第十話 「家族」への想い
金曜日。お出かけの日がやって来た。
何とか母親との思い出の場所を京介が見つけてくれ、そこに十何年かぶりに行くことが可能になったのだ。
「お嬢様、用意は出来ましたか?」
「うん!…って…御畑くんそれで行くの…?」
「…?はい。何かおかしいですか?」
「駄目!!着替えて!服は?」
「えっ、私服は私の部屋にいくつかございますが…」
「もうっ、来て。」
「ちょっ、お嬢様…!」
華子は京介を引っ張って、執事部屋に入り込む。
普通のショッピングモールに出かけるというのに、燕尾服などありえない。見てるこっちが息苦しくなって来る。
「ん~。これとこれとこれと…」
「お嬢様。一応プライバシーの侵害かと思われますが…。」
服を引っ張り出しては適当に投げつけ、京介に渡す。それを止めようとはしないが咎める彼に、華子は手を休めないまま、御構い無しに選んでいった。
「私の特権。よしっ、それに着替えて。」
「……」
「…ん?着替えないの?」
服を持ったまま立ち尽くしている京介に、華子は怪訝な様子で首を傾げた。
「…お嬢様。」
「うん」
「…私に、ここで脱げとおっしゃるのですか?」
「へっ…!?」
「お嬢様も変態ですね。私の裸を見たいと?」
「…っ馬鹿っ!!」
バンッ!
扉を乱暴に閉めて、華子は部屋を出て行った。
京介は服を脱ぐためにモノクルを外し、シャツを脱いでいく。
鍛え抜かれている身体が露わになる。
「…馬鹿はお前だろ。ばぁか。」
ふっ、と口元を緩めた京介は再びモノクルをかけ、扉を開ける。すると、向かいの壁に華子がうずくまってしゃがみ込んでいた。
「…どうされたんですか?お嬢様。」
「み、御畑くんが変なこと言うから…」
「お嬢様が部屋からお出にならないからですよ?…お手をどうぞ。」
「……馬鹿。」
「何とでも。」
悪態をつきつつ、差し出された手には答える華子も、またかわいらしい。
「そもそも、私はお嬢様の方が相当馬鹿ではないかと思いますが。なのでお嬢様から馬鹿と言われても、一ミリも傷つきませんよ。」
「うるさい。」
華子がチョイスした服は、白いVネックのTシャツ。それに、七分丈の紺色に染められたジャケットは、中が青いストライプ柄になっており、腕まくりをするとその柄がシンプルなヴィジュアルにも映えている。それに黒いジーパンをはいた彼は、別段オシャレなアイテムを身に着けているわけではないのに、
悔しいほどに画になっていた。
「…モノクル取って。」
「それは出来ません。私はあくまで仕事です。」
今日は私の休憩なのに。
「お願い…」
袖を引かれて上目遣いで見られては、京介も少し心が揺らぐ。それが顔には出ないだけで。
「はぁ…」
「…駄目…?」
「……向こうについてから、でどうですか?」
ひっそりと耳打ちした彼の声は甘く
華子はみるみる表情を明るくさせ、それはまるで周りに一輪の花でも咲かせたかのような明るさだった。
「本当!?」
「シーっ…お嬢様?大声を出すなんてただでさえ下品なのに品がないですね。」
「ひっど。ただでさえってなにただでさえって。」
「お嬢様を上品と表現するなんて、本当に高貴な方に失礼です。」
「…それでもあんた執事…?」
「はい。お嬢様の専属執事でございますよ。」
「なにそのエセ笑顔。気持ち悪。」
「…喧嘩を売ってらっしゃいますね。車で知らないところに放置しますよ。」
「ごめんなさい。」
目がガチだったので素直に謝る。
車に乗り込んで、シートベルトをしっかりしめる。
朝六時半。
中々遠かったので、早朝に二人は出発した。
「早くいこっ。」
「楽しみですか?」
「うん」
「久しぶりにお嬢様の嬉しそうな顔を見ました。」
水色のバンに、太陽が照り返す。この時間でも、今の季節は太陽が十分に日差しを町に注いでいる。
「そう?」
「えぇ。栄華様とは、どのように回ったのですか?」
「ん~っとね…ずっと手繋いで…それで―――」
―———
十五年前
「華~。お買い物行くよ~。」
「行くっ!ママと二人??」
「そう。嫌?」
「嬉しい!!ママとお買い物行くっ。」
「よしっ、じゃあ何着て行こうか。」
「ワンピースっ」
「ピンクの?」
「うん。」
「ママと買いに行ったワンピースだね。はい、お着替えは自分で。」
