第二話:ずっと一位の幼馴染
見ていると、殿下の指示で側近の令息たちが、何やら布のようなものを取り出してきました。
「これが証拠の品《アリアの制服》だ!見てみろ!こんなにズタズタに切り刻まれているではないか!」
側近の令息の一人が切り刻まれた布切れを高く掲げて、周囲の人に見せて回っていますわね。
あまりにひどい制服の状態に、あちこちからご令嬢の皆さんの小さな悲鳴が上がっています。
私も遠目に拝見させてもらいましたが、確かにボロボロにされていますわねえ。
よく切れるハサミかナイフで切り刻んだのかしら?
……あら?なにかしら?
なにか我が校の制服について、重要な情報があったような気もいたしますけれど……。
ワインのせいかしら?
頭の中がぐるぐるして思い出せませんわ。
私が酔っ払っているんじゃないかって?
父が申しておりましたわ、ワインは水だと。
お酒には入りませんのよ、ご存知でした?
お祖父様もワインは3樽までは水!とよくおっしゃってますし。
水ですわ!水!
なんだか頭がぼーっとして考えがまとまらず、ジェスト殿下のお顔をぼんやりと見ていたら、なにか勘違いをされてしまったようです。
「クククッ。一言も弁明できぬか!当然だ!お前が私の可愛い《アリアの制服》を切り裂いたのだからな!」
ウチの学校の制服は確か特別なものだったような……なんだったかしら?などと小首を傾げて考えこんでおりましたら、ピンク頭様がずいっと前へ出てこられました。
「オ、オーレリア様、一言謝っていただけたら私はそれでいいんです」
「ああ!アリア!君はなんて優しいんだ!」
ひしと抱き合う殿下とピンク頭様。
私はもう婚約破棄された身ですので、目の前で抱き合ってもいっこうにかまいませんけれど、盛り上がってますわねえ。
「ほら!早くアリアに謝るんだ!」
「謝ってください!一言でいいんです!」
殿下とピンク頭様が、なにかわめいていらっしゃいますが、それはどうでもいいのです。
もうすぐそこまで出てきている《制服に関する情報》が、どうしても思い出せませんの。
ああ、思い出せなくて気持ちが悪いですわ!
もうそこまで出かかっているのに、困りましたわね。
思い出せないところにジェスト殿下とピンク頭様がキャンキャン吠えるので、私、ちょっとキレてしまいましたの。
「お二人とも、ちょっと黙っていていただけますか?今、考え事をしておりますの。お静かに願います」
「な、なんだとお?」
私に黙れと言われたジェスト殿下とピンク頭様は、口を開けたまま動きを止めてしまわれました。
その代わりに、後ろの側近たちが喚き出しましたわね。ああ、うるさい。
「殿下に対して黙れとはなんだ!不敬だぞ!」
「アリア嬢をいじめるだけでは飽き足らず、殿下にまで不敬を働くとは!」
さらに騒がしくなったので、ついつい言ってしまいました。
「おバカは、黙りなさい!」
とたんに側近たちが凍りついたように動きを止めます。
口を大きく開けて驚愕された表情のまま、皆さん、ぴくりともしません。
私は小首をかしげます。
あら?私、動きを止める《フリーズ》の魔法を使ってしまったかしら?
自慢ではありませんが、こうみえて私は座学だけではなく実技も得意ですの。
まあ、実技の成績もずっと2位ですが……。
むかつく!
私とジェスト殿下は幼い頃に婚約致しました。
最初から話が合わないというより、話が伝わらない関係でございました。
そう、殿下は幼い頃からおバカだったんです。
残念なことですわ。
婚約はいたしましたが、私としてはおバカな殿下と結婚することなど避けたい事案でございました。
かといって相手は腐っても王族。
私の方から婚約解消を申し出ることはできない話でございました。
この卒業記念パーティが終われば、半年後には結婚することが決まっておりました。
ですので、もう逃げられないと諦めておりましたの。
ところがです。いい具合に殿下が婚約破棄を今日、この場で宣言してくださったわけでございます。
しかも、こんな大勢の人の前で。もう王家の威光を持っても、婚約破棄をなかったことにはできませんわね?うふふ。
あら?よく考えてみれば、この話、私にとっていいこと尽くしではございませんこと?
