第一話:ずっと二位ですの
「オーレリア侯爵令嬢、お前との婚約をここに破棄する!」
「……はい?」
呼び止められて振り返ったら、私の婚約者ジェスト殿下から婚約破棄をされていましたわ。
片腕にピンク頭の令嬢を抱きかかえた私の婚約者、ジェスト殿下。
輝く金髪に金色の瞳は、王家の証。
我が王国の第三王子であらせられます。
美人の王妃様似でいらっしゃる殿下は、たいへん見目麗しい方でいらっしゃいます。
まあ、麗しいのは見た目だけで、中身の方はアレなんですけれども……。
今は背後に側近の令息たちを従えて、キリキリと目を吊り上げた恐ろしいお顔で私を睨みつけておられます。
それを見て正直なところ、私、かなりイラっとしました。
なんですの?
婚約者の前で、他の令嬢の腰に手をまわすとか。
見せつけているつもりでしょうか?
しかも王立高等学院の卒業記念パーティの真っ最中です。
そんな所でいきなり婚約破棄とか馬鹿なの?
ああ、馬鹿でしたわね、ごめんあそばせ。
卒業生に在校生、先生方に来賓の方々。
そんな大勢の観衆がいる中で、婚約破棄を宣言されてもねぇ。
本当に困ります。
皆さま、私たちを遠巻きにしてヒソヒソ話をしながら、こちらの様子をうかがっていらっしゃるじゃありませんか。
突然に始まった舞台劇のようなものですものね。
それはもう、みなさんワクワクしてらっしゃることでしょう。
あら、どうしましょう。
音楽まで止まってしまいましたわね。
楽団の演奏者の皆さんもジェスト殿下が騒ぐせいで、演奏をやめてしまったようです。
これでは、ますます注目されてしまいます。
困りましたわね……いえ、いいわ!私、皆さまの期待に応えてさしあげます!
今日は私、とある理由で大変気落ちしておりまして、パッと騒いで気晴らしをしたい気分でしたのよ?
すでにワインを少々いただいておりますが、決して酔っているわけではございません。
少しも酔っておりませんから、国一番と讃えられた淑女の礼を披露することぐらい、何でもないことです。
どうぞ、ごらんあそばせ!
「ジェスト殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
私の美しい淑女の礼に皆さま、ほぅっとため息をつかれています。
ほーら、酔っておりませんでしょう?
落ち込んでおりましたけど、なんだか気分が良くなってまいりましたわ!うふふ。
「オーレリア、もう一度言おう。お前との婚約をここに破棄する!」
思わずジェスト殿下の興奮で赤く染め上がったお顔を、目を細めて見てしまいましたわ。
私はどこぞのおバカな王子じゃありませんのよ?
2回も同じことを言わなくても理解できますわ。
それとも、大事なことだから二度おっしゃったのでしょうか?
私の大事なこととジェスト殿下の大事なことは、どうやら違うようですけれども。
婚約破棄より、いまはもっと大事なことが私にはありますの。
私、今、ひどく落ち込んでおります。
敗北感にまみれております。
なんとかこの状態を立て直さねばと、足掻いております。
さあ、さっさと殿下との話を終わらせましょう。
そして精神的に立ち直るのです。
もう少々ワインをいただけば、なんとかなる気がいたします。
私は今一度、淑女の礼をとりながらお返事を差し上げます。
「婚約破棄の件、承りました。今後のジェスト殿下のお幸せを心より祈っております。それでは失礼いたします、ご機嫌よう」
私はそそくさとジェスト殿下御一行様に御挨拶を申し上げてから、くるりと向きを変えて歩き出しました。
あら?グラスの乗ったお盆を掲げた給仕さんがいますわね。
そのグラス、ひとついただけるかしら?
中身はなんですの?あらそう、スパークリングワインなのね?なにこれ美味しい!
ワインを飲みながら、足速にその場を離れようとしましたら、ジェスト殿下にまた呼び止められてしまいましたの。
もう、なんの用ですの?婚約破棄はもう終わりましたわよね?