「………できたっ!行こっ。お父様は?」
「お父さんはお仕事だって。我慢できる?」
「うん!」
「偉いね。堀田さん。家のことはよろしくね。」
「はい。奥様。行ってらっしゃいませ。」
「じーじ!バイバイ!」
「えぇ。華子お嬢様。行ってらっしゃい。」
この時の堀田というのは、京介の祖父だ。
現在の御畑という苗字は、堀田家で起きた何らかのトラブルののちに京介が引き取られた家の名で、本名ではない。この辺りは華子も知っているのだが、詳しい事情は本人の希望で明かさないことになっている。
話を戻すが、京介の祖父である堀田 譲二はまだ当時現役の五十六歳。
五十六歳とは思えないほどの背筋の良さ、足取り。まさに執事の鑑で、綺麗な白髪と蓄えられた口髭の印象から、華子は「じーじ」と呼んでいた。当然血縁関係があったわけではないが、よく遊んでもらっていたのだ。
「よぉし、レッツゴー!」
「ゴー!」
子供のような心を持つ栄華は、肩にかからないくらいの短い髪を耳にかけ、柔らかなカーディガンを身にまとってハンドルを握る。
「何買おっか~。お洋服と~…」
「お洋服と~、アイスと~、お菓子っ」
「えぇ~、華食べてばっかりじゃない。太っちゃうよ~。」
「きゃははっ、やだやだぁ」
「レディなんだからね、食べ過ぎは駄目よ~。」
「ママとお揃いのヤツ買うっ。」
「えっ?」
「ママと、同じ物買うの!何買う?」
「華っ…」
母親として、嬉しくないわけがない。涙もろい華子は涙ぐみ、華子の頭を優しくなでた。
「ありがとう。いっぱい見ようね!」
「うん!」
その後の記憶は、段々と薄れて行った。あまりにも長い道のりに、眠ってしまったのだ。
信号で止まり、助手席を見る。
「小っちゃいなぁ…」
この手だけは、守らなくてはいけない。
仕事で忙しい父親ではなく、私が。
「何があっても、そばにいるからね。」
華子が目を覚ますと、丁度車を駐車スペースに入れているところだった。
「ママ…?」
「あ、起きた?着いたよ!」
「着いた…!?」
「うん。おぉーっきいショッピングモール!」
「うわぁぁぁあ…!」
子供らしい無邪気な歓声。車から降りてみるとそこには、視界に収まりきらないくらいの大きな建物が建っていた。
「おっきい!ママ、おっきいよ!」
「ね、おっきいね!行こっか。」
「うん!あ、」
先に歩き出した栄華の手を逃がすまいと、両手で掴み、撫でる。
「ん?どうしたの、華。」
「おててっ、繋ぐ!」
「しょうがないなぁ。ハイっ」
そんなことを言いつつ、栄華は嬉しくてしょうがないのか、頬を緩ませてしまう。
「おっ買い物~、おっ買い物~楽しい楽しいおっ買い物~♪」
「なぁにその歌。」
「今作った!」
「すごい、曲作れるの華。あ、お洋服売ってるよ。どうする?」
「見る!」
そんな風に、幸せな時間は過ぎていく。
いろんな服を買って、いろんなものを食べて。
かけがえのない、貴重な時間だった。
―———
「その時に、お揃いのネックレスを買ったんだけど…大人用のを買ったから、昔は付けられなかったんだ。他にも色々お揃いのものは買ったけど。」
「では、いつもつけているそのネックレスが、お揃いのネックレスなんですね。」
「そう。」
一つのピンク色の宝石と、名前の入ったリング。母親の方には、「HANAKO」と彫られている。一方華子のリングには、「EIKA」の文字。いつ見ても光輝いている。
「大切な宝物なの。これだけが、私とママを繋いでくれる。」
ママだけは
いつも私のそばにいてくれた。
社会のお付き合いなんかに興味はなく、父のようにビジネス馬鹿ではなかった母は、会社のことなどどうでもよかった。
私のことを、社長の一人娘ではなく、我が子として見てくれた家族。
ずっと一緒にいたかった。
なのに
「なんで?ママ……」
「…………お嬢様?」
気付くと華子は、涙を滲ませながら眠りについていた。もう車に揺られて大分経つ。眠気に襲われたのだろう。
「私も、栄華様が大好きでしたよ。」
優しくて美しい、あの女性が。
華子をずっと、守り続けた。
「…とても素敵なお母さまでしたね。」
じいちゃん。今栄華さんの子供の下で働いてるよ。じいちゃんが、一番俺にやってほしかったことだもんな。




