私のせい?
みやに連れられ、みちるは近くのカフェに入った。お互いコーヒーを頼み向かい合って座る。
店内は多くの客で賑わっており、BGMも相まって騒がしかった。だがみちるとみやが座るその席だけはどこか静かで、どんよりと沈んだ空気が立ち込めている。
コーヒーが届くまで二人はほぼ無言だった。
店員がコーヒーを持ってくると、みやが先に口に含んだ。カップについたリップを軽く拭い、ゆっくりと口を開く。
「みちるちゃんが辞めるっていた日、らきったらすごい不機嫌だったの」
数日前のことなのに、みやはひどく懐かしそうな口調で言った。
みちるは話を聞きながら自身のコーヒーに口をつける。
そのコーヒーは自宅で淹れるコーヒーよりもひどく苦く感じられた。
「理由は分かっていると思うけれど、みちるちゃん、貴女が辞めると言ったからよ」
「……」
「そのあととーまが来て、みちるちゃんとの間にあったこと、告白の件を聞いたわ。初めに聞かせて欲しいんだけれど、みちるちゃんが辞めたのはとーまのせいなの?」
思いがけない言葉にみちるはコーヒーを飲む手を止めた。それからカップをソーサーに戻すと、みちるはすぐさま口を開いた。
「まさか。とーまさんはあくまできっかけに過ぎません」
「きっかけ?」
「はい……。とーまさんは、自身の気持ちを隠してでもプロとしてこの先アイドルでいる選択をしてました。それが居場所を作ってくれたらきさんに対する恩返しなんだと」
みちるが静かに語ると、みやは黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「それは、きっとすごく苦しいことだと思います。自分の想いを隠して何かを貫くことはそう簡単にできることじゃないです。それをやり遂げようと決意しているとーまさんを、私はマネージャーとして支える覚悟がないと思いました。いや、資格がないと言った方がいいのかな」
自虐気味に笑うみちるだったが、みやは表情一つ動かさなかった。
「それに気が付くタイミングがたまたまとーまさんの件だっただけです。元々皆さんの活動を見ていて思っていました。私は同じだけの熱量がないし、皆さんを支えるのは役不足だったんじゃないかなって。だから、辞めました。もっといい人が、適任者がいると思うので」
そこまで言い切ると、再びコーヒーを口に含んだ。一口目よりもさらに苦く感じる。
みちるはカップをソーサーに戻した。
それからゆっくりとみやを見つめる。みやは頬杖をついてじっとみちるを見つめていた。
目が合うと、彼は頬杖を辞め姿勢を正した。
「結局さ、みちるちゃんは何がしたかったわけ?」
「え?」
退屈そうな、冷めたような声だった。
店内が急に無音になったかのように感じられた。みちるはなんて答えたら良いのかわからず、言いかけては飲み込み、また口を開くことを繰り返した。
まるで陸に引き上げられ、まもなく死にそうな魚のようだ。
「アタシはね、みちるちゃんの人生だから、みちるちゃんが選んだ道ならとやかく言うつもりはないのよ。それでみちるちゃんが幸せならアタシはそれでいいと思ってる」
みやは一度コーヒーを啜った。
「仮に今回とーまとらきが辞めた原因を作ったのがみちるちゃんだったとしても、責めるつもりもない。むしろその程度で辞めるとーまとらきの責任のなさ、覚悟のなさを批判するべきだとも思うし。それこそあれだけ武道館に行くと喚いていた男がちょっと乱れた程度で辞めるなんて……」
カタっとカップとソーサーがぶつかった。
「ほんとにやりたいことがあるなら手段なんか選ぶなよ」
唐突に紡がれた乱暴な言葉にみちるは自身の耳を疑った。
「そんな覚悟がないからみちるちゃんにも愛想つかされるんじゃないのって、思ったけど……違うみたいね。結局アンタもとーまもらきもみーんな同じ。中途半端なのよ」
急激に突き放され、みちるは返す言葉が見つからなかった。
「何がしたいのか知らないけど、何かを言い訳にして進まないアンタと、やりたいやりたいと口だけで言って嫌になれば周りのせいにして辞めるらき、自分に言い訳して想いを隠して勝手に傷ついて辞めていくとーま。みーんな中途半端。結局それにアタシとゆきととくおんは振り回されただけ。馬鹿みたいね」
そう言ってみやは再びコーヒーを啜った。
みちるは一瞬ぽかんとしたものの、じわじわと怒りが込み上げてきた。
「みやさんに何がわかるんですか?」
出てきた言葉はこれだった。
みちるは膝の上で拳を握りしめる。
「容姿に恵まれて好きなものを貫いて肯定される世界にいる。私やとーさんのように好きを貫いて否定されたことのある人の気持ちをわからないんですよ、みやさんには。どれだけ夢を追いかけても遠のいていく感覚がわからないんです……」
「何言ってんの?」
みやの鋭い視線がみちるを突き刺した。
「男がこんな格好してキモいしゃべり方してんだよ。否定されるに決まってんだろ」
「っ……」
「俺だって別に最初からこの格好を受け入れてもらえたわけじゃないし、今だって親には一切連絡無視されてる」
「……え?」
「俺は別に女の子になりたかったわけじゃないし、恋愛対象が男だったわけじゃない。もちろん男も好きになることもあるし、女を好きになることもある。俺はただ性別っていうカテゴリーに囚われず、好きなものを好きでいたいと思った」
ハーフアップにしていた髪をみやはほどくと、髪をかき上げた。
それはひどく色っぽい。
「俺がアイドルになりたいと思ったのは、両親を笑顔にしたかったからだ。元々両親はとあるアイドルグループをきっかけに知り合って結婚した。最初こそ共通の話題で仲良かったけど、ある日父親が会社の若い女と浮気した。その時俺はまだ幼かったからあまり理解はできてなかったけど、母親が一人で泣いてたのは知ってる」
みやが最後のコーヒーを啜った。白い底が見える。
「俺はそんな母親を笑顔にしたくて、もう一度2人が熱狂できる共通の話題が欲しくて、アイドルになろうと思った。だから2人が好きだった女の子アイドルのメイクを研究して、可愛くなれるよう努力した。でも初めて俺の女装を見た母親はなんて言ったと思う?」
みやの目は潤んでいて艶っぽかった。
「気持ち悪い」
みちるは呼吸が止まりそうになった。
「まるで父親が浮気した若い女みたいって。その頃両親はもうとっくに離婚してたし、俺は無理にアイドルになる必要なんてなかった。化粧品も全部捨てて、普通に生きようと思った。けどその頃にはもう俺には何もなかった。ほかにやりたいこともなかったし、今更どうすればいいかわからなかった。もう両親をくっつけるのは難しいだろうし、アイドルになる意味なんてなかった」
聞けば聞くほど胸が苦しい。みちるの呼吸が浅くなっていく。
「それでも俺がこの道を選んだのは、誰かにこの生き方は間違ってないって証明してほしかったからだ」
「……」
「ファンが増えて、ライブ会場が埋まれば埋まるほどそれを実感できる。だから俺は決めた。たとえ否定されて上手くいかなくとも、その否定数を超える肯定数が増えるまで辞めない。俺の生きる道が間違ってないと証明される日まで」
胸が苦しくて、何を言えばいいのかまるでわからない。だが何故か熱い何かが込み上げてくる気持ちもあった。
みちるはお冷を口に含む。冷たい水が喉を通り、体をゆっくりと冷やしていく。
「みちるちゃん。もう一度聞くわ。アンタは一体何がしたいの?」
その問いにみちるは涙が溢れそうになる。
「私は……呪いを解きたい」