「オーレリア、待てい!まだお前の断罪が終わっていない!」
「……あ?」
あらいやだ、下品なお返事をしてしまいましたわ。
飲んでる最中に声をかけたジェスト殿下が悪いのです。
私は悪くありませんわ。
それに断罪ですって!?
断罪って、罪をとがめることですわよね?
私、なにか罪なことを致しましたかしら?
……ああ、そうです、そうですわよねえ。分かってますとも。
ジェスト殿下のおっしゃるとおりです。
確かに私は罪を犯しました。
私の罪は……卒業試験で……また二位だったことでございます……。
あれほど私を応援してくださったお父様、お母様、お兄様に、なんと申し開きすれば宜しいのでしょうか?
明日には三人とも私の卒業を祝うために、領地から王都へと来てくださるというのに。
この3年間、王子妃教育に時間を取られながらも、必死になって学院での勉強にも励んでまいりました。
それなのに、一度も学年一位が取れないなんて……私はなんて不出来な娘なのでしょう……。
もうガックリですわ。
これほど力を入れて全て二位だなんて、それを罪と言わずしてなんと言えばよろしいのでしょう?
そして一位は、例によって例の方でしたわ。
恥ずかしながら私、在学中に試験で一位をとったことが一度もございませんの。
入学試験から卒業試験まで、筆記試験も実技試験も、すべて例の方が一位で私は二位。
……例の方。
そう、例の方がいつも私の上を行かれるのです。
私の幼馴染でもあるその方には、結局一度も勝てませんでした。
他国出身のその方は、お父上のお仕事の関係でご家族そろって我が国に来られ、我が家のお隣の屋敷に住まわれておりました。
幼い頃はよく一緒に遊んだものですわ。いわゆる幼馴染というやつですわね。
ご両親が帰国されても、王立学院で学んでいる最中ということで寮に入られて、そのまま学生生活をお続けになっておられました。
私が例の方に負け続けているのは、なにも王立高等学院だけに限ったことではございません。
幼い頃から負け続けておりますの。
勝ったことがございません。
教養、ダンス、語学、剣術、魔術……。
淑女の嗜みの刺繍ですら、私は例の方の足元にもよれません。
いえ、刺繍は私だって相当な腕前だと、日頃から先生に褒めていただいております。
ただ……例の方はなんだか、もう次元が違いますの。
布地に刺繍で魔法陣を描き、起動起点とするなどと私にはとうていできないことでございます。
薔薇や小鳥が美しく刺繍できたとして、それがなんになりましょう。
魔法陣には勝てませんわ。
その上、あの方は魔法陣ですら、とても可愛く刺繍なされるのです。
本当にムカつきますわ!
あら?私が昔の思い出に浸ってる間に、なにやらジェスト殿下のほうに動きがあったようでございますわよ。
私が一度も勝てない悔しさを噛み締めながらうつむいているのを、殿下は婚約破棄を突きつけられたショックと勘違いなされたようですわね。
「オーレリア!お前は私の《真実の愛》の相手、アリア男爵令嬢をいじめたな!」
「……はぁぁぁ?」
あら、ごめんあそばせ。
ジェスト殿下のあまりの勘違いぶりに、思わず素が出たわけではございませんわよ?
その場のノリですわ、ノリ。
ジェスト殿下が自分の腕にぶら下がっている、ピンク頭の令嬢をぎゅっと抱きしめます。
なるほど、そのピンク頭様がきっとアリア様なのですね?
初めてお会いする方ですが、目をうるうるさせながらジェスト殿下にすがりつく様は、なるほど殿方におモテになりそうです。
それにしても、私は今日初めてアリア様にお会いしたわけですから、いじめることなどできようはずがございません。
ここはとりあえず、キッパリ否定しておきましょうか。
「私はそのようなことをしておりません。アリア様にお会いしたのも今日が初めてですので」
「嘘をつけ!証拠はそろっている!おい、例のものをここへ」
「「はっ!」」
証拠ですって?
本当にそんなものありますの?