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春風吹き抜けて  作者: alice
秋~automne~
22/30

22,栗だらけの休憩

 エマ達とサンタさんは月から6時間ほどかけて、サンタさんの家がある秋の竹林へと戻ってきました。今はお昼時を少し過ぎたくらいでしょうか。月から地上へは長い時間があったにも関わらず、エマとリュネの会話は留まることを知りませんでした。本当にリュネは知識欲の強いウサギなのです。


「それじゃあ、私の役目はこれまでだね。」


 サンタはトナカイの頭を撫でながら言いました。トナカイにとっても今回の移動は大層疲れたに違いありません。エマはサンタさんと同じようにトナカイの頭を撫でると言いました。


「トナカイさん。どうもありがとう。」


「ありがとう。」「ありがとうね。」「ありがとうございます。」とみんな。


「さぁゆっくりお休み。」


 サンタは最後にトナカイをひと撫ですると、トナカイは光に包まれ消えてしまいました。


「それじゃあ、エマ君達は冬へ向かうんだったよね?」とサンタ。


「そうよ。やっと旅を再開させられるわ。なんだかすごく時間が経った気がしない?」


「僕もそう思う。まさか月に行くなんて考えもしなかったから。少し疲れたよ。」


 トムも手をぶらぶらさせ疲れたのポーズを取ります。ぬいぐるみは疲れないはずでは?―きっとトムにだって精神的な疲れはあるのでしょう。


「そうですね。サンタさん。どこかこの先で休める場所を知りませんか?」とスリジエ。


「んー、それならここから南へ行ったところの山の麓にある温泉宿なんてどうだろう?あそこの温泉は疲れを取るにはぴったりだと思うよ。」


「温泉?それってあの大きな池に暖かいお湯を入れた、あの温泉!?」


 リュネの知識センサーが温泉というワードを掴んでしまいました。もう絶対に離さないでしょう。


「僕温泉に入ったことないんだけど、ぬいぐるみでも入れるかな?」とトム。


「どうなっちゃうのかしらね。毛の長いお犬さんがお風呂に入ったときみたいに体が萎んでしまうんじゃないかしら?トムの萎んだ姿、見てみたいわ。」とエマ。


「恥ずかしいな。でも温泉に入るためなら仕方ない!」とトム


「どうやら決まりの様ですね。それではその温泉宿に向かうことにしましょう。そしてそこで一夜を過ごして、明日の朝に出発ということで。」


 スリジエがみんなに言います。なんだがクラスをまとめる学級委員長になってきましたね。クラスメイトは2人と1匹と1羽、それをまとめるのがスリジエです。


「わかったわ。」とエマ。


「決まったようだね。それじゃあ私はもう少し休暇を楽しませてもらうよ。」


 サンタはそういうと家の中へ戻っていきます。


「5月病になっちゃだめよ!ガストンさんみたいに。」


 エマは休暇という言葉を聞いて春の季節で出会ったガストンのことを思い出します。彼は今どうしているでしょうか。また5月病にかかってないとよいのですが。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、みんなの笑顔を見られるこんなに幸せな仕事を投げ出したりしないさ。ではみんな、さようなら。」とサンタ。


「「さようなら!」」


 エマ達はサンタさんと別れを告げて、南に向かって歩いてゆきます。




 竹林を抜け、草原をしばらく歩いていると、エマ達の前に看板が現れました。


「この先栗林 そしてその先 栗温泉

   日々の疲れを癒してどうぞ  」


「この先であっているみたいね。」とリュネ。


「その様ですね。」とスリジエ。


「栗林だって。リュネ、足に気を付けてね。」とトム。


「そうね、エマは靴を履いているし、トムはぬいぐるみ、スーは飛んでいるから問題ないし、うちだけが針が刺さると痛いのね。」とリュネ


「それなら、こうすればいいわ!」


 エマはリュネの体を両手でつかむと、包み込むように抱えました。


「これでリュネも栗の針を心配する必要は無いでしょ?」


「エマ。ありがとうね。」


 リュネはエマに抱えられながら言います。


「トム、あなたは針は問題ないのですか?」とスリジエ。


「大丈夫だよ。僕が作られるときは、何回も何十回も糸を繋げた針に刺されてできているからね。針に怖がるようじゃ、ぬいぐるみ失格さ。」


 そう豪語します。


ですが、いざ栗林に入ってみると、


「やっぱり無理だ!あんなに太い針だなんて聞いてないよ。僕が刺されてたのはもっと細くて鋭い針さ。栗の針に刺されたら、綿が針の穴から飛び出しちゃうよ!」


 トムが弱音を吐いています。さっきまではあれだけ大丈夫と言っていたのに。


「あら、トム、さっき針に怖がっているようじゃ、ぬいぐるみ失格って言っていなかったっけ?」


 エマがにやりとした顔で言います。


「そう、だけど。言い換えるよ!栗の針は例外!エマ。僕もエマのリュックに入れてくれよー。」


「もう、仕方ないわね。」


 エマはクスクス笑いながらも、トムを抱え上げリュックの中に入れてあげました。


 でもあの小さなトムにとってはあの栗の針は太いものかもしれないけど、トムが私よりも大きくなれば栗の針は小さくなるんじゃないかしら。あら?そうしたら私にとってあの針は大きいのかしら?小さいのかしら?どっちなの?


