の目の多い卒業パーティ中にやるとは思ってもみなかった」


 「そうでしたの……でもなぜジェスト殿下はこのようなことをされたのでしょう?普通に婚約解消をすればいいだけではないですか」


 「君の家である侯爵家と王家の力を落とすためだろう。アリア嬢は隣国の工作員だ。リアも見ただろう、彼女がふりまいている魅了魔法を」


 「ああ、あの《ですぅ魔法》ですか。扇で散らしておきましたけれど」


 「ジェスト殿下はアリア嬢の支配下にある。君の働きのおかげで少し支配が弱まったようだけど、いつ元に戻るともしれない。さっきは難を逃れたけど、ここは君にとって危険な場所であることに代わりはない。外に馬車を待たせてあるんだ。早くこの場から離れよう!」



 

 再び私の腕を掴んで歩き出そうとするリムルを、私は押し留めます。

 



 「リムルノア様、どうぞお待ちになって」

 「どうしたんだ、リア。急がないと時間がない」

 

 


 私のただならぬ雰囲気に、リムルも歩みを止めてくださいました。私にはどうしても言わねばならぬことがございます。


 


 「リムルノア様、先程の勝負、私の勝ちでよろしゅうございましょうか?」


 「勝負?ああ、断罪のことか……そうか、それで分かったよ。君が罪を被らないようになんとかしようとしていたのに、どんどんでしゃばってくるから変だと思っていたんだ。酔っ払っているんだとばかり思っていたよ」


 「酔ってなどおりませんわ」


 「いや、酔ってるだろ」


 


 なにやら気まずい雰囲気が漂いますわね。私もどう対処してよいやら分かりませんわ。なにやら顔が赤くなっておりますし、リムルの方へと体が引きよせられていく気がいたします。


 くっ、これはまさか《引力魔法》では?リムルがここまで魔法の腕を上げていたとは思いませんでしたわ。私がリムルの魔法にあらがっておりますうちに、小さなため息のあと、リムルが話し始めましたの。

 



 「リア、君がどうして僕に勝ちたがるのか分からない。だが今の君を見ると、先程の断罪は君にとって重要な勝負だったんだろうと思う。認めよう、先程の断罪勝負は君の勝ちだ。最後の観衆の反応を見ただろう?みんな、君を褒め称えていた。だから文句なく、君の勝ちだと言える。僕は君に負けた。おめでとう」


 


 リムルが差し出した片手を私もそっと握ります。戦った二人が、最後は握手をして互いの健闘を称え合う。今日一番の見せ場ですわね。


 ……いえ、違います。見せ場はここからですわ。さあ、オーレリア、勇気を出して!


 



 「リムルノア様、貴方様には幼い頃より一度も勝てたことがございませんでした。なにをやっても貴方様のほうが上手になさいます。それは常日頃、周りから優秀だと言われていた私にとっては衝撃でしたのよ?」


 「え?いや、そんなはずは……」


 「私は幼い頃から、あなたにある思いを抱いておりました。それをお伝えようとしたのですが、ジェスト殿下と婚約することになり、お伝えすることができなくなりました。ですので、幼い私は神に願ったのです。私の思いをあなたに伝えられる機会をくださいと。その対価として、あなたに勝つことを神への貢物として差し出したのです」


 「神への貢物に勝利って脳筋過ぎるぞ。でもそれって……いや、待て、リア。早まるんじゃない。それはまずいぞ。僕はまた君に先を越されるのか」

 



 リムルがなにやら、慌てふためいていますが知ったことではございません。私はずいっとリムルの方へ、一歩前にでます。

 キメるときはキメろ!お父様もよくおっしゃっておりますわ。さぁ、キメますわよ!


 


 「リムルノア様、いえ、リムル。あなたのことが好きです。幼い頃よりずっと、私の心はあなただけのものですわ」


 「はあー、また先を越された。君は僕に勝ったことがないと言うけれど、僕にしてみれば負けてばかりだ」


 「なんですって?」


 「いや、こっちの話。リア、僕も君が好きだ。僕がうだうだ悩んでいる間に、軽やかに先に行ってしまうとこも含めて好きだ」


 「先に行っているのはリムルでしょ?」


 「はいはい、いいからいいから。さあ、僕のお姫様、馬車が待っております。急ぎましょう」

 

 

 

 リムルと手をつないで足早に歩きますと、なぜか嬉しくて踊りだしたくなりますわね。

 



 「リムル、なんだか踊りたいですわ!」


 「はあ、こんなときに。ちょっとだけだぞ」

 



 私とリムルは満点の星空の中、踊ります。

 



 「私のこと《ぼっち》とおっしゃったわね?」


 「あー、悪い。いや、あんまり楽しそうに反論しているからつい……それより銀髪ガリ勉とかひどいな」


 「私は見たまま、口にしただけですわよ。ところで馬車でどちらへ向かいますの?」


 「僕の国。父と母には話してある。リアにもしものことがあったときに避難できるように話をつけに帰ってたんだ。リアのご両親にも話は通してある」


 

 

 私は踊りながら、心の中で神に感謝を捧げましたの。ジェスト殿下の婚約者のままでは、リムルに思いを伝えることはできませんもの。


 私の願いが叶い、晴れて婚約も解消できましたわ。そしてリムルに思いを伝え、彼の気持ちも聞くことができたのです。


 


 「これって、私の完全勝利ではなくって?」

 


 

 リムルは何も言わず、私を抱きしめたのでした。

 


 

 

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