エピローグ
黒猫強盗団が博物館を襲撃してから二週間ほどが経った。
あの場にいた強盗団員は全員捕まり、リーダーの黒猫もとい佐川ユウセイも、通報によってアジトに到着した警察により逮捕。
そしてエンフォーサー……氷河はあの日以来俺の目の前に現れなくなり、ニュース等でもその姿を見る事は無くなった。
理由はわからないが警察に捕まったわけではないし、きっとまた会う事もあるだろう。
『そういえばさ、お前とエンフォーサーってどういう経緯で友達になったんだ?』
ヘルメット内のスピーカー越しに、二郎が唐突に質問を投げかけてくる。
「どうしたんだよ、藪から棒に?」
『何となく気になっただけだ。お前に俺以外の友達がいるなんて思ってなかったからな』
失礼な奴め。
まあいい、勿体ぶる事でもないしな。
「……小学校低学年の頃だったかな、俺が年上の悪ガキどもにくだらない悪口を言われて、よせばいいのに突っかかっていったんだよ。それで喧嘩になったけど、向こうの方が数が多いから当然ピンチになった訳だ。そこを奴が助けてくれて、それから友人になったんだよ」
『……聞いといてなんだけど、面白みがない。もっと劇的な出会いだったのかと思ってたぜ』
ハハハ、この野郎、後でシバく。
内心で悪態を吐きながらも、それを口に出さないように何とか堪える。
「お前にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては凄く印象に残ってたんだよ」
…少なくとも、今でも俺の中のヒーロー像に影響を与えている程度には。
「こ、こいつ、とんでもない奴オニ! まるで誰かと会話しているみたいにブツクサ呟きながら俺達の相手をするなんて、非常に不気味オニ!」
俺を取り囲んでいる額から一対の角が生えた、赤い肌のまるで鬼みたいな姿をした男達の内一人が叫ぶ。
どうやら俺が独り言を言っていると勘違いしているみたいだが、二郎の声は外に聞こえないから仕方ない。
『……戦闘中みたいだけど、俺と話してていいのか?』
「それがわかってるなら、さっさと通信を切ってくれると有難い。全部終わったら後で連絡するからさ」
掴みかかってきた男の腹目掛けて蹴りを放つ。
『そうか。それじゃあ無事を祈ってるぜ』
二郎からの通信が切れると同時に、痛みによろめく男を再度蹴り飛ばしてノックアウトしてやる。
周囲には既に結構な数の男達が倒れているが、俺を取り囲む男達の数も未だに多い。
そして、男達のいずれもが先程説明したような容姿だ。
「あ、相手は一人オニ! 囲んで金棒で叩けば楽勝の筈オニ!」
「それ、俺一人に全滅させられるフラグってやつだな」
さて、なんでこのような状況になっているのか。
事の始まりは一週間前、黒猫を倒した直後まで遡る。
「……しまったな、話を聞いてから気絶させるんだった。おい! 起きろ!」
黒猫を掴み起こして何度かその顔をはたくが、起き上がる気配はない。
……こうなってしまっては仕方ない、自分で探すか。
気絶した黒猫が起きても逃走できないようにその辺に落ちていたロープで縛ると、手始めに先程黒猫が弄っていたパソコンの中身を覗こうとする。
「ラッキー、まだスリープしてない」
どうやら俺はツイているみたいだ。
パソコンの画面は点灯したまま、そのおかげでパスワードを入力する事なく中のデータを覗き見る事ができる。
貴重なデータ、漁らせてもらいます。
「……なんにも無いな」
数分間パソコンのデータを漁り続けるが、これといった情報は得られず。
いや、そもそもデータ自体が無いのではないかと思うくらいに何も無い。
「こいつ、やってくれたな」
黒猫が先程パソコンを弄っていたのは。多分データを消していたのだろう。
その事に思い当たった俺は気絶したままの黒猫を見下ろすと、八つ当たりに蹴り飛ばしてやろうかと考えてしまう。
……いや、今はそんな事に時間を使っている暇はない。
パソコンが駄目だとしても、きっと他に情報が残っている筈。
俺は黒猫を床に放置したまま部屋から出ると、虱潰しに情報を探る事にした。
結局、有益な情報は一切得られず、遂に最後の部屋……俺が最初に入ってきた倉庫まで辿り着いてしまった。
とりあえず部屋に置いてある荷物を片っ端から調べてみるが、全て空箱。
役に立たない物ですら入っていない。
「畜生、ここまできて空振りか。……ん? これは?」
最後の箱の中身を見て落胆した直後、箱の底に一枚の紙が落ちているのを発見する。
「納品書か? 秘密結社、鬼ヶ島?」
聞いたことのない会社……いや秘密結社を自称してるのだから聞いた事がないのは当たり前か?