 針の大きさについて考えているとスリジエが頭上で声を出しました。


「ありましたよ。栗温泉です。」


 ようやく栗温泉に着くことができました。引き戸の玄関を開けると、一人の仲居が出迎えてくれます。


「ようこそお越しくださいました。温泉宿『栗温泉』にようこそ。」


 仲居はそう言うと深く一礼をします。とても丁寧な挨拶です。見ていたエマも丁寧にしなくては、と思ってしまうほどです。


「は、はい。お越しました。よ、よろしくお願いします。」


 丁寧にと思いすぎて緊張してしまったようです。すかさずスリジエがフォローに入ります。


「ありがとうございます。一部屋空いていますか?」


「もちろんでございます。三名様でよろしいですか?」


 どうやら仲居さんにはトムは見えていないようです。自分が入っていないのでは、と思ったトムはリュックから飛び出し勢いよく言います。


「僕もいるよ!だから四名様!」


 仲居は深々と謝罪して言いました。


「大変申し訳ございません。四名様ですね。それではまずはお部屋にご案内しますね。」


「ここが温泉宿!早く!温泉に入ってみたいわ!」


 リュネはエマの両手の中で目を輝かせています。


「お、お願いします!」


 もう緊張しなくてもいいのですよ、エマ。




 エマ達はまず、部屋に案内されました。引き戸を開けると、10畳ほどの畳の部屋があり、窓には栗林が広がっています。


「畳部屋だわ!秋の城以来ね。」とエマ。


「すごく落ち着く匂いだね。ここに居るだけで眠くなっちゃいそうだ。」とトム。もちろん眠りませんが。


「夕食と朝食はこの部屋にお持ちします。温泉は一階の一番奥に行っていただくとございます。男湯と女湯に分かれていますので是非ご利用ください。それでは。」


 仲居が居なくなった後、エマ達は温泉に行くことにしました。そして一つの難題にがエマの前に立ちはだかります。


「トムは男湯、女湯どちらに入るのでしょうか。」


 ことの始まりはスリジエの一言でした。


「うちは一緒でもいいよ。だってぬいぐるみじゃん。」とリュネ。


「でもトムは自分のことを僕って言うわ。僕って男の子が使う言葉だわ。」とエマ。


「僕は…僕はどっちなんだ?」


 どうやらトム本人もわかっていないようです。


「仕方ありません。トムも一緒に入りましょう。タオルを使えば問題ないでしょう。」


「ありがとう!スー、一人で温泉は寂しいもんね。」とトム。


 そうして全員で女湯の暖簾をくぐります。


「うちが一番乗りー!」


 リュネは勢いよく駆け出します。もう栗の針に心配することはありませんし、何よりリュネはもともと服を着ていません。脱衣所などただの通過地点でしかなかったのです。


「あ!僕も!」


 二番目に温泉へ向かったのはトムでした。こちらも同じ理由です。


「エマ、待っていますから、ゆっくりでいいのですよ。」


 やっぱりスリジエは優しいお姉さんです。一番遅くなるであろうエマにスピードをあわせてくれます。


「ありがとう、スー。それにしても、スーはその洋服は脱がなくてもいいの?」とエマ。


「はい。これは動物にとっての毛皮のようなものですから。脱ぎたくても脱ぐことは出来ないのです。」


「そうだったのね。動物さんたちが温泉に入るたびに毛皮を脱いでたらおかしいものね。」


 エマは毛皮を脱いでいる羊を想像してしまいます。とっさに笑いを我慢しました。


「どうしたのですか?エマ。」


「いや、なんでも、ないの。心配しないで。」


 必死に笑ってしまうのを我慢します。着脱可能な羊の毛、快適そうですね。


「さぁ行きましょ!」


 エマも準備ができたようです。スリジエと一緒に温泉に向かって走り出します。そして温泉に浸かった後、部屋で美味しいご飯を食べて、夜にはふかふかの布団でお休みをしました。こうして、エマ達は秋の季節での疲れをしっかり癒すことができました。






「見事に夕食も朝食も栗だったわね!」


 次の日、防寒着を作ってくれる家に向かっている途中、リュネが言いました。


「本当に!栗ご飯、栗と魚の煮物、茶わん蒸し、それにデザートも栗饅頭だったわ。」とエマ。


「私も昨夜は栗の夢を見ました。栗が世界を支配していて、私は毎日500個の栗のイガを取らなくてはならなくて。終わらない作業というのは恐ろしいものですね。」


 スリジエはよく眠れたはずなのに、少し疲れた様子でした。夢での作業が過酷だったのでしょう。


 スリジエとリュネはもう栗には勘弁といったような顔をしますが、エマはそうでは無いようです。道を進む途中、栗を見つけてはリュックの中に仕舞いこんでいきました。後でお腹が空いたら食べようと思っているのです。エマは栗が大層気に入ったようでした。


 エマ達は栗の話で盛り上がりながら、栗温泉を西に進んでいきます。目的の冬までもう少しです。


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