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変わり切れない私


「……ねえ、美桜ちゃん」

「ん? どうかした?」


 不安になって、親友に助けを求めてしまう。本当はこっそりと言いたかったけど、私だけ高台に持ち上げられてしまったから難しかった。


「…………あの」

「?」


 一瞬「美桜ちゃん達はいつもこんな話ししてるの?」って言いかけてしまう。けど、その訊き方だとまるで美桜ちゃんを含めた三人のことを疑って責めているような口ぶりになっちゃうと思い、言葉を詰まらせた。

 別に私は、そんなつもりで訊きたいんじゃない。もっと普通の中学生の女の子らしい話題が良いとか、先生や周りの人に変だと思われたくないとか言って、身分相応に正そうとなんかしたくはない。それはむしろ、私が嫌いな態度の一つだ。できればそうなりたくはないけれど、逆らう勇気が今もまだ持ててない。


「……もしかして、気にしてる? こういう話してること」


 さすが美桜ちゃん。まだ何も言ってないのに、言いづらそうにしているだけで察してくれた。


「……うん。だって、美桜ちゃんの部屋ならまだしも、ここは学校だし……周りにいる女子にも男子にも聞こえちゃうし……」


 実際に周りを見渡してみたら、近くの席にいた男子二名とと女子一名が、慌てて目を逸らしてた。ほらやっぱり聞かれてるじゃん! と思いながら、美桜ちゃん達に向き直る。


「あー、まあそうかもだけど、別にそれぐらい良いんじゃないかな? 少なくとも迷惑そうじゃ無いみたいだし」

「え……そういうもの、なの?」


 その程度のもので済ませられるとでも言うの? 三人とも?


「だね。別にこれくらい、配信者だって話題にしているし、BANもされてないことだし」

「うん。それに、好きなものとか興味あることは、無理して隠したり誤魔化さなくてもいいと思うよ」

「あ……」


 さっき爆弾をばら撒いた張本人の結さんも、この中で一番良心がありそうなさっちゃんすらも、何ら恥じることなく堂々と言ってのけた。


『あのね? たとえどんな趣味嗜好を持っていたとしても、好きなら好きだって自信持っていいんだよ? そこに“正しい”も“間違っている”もない。下品だろうが悪趣味だろうが、それを楽しむことはゲームとか二次元通してできることだし、楽しんでいるからって人格否定までする権利は誰にも無いの! だから果歩、“普通”とか“正しさ”に呑まれないで? 思いっきり自由に楽しもうよ』


 さっちゃんの言葉を聞いて、昔、美桜ちゃんにもそう諭されていたことを思い出す。あの時の言葉を体現するように、当たり前みたいに二人共こんな猥談も受け入れている。たとえ周りで誰が聞いていようともお構いなしな三人の様子に、まだ心配になってしまう臆病な自分がいる。三対一で多数派に負けて、“普通”はどっちが“正しい”のか、分からなくなる。


「……ほ、本当に、大丈夫、なの? そ、そんな話しして、もし誰かにドン引きされたり、変な目で見られたりしたら……」

「んー……そうなったらそうなったで別にどうもしないかなぁ。変に言い寄ってきたり無理やりされそうにならない限りは、あまり気にしないようにしてるし」

「今んとこそういうことにはなってねーしな」

「結局さ、たとえ気色悪い目を向けられたって、自分らの好きなことは変えられないわけよ。別に、社会的地位がどうとか常識の範疇かとか、身の丈に合ってるかとかで趣味を決めなきゃならないルールなんてどこにもないし。もしも、んな理由で押しつけて来たらそれこそ非常識だし、SNSに上げたりなんかしたら多分普通に炎上すると思うよ? 人の趣味嗜好にまで口出しする正義なんて、イマドキ流行らないって!」

「えー……」


 さっちゃんも結さんも……美桜ちゃんはそう来るだろうと分かってたけど、意外と抵抗は無いみたいだった。

 私とは違った。性的な話題とか下ネタとかって、二人っきりとかのごく限られた人数と場所でなら私だって遠慮なく楽しめるけど、さすがにこんなに人がいる中だと、色々と気にしちゃって落ち着かなくなる。

