第五話:階段から落ちるなんて無理ゲーですのよ?
「わ、私は、校内の大階段でオーレリアさんに突き飛ばされて、下まで転げ落ちましたぁ!あやうく死ぬところでしたぁ!」
ピンク頭様の話を聞いて、私と魔術師様は顔を見合わせます。
「それは、おかしいですね」
「ええ、おかしな話ですわ」
「な、なにがおかしいのよ!嘘じゃないわ!ちゃんと証人だっているんだから!」
「もし証人がいらっしゃるというのでしたら、ますますおかしなことになりますな」
「な、な言ってるのよ!?証人なんかいないと思っているのね。ジェストさまぁ~、証人の皆さんを呼んでくださーい」
「ふふ、アリアよ、案ずるでない。証人をこれへ!」
さっきまでだらだらと汗を流しながら青い顔でぶつぶつ言っていたジェスト殿下は立ち直られたようで、こちらを蔑むようなお顔を復活させて側近の令息に指示をだしております。
元気なのはいいことですわね。殿下はおバカですけど、元気がいいのは認めますわ。でも元気なおバカってちょっとめんどくさいですわね。
そうこうするうちに5人の神官がジェスト殿下の前に並びました。
「その方たち、所属を名乗るが良い」
「賢きジェスト殿下に、女神教会の祭司がご挨拶申し上げます。私共は清き乙女、聖女アリア様の側使えを申し付けられております」
「アリアの側使え、大義である。その方たちなら証人として問題ない。見たことを申してみよ」
白い神服をきた祭司たちが5人横並びになり、一礼すると証言を始めたわ。
あまりにもぴたりと息のあった礼に、予行演習でもしたんじゃないかと思ってしまいますわ。
怪しいですわね。
「大階段をアリア様が降りようとなさったとき、一人の令嬢がアリア様に話しかけられました。少し話したあと、その令嬢はアリア様を階段から突き落としたのです」
「さよう、私もこの目で見ました。階段の一番上から突き落とされたアリア様は、階段をころころと転んで一階まで落ちました」
「私もはっきり覚えております。アリア様を突き飛ばした令嬢は恐ろしげな顔でこちらを睨んでおりましたぞ」
「私も証言いたしましょう。アリア様を突き飛ばした令嬢は、走って逃げ去りました」
「女神様に誓って真実を申し上げます。大階段から落ちたアリア様はひどい怪我をなされておりました。ですので皆ですぐ治癒魔法をかけてさしあげました」
あらあら、祭司の皆様方、そんなことをおっしゃっていいのかしら?特に女神様に誓った祭司様、天罰が下るのではなくて?
「皆、証言、大義であった。して、そのアリアを突き落とした令嬢というのは誰か?」
「「「こちらの令嬢でございます」」」
五人の祭司様が、ピシッと人差し指を私の方に突きつけましたわね。ちょっとドラマチックですわ!
「オーレリア!証人は五人ともお前がアリアを大階段から突き落としたと証言している。先程の制服の件ではこちらに手違いがあったが、この罪からは逃げられぬぞ?」
「そーです!逃げられませんよ!オーレリア様、私に謝ってください!」
勢いを取り戻したジェスト殿下とピンク頭様がわめいておられます。
さて、どう攻略しましょうか?
思案しながら魔術師様の方を見ますと、こちらをちらりと見て口の動きだけでメッセージを伝えてくるではありませんか?
(おねがいだから、だまっててくれ)
ふふふ、分かりますよ?魔術様がなにを考えていらっしゃるか。大階段の秘密、知ってるふりはしてみたものの、あまりよくご存知ないんでしょ?
我が校の制服についてはご存知でも、大階段についてはそれほどよく知らないようですわね。私の口を封じて、なんとかこの場を誤魔化してポイントを上げようとなさっているのね。
さきほどの制服については引き分けとしてもいいでしょう。問題としては易しすぎますからね。
ですが大階段では私の勝ちとさせてもらいますわよ。
あなたのご意向は無視させていただきます!
「大階段から転げ落ちるなんて無理ですわ。だって……」
勝利を確信した私は、ここで華麗にターンを決めてから手に持った扇子をサッと広げます。決まった!私の見せ場!この勝負、もらったわ!
