第十四話 邂逅
向日葵は毬の手を握ったまま、静かに俯いている。
昔から変わらない優しい温もり。
「おばあちゃん……」
家族たちも皆、言葉少なにベッドを囲んでいた。
そして、向日葵の中には玄太郎がい見守っている。
向日葵にしか分からない存在。
玄太郎は長い間、ただ毬を見つめていた。
やがて、呟く。
『毬……』
その声はあまりにも小さい。
『待たせたな』
向日葵は顔を上げる。
『それと……すまなかった』
『ずっと一人にさせてしまった』
『今、やっと帰って来られた』
玄太郎は静かに毬を見つめ続ける。
『伝えたいことを伝えられず』
『後悔ばかり抱えて彷徨ってきた』
『それでも……ようやくお前の側まで戻って来られた』
向日葵は涙を堪えながら玄太郎の声を聴いていたが、
「玄ちゃん……」
玄太郎はずっと毬だけを見ていた。
ふと毬の頭元が揺らぐ。
「……え?」
思わず目を細める向日葵。
そこに居るのは病室のベッドに眠る毬ではない。
おさげ髪の若い毬。
そして、
白い軍服を着た若い玄太郎。
向かい合う二人の姿。
「玄ちゃん?」
若い姿の毬が声を出す。
次の瞬間、涙が溢れた。
「遅いよ……本当に遅い」
声を震わせながら笑う。
「玄ちゃん……」
「私、八十年近く待ってたんだよ……馬鹿でしょ……」
俯いて泣く毬。
玄太郎はそんな毬を静かに見つめた。
そして優しく答える。
『そうは思わない』
向日葵は息を呑んだ。
何度も聞いた口癖。
不器用で、頑固で…。
でも玄太郎らしい言葉を。
玄太郎は少し困ったように笑っている。
「毬、未練がましく彷徨ったおれを……笑ってくれるか?」
毬は涙を拭いながら顔を上げる。
「笑わないよ」
「だって、玄ちゃんだもん…。」
玄太郎の前に立つ毬。
八十年越しの言葉を伝えた。
「…おかえりなさい」
玄太郎はゆっくり頷いた。
そして。
「毬、あの時駅で言えなかった」
「聞いてくれるか?」
二人の視線が重なる。
玄太郎がゆっくり口を開く。
その瞬間だった。
ピーーーーーー……
病室に長い電子音が響いた。
「お母さん!」「おばあちゃん!」
家族たちの悲鳴、泣き崩れる声。
向日葵も毬の手を握ったまま離さない。
もう若い毬の姿はない。
玄太郎の姿もない。
玄太郎の声も聞こえない…。
…けれど
ベッドの上の毬は、今まで見たことがないほど穏やかな顔で微笑んでいた。
長い長い旅を終えて、ようやく大切な人と再会できたような顔だった。
向日葵は涙を拭った。
「……伝えられたんだね」
夜の風がカーテンを揺らす。
もう玄太郎の声は聞こえない。
けれど向日葵は不思議と寂しくなかった。
八十年前。
駅のホームで伝えられなかった想い。
戦争によって引き裂かれた二人。
ずっと会いたかった玄太郎。
ずっと想い続けた毬おばあちゃん。
長い時間を経て。
今、ようやく同じ場所へ辿り着いた。
向日葵は静かに目を閉じる。
「バイバイ」
「玄ちゃん」
「毬おばあちゃん」