すこしぼーっとしておりましたから気がつくのに遅れましたが、長年の悩みがいつのまにかスッキリ解決してますわね。
まあ!まあ!なんということでしょう!
さっきはジェスト殿下のことを《おバカ》と申し上げましたが、訂正させていただきとうございます。
ジェスト殿下は私にとって、素晴らしい殿方ですわ!
最高です!
好きではありませんが。
唖然としている殿下とのピンク頭様に向かって、自分の幸運に気がついた私が小さく拍手をしながら喜びを噛みしめておりますと殿下はハッ!と正気に戻られたようです。
「なにを拍手などしておるのだ!この残酷に切り刻まれた制服を見てみろ!お前は有罪だ!拘束して地下牢にぶち込め!」
わらわらと王宮騎士様たちが現れましたわね。
あら、私、地下牢に連れて行かれますの?
地下牢なんて初めて行きますわ。
でも、その前にちょっと待ってくださいませ。
私、ようやく思い出したんですの。
我が校の《制服に関する情報》を。
私は仕草で騎士様たちに控えるように伝え、殿下の方に向き直ります。
「「ジェスト殿下、お待ちください」……ませ?」
あらいやだわ、誰ですの?
私と同時にジェスト殿下に「待った!」をかけた方がおられますわね。
淑女の会話に水をさすなんて、許せませんわ。無粋ですこと。
思わず、声のした方をキッ!と氷の令嬢の視線で睨みつけますと、真っ黒なフード付きの魔道服を着込んだ魔術師らしき方が進み出ておりました。
腰が曲がり、杖をついておぼつかない様子でコツコツと歩かれる様は、かなりのご高齢と見受けられます。
フードを深くかぶり、うつむいていらっしゃるので、そのお顔を拝見することはできません。
ジェスト殿下はといえば、突然の第三者の登場に大いに狼狽されているようです。
代わりに、殿下の背後に控える側近達が問いただします。
「誰だ、お前は!?」
「名乗るほどの名も持たぬ、年老いた魔術師でございます」
「許可もなく殿下に声をかけるなど、不敬であるぞ!」
「申し訳ございません。重々承知しておりますが、王立高等学院の制服についてお話されていたようですので、ついしゃしゃり出てしまいました」
「制服?何の話だ?話してみよ」
学院の制服の話と聞いて、殿下が身を乗り出します。
その問いかけに答える前、魔術師様がチラリとこちらを見たのです。
そして一瞬、フードの奥からこちらを見る魔術師様と目が合いました。
その瞳の色は、よく見知った薄いグレー……。
気がついてみれば、フードからちらりとのぞいている髪の色も、毎日のように目にしていたグレーに近い銀色ですわね。
あの年老いた魔導士様を例の方、私の幼馴染リムルノア様と見間違えてしまいました。
リムル様、決して私に一位をとらせない幼馴染。
「……はあ」ため息がでてしまいますわ。
それにしても、やはりあの魔道士様がリムルノア様だなんて、ちょっとワインをいただきすぎてしまったのかしら。
リムルノア様はもっと若く、といいますか私の同級生でございます。
背だってもっと高くて……もしや、わざと腰を曲げているのでしょうか?
いえいえ、そんなことがあるはずございません。
リムルノア様はこのパーティに出席されいないのですから。
リムルノア様はご家庭の御事情とかで、卒業パーティを待たずに帰国されました。
……私になんの挨拶もなく。
一応、子供の頃から知っている幼馴染ですのよ?
その上、同級生でもありますのに……。
帰国されたら、私達が会う機会はもう二度とないでしょう。
くそっ!挨拶くらいこいよ!
銀髪ガリ勉め!
思わぬ心の動揺で、軽くよろけてしまいました。
そういたしましたら魔術師様が、よろけた私を助けようと慌てて走り寄ってくださるではありませんか。
「大丈夫か、リア!」
「あ?」
私の名前オーレリアを《リア》と呼ぶのは、この世界でただひとり。
私を《永遠の二位令嬢》に叩き落とす、幼馴染のリムルノア様、銀髪ガリ勉だけでございます。
リムル、やっぱお前か!