「だって、「浮遊魔法がかけてある」んですもの、ちょっと!魔術師様!?」
「ふ、浮遊魔法……あっ!?」
「なんなんですか!なんなんですか!証人もいるのに浮遊魔法がなんだっていうんですぅ!」
殿下はなにやら思い出したらしく、青いお顔で「まさか……あの場所が……」とぶつぶついっておられます。ピンク頭様はなにも分かってないらしく、とりあえずうるうるされておりますわ。
私は魔術師様につめよって私の勝利を横から奪うな!と文句を言おうと思ったのに、彼は勝手に話を進めていきます。
「殿下、ようやく思い出されたようですな?校舎内にある一番大きな階段は、通称《大階段》と呼ばれております。昔、そこで事故が起こったのです」
ああ、もう!このままでは魔術師様に全部持っていかれますわ!日頃練習している決めポーズまで使ったのですから、負けるわけにはまいりません。
私は「はい!はい!」と片手を挙げながら、ぴょんぴょん飛び上がり重要情報を追加します。
「はい!はい!私の番ですわ!ジェスト殿下のお父様、つまり国王様が学生のころ、大階段の上からつるん!と滑って転んで落ちてしまったんでございます!」
「リ……こほん。オーレリア嬢、貴女は少し、ワインを飲み過ぎなのでは?」
魔道士様ともあろうお方が、私を酔っ払いと見間違うなんて!少し戸惑っておられるようですので、この隙きに勝利をものにしてしまいましょう。
「そして国王様は皆が怪我をするといけないと、王宮魔道士団に対策を命じられましたの」
「「事故の起こらぬ階段にせよ!」と申され……魔道士様!私の答えにかぶせないでくださいまし!」
「そこで設置されたのが「浮遊の魔法陣」……そこの魔術師!おだまりなさい!」
私はサッと魔術師様に駆け寄り、そのおしゃべりな口を手のひらで押さえます。言ってわからないのなら体に分からせるしかありませんわ!
「ですので!あの大階段から転げ落ちたりするのは無理なのでございます」
よし!最後まで邪魔されず言えましたわ。私に口を押さえられて、もごもご言っている魔術師様以外、誰も音を立てず静寂があたりを包みます。
魔術師様のお顔が赤くなっていらっしゃいますけど、酸欠かしら?少し力を緩めておきましょう。
「ジェスト殿下、お分かりいただけましたでしょうか?大階段には国王様が学生の頃より、転落防止の浮遊魔法がかけられておりますの。転んだり落ちたりすることはないのですよ。半年ごとに王宮魔道士団の方が点検にもこられております」
「……浮遊……父上……くっ」
「ひどいですひどいですひどいですぅ」
ジェスト殿下はぐったりと床に座り込み、その背中に隠れるようにしてピンク頭様がうるうるされております。
さあ、仕留めてしまいましょう。仕留めて血抜きをするまでが狩り、そうお父様もおっしゃっておりました。
「もし、ジェスト殿下とピンク頭様が私を糾弾されるのでしたら、同時に王宮魔道士団も訴えねばなりません。これは王宮魔道士団が魔法陣の点検を怠っていたということですから。国王様もお怒りになることでしょうね」
「ヒィィィ」
「ひどいですぅ」
「そして女神教会にも、そのお手伝いをしてもらわなければなりませんわね?ピンク頭様が落ちたところを見たと証言されているのですから」
私が氷の令嬢スマイルで祭司の方々に微笑みかけますと、皆様あたふたとされております。
「なにとぞ、お許しを」
「そういうつもりではなかったのです」
「上司に強要されて」
「頼まれただけなのです」
「申し訳ありませんでした」
ふふん。完全勝利ですわね。
それにしても、大階段から落ちたなどとよくも言ったものですわ。頭がおかしいわね。国王様と王宮魔道士団を敵に回すことになるとか考えなかったのかしら。
ところでフードで他の皆様には見えてませんが、私の隣で顔を真っ赤にされている魔道士様、どうしたものかしら?
あら、ごめんあそばせ。まだ私の手で口を塞いだままでしたわね。呼吸ができなくて苦しかったのね。さあ、深呼吸なさって?