6.桜の約束
陽がゆっくりと西へ傾き、テラスには長く、美しい琥珀色の影が伸び始めた。
別れを告げる時間が、無情にも刻一刻と近づいている。学校中を包んでいた喧騒も少しずつ落ち着き、どこか寂しげな余韻が漂い始める。
「ねえ、皆。ここで一つ、約束しよう?」
楓が、涙で濡れた瞳を拭って、凛として立ち上がった。
「私は、大学で経営をしっかり学んで、いつかこのテラスみたいな、誰もが自分らしくいられて、誰かに見つけてもらえる、世界一温かいカフェを自分の手で作る。そしていつか、みんなを招待するわ」
「俺は、世界一のマシンを作る。蒼太や雫が、何の迷いもなく、ただ最高の味を追求することだけに集中できるような、究極のギアを。技術で人を支えるんだ。物理法則を超えた味を、可能にするために」
「私は、食べた瞬間に人を世界一幸せにできるお菓子を作るわ。またここで、皆で試食会ができるくらい、腕を磨いておくから。卒業しても、試食係はあなたたちよ!」
三人の力強い誓いに、1・2年生の後輩たちも、その想いを受け止めるように拳を握りしめる。
「俺たちは、このテラスを、楓さんたちが守ってきたこの場所を、絶対に守り続けます! 来月、新しい後輩たちが度肝を抜くように驚かせてやるんだ! 伝統を、さらに進化させてみせます!」
新部長となる陸の、震えながらも威勢のいい声に、真琴や蓮、凛たちも、同じ決意を胸に笑顔で頷いた。
「それじゃあ。……最後に一枚、この最高の瞬間を撮りましょうか。……いい顔をしなさい、皆」
香月が、三脚をセットしてタイマーをかける。
卒業証書と花束を抱えた三人を中央に、新体制となる部員たちがそれを取り囲むように並ぶ。
蒼太は、かつての自分のように俯くことなく、しっかりと顔を上げ、大好きな結の隣で、そして心から尊敬する先輩たちの隣で、未来を恐れない晴れやかな笑顔を作った。
カシャッ、とシャッター音が静かなテラスに響く。その瞬間、また一際大きな春の風が吹き抜け、舞い上がった桜吹雪が彼らを祝福するように包み込んだ。
一年前のあの日、不器用な一人の少年が包容力のある優しい少女に手を引かれて始まった物語。
コーヒーの芳しい香りと、たい焼きの香ばしい熱気と、不器用な仲間たちの、時には衝突し、時には支え合った笑い声。
それらはすべて、蒼太という一人の少年の心というキャンバスに、決して消えることのない、鮮やかで愛おしい色彩を刻み込んだ。
もう、彼の世界はモノクロではない。
「……またね。楓先輩、翔先輩、美咲先輩。ありがとうございました。……行ってらっしゃい!」
校門へと続く桜の並木道を、三人の背中が、淡い光のトンネルの向こうへとゆっくりと消えていく。その足取りは、確かな未来を見据えていた。
蒼太は、その光景を目に焼き付け、隣に立つ結に優しい視線を送った。
「……行こう、結さん。明日からの、僕たちの新しいテラスの準備を始めよう。まずは、メニューの整理からかな」
「うん! 蒼太くん。最高に輝く、新しい春にしようね。……期待してるよ、新2年生」
舞い散る桜の下、新しい季節の足音が、もうそこまで来ていた。
想いの一杯が繋いだこの絆は、これからもこのテラスで、温かい湯気を立て続け、訪れる誰かの凍えた心を、優しく、けれど力強く照らし続けていくに違いない。
以上で、星陽高校バリスタ部全24話完結です!
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。
蒼太たちの物語は、2年生、3年生へと続いていきますが、今の所はこれで完結です。(気が向いたら書くかもしれません)
改めて、お読み頂きありがとうございました。
美味しいコーヒーを飲めましたでしょうか??
それでは!




