第三話:制服は破れませんわよ?
「大丈夫か、リア!」
ふらっと態勢を崩した私を支えたのは、年老いた魔術師様を装った私の幼馴染、決して私に一位の座を譲らないリムルノア様でした。
私の家族は私の名前オーレリアをオーリーと呼んでおります。リアと私を呼ぶのはリムルノア様だけなのです。
そして私はリムルノア様のことを、私的な場ではリムルと呼んでおります。
「あなた、リムル?なぜここに?」
リムルは他の方に聞こえないようにでしょうか、小声で話します。
「……ちょっとやり残したことがあったんだ」
「やりのこしたこと?」
「ん、うん。それより大丈夫か?」
私と視線を合わせようとしないリムルを見て、私は全てを理解いたしましたの。
リムルはまだ私を叩き落とすことに、飽き足りていないのだと。
子供の頃からそうなのです。
私を惨めな二位の座に居座らせるとき、自分のほうが上だと無慈悲に知らしめるとき、彼は私と視線を合わせようとしないのです。
絵を描く時も、詩を作るときも、ダンスも、外国語も、彼は私の視線を避けるような態度で上位であることを見せつけてきました。
私、気が付きましたわ!私の戦いはまだ終わっていなかったのです。
学院での成績はもう仕方ありません。
私も頑張りましたが、それ以上にリムルも励まれたのでしょう。
そのリムルがいま、ここにいる。
きっと、学院での試験だけでは飽き足らず、この断罪の場でも私の上を行くつもりなのです。
そうに違いありませんわ!
あら?これって私のリベンジの場に使えるのではないかしら?
せっかくジェスト殿下とピンク頭様がつくってくださった好機ですもの、存分に使わせていただきましょう。
私の顔が驚愕の表情から固い決意を表すものへと変わったことにリムル、いえ、ここでは魔術師様と呼んでおきましょう。
魔術師様も私の変化にお気づきになられたようです。
魔術師様は今までゆっくりとした重々しい口調で話されていたのを急に改め、慌てたように早い口調で一気に話されました。
声も上ずっているような?
酔ってるのかしら?
「恐れながらジェスト殿下に申し上げます。この学院の制服が、刃物やハサミごときで破れるはずがございません。その布地は辺境の地で蜘蛛型の魔物より採取した、高性能な糸で織られたものでございますので」
魔術師様の発言に私はニンマリします。
そうそう、それそれ。
それが私も言いたかったんですの。
すぐに思い付かなかったのは失態ですが、決して酔っているわけではありません。
その証拠に魔術師様のお言葉に、誤りを見つけてしまいましたもの!
ふふ、負けませんわよ?
「蜘蛛だと!?例え魔物であろうと、蜘蛛の糸が切れないはずがないだろう!!」
ジェスト殿下に賛意を示す拍手を小さくしながら、私も反撃の狼煙を上げます。
「殿下のおっしゃる通りですわ。蜘蛛の糸が切れないはずがございません!」
私の発言に何故か周りが騒めきます。
殿下も私の方を見て、一瞬驚いたような顔をされてから、嬉しそうにうなずいておられます。
「オーレリア、認めるのだな?やはりこの制服を切り裂いたのは「ミスリル製の刃物でしたら切れますわ!」……えっ?」
「ですから、ミスリル製の刃物でしたら切れます」
なぜか周囲がいっそうどよめきます。
ジェスト殿下も私を指差したまま、ポカンとされていらっしゃいますわね。
あら?皆さん、もしかして、ご存知なかったのかしら?
これは王立学院の2年の授業《地域産業と魔物》で習ったはずですが……。
試験にも出たはずですわよ?
……ああ、失念していました。
あの授業は必須科目ではありませんでしたね。
最初は受講生が30人はいらしたのに、最後は私とリムルの二人きりになりましたわ。
あの授業でも私はリムルには勝てず……くっ、また嫌な事を思い出しました。
くっころですわ!
いえいえ、いまは死んではなりません。
せっかくのリベンジの場。
心と体を平静に保って挑まねばなりません。
私は手に持っていたワインを一気に飲み干し、魔術師様のほうへ優雅に向き直りました。
そして軽く膝を曲げて淑女の礼をとります。
「いい飲みっぷり!」というご声援、痛み入ります。
さあ、リベンジ、開始ですわよ!
「魔術師様、お初にお目にかかります。王立高等学院で学ぶオーレリアと申します。我が校の制服は確かにおっしゃるとおり《辺境の地で蜘蛛型の魔物より採取した、高性能な糸で織られたもの》でございます。正確に申しますと《我が王国の南部、ガザーランド辺境伯家の治める領地の森林地帯に生息する蜘蛛アラーネアの糸》を織ったものでございます」
「おおー!さすがはオーレリア様」「学院の成績は常に2位をキープされているとか……」と感嘆する声があちこちから聞こえますわね。
常に2位とか、傷に塩を塗るのはやめていただきたいものですわ。
私は外野の声を押さえつけるように、声を少し大きくいたします。
「高価な布地ですが、たいへん丈夫な布地です。普通の刃物などではびくともしません。王立学院の生徒には全員、この布地でつくられた制服が毎年3着づつ無料で贈られます。生徒の安全を慮っての王家のご配慮ですわね。ジェスト殿下、ありがとうございます」
「え?うん?……お、王家として当然のことだ」
私は殿下の方へ向き直り、軽く礼をする。
殿下が目を泳がせていらっしゃいますわね。
「そのような素晴らしい、高価で丈夫な布地ですが、切れないわけではございませんの」
「「ミスリル」」
私と魔術師様の声が、偶然にも重なりました。
そして、目と目が合った私達は自然に確信を持ってうなずき合っておりました。
この答えで間違いないと。
「そう、ミスリル。この《アラーネアの糸》で織られた布地はミスリル製の刃物で、いとも簡単に切れてしまいますわ!」
ー ざわざわざわ
皆さん、意外な事実に驚いていらっしゃるようですわね。
でもこれ、冒険者の中ではよく知られたことですの。
あら?魔術師様が深くかぶったフードの影で、クツクツと笑っていらっしゃいますわね。
次はあなたのターンですわよ?
「さすが王立高等学院で学ばれているだけありますな。素晴らしい!確かにミスリル製の刃物で《アラーネアの糸》を断ち切ることはできます。ですが、ミスリルといえばたいへん貴重な金属でございます。この王国内にミスリル製の刃物が、さて、いかほどありましょうや?」
どうやら魔術師様も私の意図に気がついたようですわね。
この場は私のリベンジの場であると。
そして私の攻撃を正面から迎え撃ち、反撃をされたわけですわね?いつものように。
私はなんだか楽しくなって、近くで棒立ちになっていた給仕の盆から真っ赤な色をしたカクテルをとり、一気に飲み干します。
ぷは!
「リ、リア?」
余裕の私に恐れをなしたみたいですわね。
魔術師様が作り声をやめて、素の声でなにやらいっておりますが、もう遅い!
あなたに差し上げるカクテルなど、一滴も残っておりませんわ。
上げてまいりましょう。