 もしも誰かにドン引きされたり変な目で見られたら、私はショックを受けてしまう。他人にそういうふうに映って嫌な印象を与えられたら、もうその人に関わりにくくなるし、仮に関わる機会がなかったとしても世間(・・)から異物や異常者だと判断され、排除対象として忌み嫌われ呪われると感じてしまって、落ち込んでしまう。

 いや、もっと単純に言ってだ。


「……でもさ、そういう話をしてる=ジロジロと胸とか脚とかイヤらしい目で見たり痴漢してもいい奴って勘違いされたら、嫌じゃない?」

「そりゃあ……嫌かもだけど、わたしだってそういう妄想とかしちゃうことあるからなー」

「んなの、お互い様だっての。見たきゃ見ればいいし。ただ、その分の代償は覚悟してもらうがな。ほら、よく言うじゃん。深淵を覗いているとき深淵もまた覗き返してる……みたいな」

「つまりそれって、おっぱいを覗いている時、おっぱいの持ち主もまた、股間を覗き返しているってこと?」


 どういう理屈なん? 結さん、美桜ちゃん……。


「そうそうw だから、そんなもんなんだよ。痛み分けで済ませてしまえばいいんだよ」

「えーいや、私は別に見られたからってそんなもの見たくはないんだけど……」

「そう? それくらいで反応してたりしたら、コイツそこまでアタシに見惚れてやがるってからかいたくなるんだが」

「んーじゃあさ、果歩は手でガードしながら睨むなり軽蔑するなり、キモいって文句言うなりしたら良いんじゃない? 別にそれくらいは当然でしょ。……まあ、先生や周りに吹聴して排除しようとするってなったらさすがにやり過ぎだけど」

「……そういうものなの、かな?」

「じゃないの?」

「と、思うよ?」

「むしろそれぐらいに思ってた方が清々しいし」


 さっちゃんも結さんも美桜ちゃんも、その辺に関しても覚悟があった。さっちゃんも美桜ちゃんも割と大きめの膨らみを持っていて、結さんも無くはないくらいのラインは出てるのに。

 所謂(いわゆる)、性的消費に対してもお互い様として許容していて、ある意味強いなと(うらや)んでしまう。それも、お互いがお互いの自由を守るための処世術なのかもしれないけれど、果たしてそれで納得して実行できる人はどれだけいる事やら。少なくとも私は、理解はできても、まだ納得しきれていない所がある。


「痴漢っていえばさ」


 とここで、さっちゃんが身体を前のめりにして新たに話題を広げようとし出した。美桜ちゃんと結さんも興味を惹かれて彼女に顔を向けてくる。私も一応、釣られるようにさっちゃんを見る。


「電車内でそういう目に遭うっていうのが性癖の一つとしてあるじゃない? わたしも、なんとなく理解できそうな気はするんだけど、でも、実際にやるとなったら難しいんじゃないかなって思っちゃうの」

「え、それって痴漢する方? される方?」


 結さんも積極的になって、詳しく突っ込む。

 

「される方。……あーいや、どっちもかな? お互いが同意した上で楽しむ状況ってどうやって成り立たせているのかなーって」

「確かに。えー……見分けでもついているんかね?」

「いや難しくない? 仮に電車内でモジモジしている娘がいたとしても、トイレ我慢しているのかなって思っちゃうし」

「あれ? 電車内にもトイレって有るんじゃないの?」

「確か有るのも有ったと思うけど、気になる人は使わないんじゃない? どうしても駅にあるトイレの方が快適だし」

「あーそっかー。うーんどうなっているんだろうね……」


 さっちゃんのとんでもない疑問に対して、結さんも美桜ちゃんも真剣に議論し合っている。

 そんなのに答えを出してどうしようというのか。仮に整合性のある結論が出たとして、さっちゃんの何がどうなるのか。私には未知の領域過ぎて、ちょっと話についていけない。


「“同意”した上でヤッているんだとすれば……あとあり得そうなのは、事前に連絡を取っていた、とか?」

「えー。それってつまり、“何時何分何駅発の電車に乗っている、これこれこういう特徴的な服の子です。痴漢募集してます。”みたいな?」

「……なんかそう書かれてると絶妙に怪しいな」


 確かに。美桜ちゃんの言う通りだ。てかそれ、何のアプリで連絡取ってんのさ、結さん。あれとか? マッチングアプリってやつとか?


