坂上咲の深い事情(1)
きっかけは、自分の身体つきの変化だった。
それが自分の身に起きてから、いつになってもずっと忘れないであろうわたしにとっての大事件が三つも起きた。
まず、一つめの事件。
小学四年生になった頃、急に胸の辺りが痛くなり出した。びっくりして、戸惑って、何かの心臓病になったんじゃないかと心配したけど、お母さんに相談したら、
『ああ、成長痛が来たのかもね〜』
なんて呑気に答えて、とりあえず湿布を貼ったり、鎮痛剤を飲んだり、肌着を変えたりした。
その時はそれで収まったのだけれど、同時に、胸の辺りを中心が敏感になったり出した。特に胸に至っては、妙に張り出して固くなって、ちょっと動いて肌着が擦れただけでもすごい違和感がして落ち着かなくなるぐらいだった。
そんな症状が現れてから一年後。小学五年生になって、体育の授業が保健の授業に変わるようになって、自分の、女の子としての身体の変化を知るようになった。
第二次性徴。生理。大人の身体への成長。月経。
生理についてはもう来ていたし、早々に気づいたお母さんからの優しい対処によって、受け入れることはできた。正直面倒臭すぎて、まるで呪いみたいだとも感じたけれど、魅力的になるための呪いだというお母さんのアドバイスを信じて、なんとか我慢することができた。
問題は、徐々に目立ち始めるように成長していった、身体の方だ。
胸もブラジャーをつけなければいけなくなり、それでもたまにゾワゾワする先っぽの感覚に、変な反応をしないように取り繕うのは大変だった。しかも、
(これから私も段々と“魅力的な大人の身体”に変わっていくんだ……)
と意識したら、余計に全身が疼くようになってしまった。しまいには、不意に無邪気に結ちゃんが手を取ってきた瞬間にビクゥッ! と身体ごと跳ねて、『ひゃあっ!?』と、とんでもない変な大声を上げて、周りにいた人達に変な目で注目されてしまったくらいだ。
当然、結ちゃんもびっくりして目を見開いて、『どうかした? 結ちゃん…』と首を傾げながら心配させてしまった。
私はその時、言うかどうか迷った末に、正直に打ち明けた。あんなにも純粋に不安げな顔で見つめられたら、ウソなんて吐けない。
そうしたら結ちゃんは、
『そう……。分かった。じゃあ、これから咲にはあまり触らないようにする……』
と、すごく落ち込んで残念そうに言った。
なんだか結ちゃんに残酷なことをさせているようで、ちょうど鎮痛剤の効き目が切れ始めたのも相まって、身も心も両方の意味で、かつてないほどに二重に胸が痛んで苦しむ想いをする羽目になった。
けれども結局、文字通りの我が身可愛さで結ちゃんの決心に甘んじてしまうようになった。それが、絶望と後悔の始まりになると知りつつも。
いつもみたいに元気で無邪気な様子で手を振って近づいてきても、抱き着こうとする直前でハッとなって、慌てて身を引く結ちゃん。
単に軽く挨拶をするために肩を叩こうとしても、ピタッとその小さい手を留めて固まる結ちゃん。
一緒に並んで歩こうとしても、手を繋がなくなって距離も取ろうとしてしまう結ちゃん。
そんな、精一杯に頑張って我慢してくれようとする結ちゃんの姿を見る毎に、私の心は圧倒的な淋しさと切なさで、悲しくなるぐらい沈んでいった。何気ない日常の中でいつも行われていたスキンシップが失われて初めて、それがわたしにとっての“癒し”であり“元気の源”だと気づいた。
自分の愚かさに嫌気が差し、ずっと抑えてくれている結ちゃんに対して、とうとうこっちが耐えきれなくなったわたしは、自分の方から結ちゃんの手を取った。
まさか、わたしのためを思って保護していたことを自ら反故にしてくるなんて、結ちゃんも思わなかったのだろう。心底びっくりした様子で、バッ! とわたしに振り向いて綺麗で真ん丸い目を大きく見開かせた。
『……大丈夫なの? 咲』
『……うん。大丈夫。わたしから触れる分には、気にならないから』
『……そっか』
と言って、憑き物が落ちたように柔らかくはにかんだ結ちゃんを見て、ああなんてわたしはバカだったんだろう……と自分を戒めるのと当時に、救われた気持ちにもなった。
久しぶりに見た気がする、結ちゃんの笑顔にやっぱりわたしは、結ちゃんにはいつも笑っていて欲しい。と、心の底から素直に思えた。
乾いてヒビが入りかけていたわたし達の仲に、慈しみの涙で潤されて元の豊かさに修復されていくのを感じて、ようやく報われたような、救われたような幸福に包まれた。
あまりの嬉しさに、この時のわたしが失言していたのにも、気づかないほどに。
そう、それからもやっぱり、結ちゃんの方からはわたしに接触することはあんまりなくなっていた。
もう段々と結ちゃんも慣れてきてしまったのだろう。スキンシップに頼らずとも、わたしと変わらず仲良くすることに。
それはそれで、なんだか親離れしてきている娘の姿を見ているようで、歯痒くてもどかしい思いをする羽目になった。一方のわたしといえば、そっと結ちゃんの手を握ったり、肩に手を置いたり頭を撫でたりと、まるでわたしの方こそ子離れできていない親のようだった。もう子どもが作れる身体ではあるし、まだ幼さが残っている結ちゃんの世話を焼くこともあるけれど、別にそういう関係ではないのに。
その頃にはもう、わたしの胸も服の上から若干分かる程度には膨らみ、大人の身体になりつつあるわたしというのを受け入れられるようになっていった。
ただ、そんな新たに変わり始めたわたしの身に、しばらく経ってまた一つ、問題が生じてしまった。