「まあでも、それくらいでしかあり得ないでしょ。じゃなきゃ、痴漢待ちしている方も安心できないし」

「そっか。そうだよね。間違っても、望んでない人に痴漢したら大問題だものね」


 いやいやさっちゃん! 多分痴漢するような人はそんなの気にしてないって! てか、それ以前に問題が有り過ぎるんだが? 有りまくりなんだが?


「いや、え、てかさ! そもそも痴漢されたいなんて……仮に万が一、百歩譲って思ってたとしても、実際されたら嫌っ! てなるんじゃないの? だって、知らない人に声を出せない恐怖に漬け込まれて、自分の身体を好きなように(いじ)くられちゃうんだよ? 絶対背筋が凍ると思うんだけど!」

「それは、そうだけど……」

「……あっ、でもさ。そんなんで痴漢しに来るぐらい手慣れている人だったら、ある程度は丁寧に加減してくれそうじゃない? サインとかを熟知して守ってくれたりとかさ」

「そんな事ある? 美桜ちゃん。てかそれ、どんだけの熟練者で都合の良い暇人なのさ。よくそれで警察に捕まらないね!」

「そこはほら、痴漢のプロなら小手先のテクニックは万能だろうから、変装とか暗闇での行動もお手のものなんじゃない」

「いやいや、だからその痴漢のプロってなんなの? 結さん。絶対に努力の方向間違えてる変質者じゃん。何人の女の人を手に掛けてきたらそうなるの?」

「“結ちゃん”でいいよ、果歩ちゃん。“さん”付けされる柄でも無いし」

「あ、うん……“結ちゃん”」

「でもそうだね。なんか漫画とかでありそう。“特技は痴漢。依頼者の要望に応え、何人もの女をその手で満足イクまで落とさせてきた。人は俺の名をこう呼ぶ……影のテクニシャンと……”みたいな感じで」

「……その名前、絶対自分で付けたアカウント名だよね? しかもそう呼ぶ人、警察も含まれてない?」

「ふっあははははっ、まあね。どうしても絶妙にダサいのは、主人公補正ということで」

「イヤな主人公補正だね」


 まあそりゃあ、結局やっていることが周りにバレないようにコソコソ痴漢したり警察から逃げたりしてばっかりの卑怯者だろうから、ある意味妥当か。どう考えてもヒーローじゃないし。


「ふふふっ……でも、そっか。現実的に考えたら、そうなるかー」

「え、てかさ、さっちゃん」

「ん? なに?」

「その……さっちゃんって、……痴漢されたいとか、思う時あるの?」

「えっ? いやそんなこと無い、よ。うん。無い無い! さっきは気持ちは分かるとか言ったけど、仮にあったとしても一時的な気の迷いみたいなものだし、別に、依頼するほど求めることは無いから!」

「あ、そうなんだ」


 なんか、安心した。美桜ちゃんの友達でいるくらいだし、もしかしたらこう見えてさっちゃんも……その気がある人なのかと思ってたけど、やっぱり普通の女の子だった。

 今のはたまたま、ほんのちょっとだけ変な好奇心が湧いちゃって猥談になっちゃっただけみたいだった。うん、スッキリした!


「ま、だよね。性癖は置いといてもエロ漫画みたいな痴漢はそうそう成り立たないし」

「そもそもウチら、あんまり電車に乗らないしね」


 結ちゃんの言うこともごもっともだ。私達は普通の中学生だし、高校生ならまだしも電車通学で通わされる県立の中学校なんか想像できない。


「てか、勝手にヤれそうだと思ってヤッてるわけでしょ? 相手の意思とか知りもしないで」

「だろうね。やっぱ男が一方的にヤッて満足しているのは無いわ。漫画だとしても好きじゃない」


 美桜ちゃんも、はっきりと言い切っている。言われてみれば、美桜ちゃんの部屋でも、どちらかと言えば男性向けっぽい性的な漫画とかあったけど、それでも作中の女子キャラはノリノリだったり、恥ずかしげでも興味は有るような描写はされていた。

 そういう意味では、三人とも思ったよりまともな感性をしているみたいで、なんだか胸を撫で下ろせた気になってた。

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