兎に角ここにはもう情報が残ってないし、次はこの鬼ヶ島という会社を探る他ないか。
ご丁寧に住所まで書いてくれているし、調べるのは楽だろう。
俺は匿名で黒猫強盗団のアジトを警察に通報すると、警察が来る前にアジトを後にした。
本当はすぐにでも鬼ヶ島にカチコミをかけてやろうかと思っていたが、鬼ヶ島がどの程度の規模の組織かわからないうえ、身体もスーツも傷だらけでまともに戦える状態じゃなかった。
結局二週間ほど身体を休め、スーツを修復する為の時間も兼ね鬼ヶ島という秘密結社について少し調べてみてから本格的に行動を起こす事になる。
調査自体は割りとスムーズに進んでくれたのは幸運だった。
明らかに武装過剰なコンビニ強盗犯を捕まえ、鬼ヶ島の名前を出して鎌をかけてみたらあっさりと情報を吐いてくれたのだから、思わず拍子抜けしてしまった程。
……そして、鬼ヶ島という組織が中々にとんでもない組織だという事が判明。
銃器の製造や販売をしていたのがこいつらという事は予想していたが、他にも違法薬物の製造や人体実験にまで手を出していてドン引きさせられたのは記憶に新しい。
そういう訳で体力を回復させた俺は、納品書に記載された住所までカチコミをかけに来たというのが、今の状況だ。
「つ、強いオニ。俺達じゃ、到底敵わないオニ……ガクリ……オニ」
最後の男……というか鬼と言うべきなのか?
見た目が完璧に鬼だし、自分で語尾にオニって付けて喋っているし多分鬼なのだろう。
俺の周りにいた最後の鬼が地に倒れ伏した事で、漸く一息つくことができた。
裏口から侵入に成功したのはいいがすぐに見つかってしまい、結局全員倒しきるまで戦う羽目になるとは。
「隙ありじゃ!」
少しだけ休憩しようと気を抜いた瞬間、男の声が響き俺の手足に木の枝が巻きつく。
「な、何だ!?」
「手練れの襲撃を受けたと聞き急いで駆けつけてみれば、このような隙だらけの奴にやられてしまうとは……我が部下達ながら情けないハナ」
また妙な語尾の奴が出てきたな。
まあいい、落ち着いて状況を整理しよう。
目の前には二本の木の枝を両手に携えた白髪の老人。
そして俺の両腕両足は、桃色の花が咲いた木によって拘束されてしまっている。
……腕は動かせないが、掌は開閉できるな。
「お前、何者だ!」
「ハナハナハナ、冥土の土産に教えてやるハナ。ワシは鬼ヶ島四天王が一人にして、銃器製造・販売部部長の花鬼!」
随分とあっさり自己紹介してくれたな。
しかし、四天王か。
「四天王って事は、後三人お前みたいなのがいるって事か? ついでに上にももう一人いたりするんだろ?」
「察しはいいようだハナ。その通り……と、言いたいところだがついさっき一人やられてしまったハナ。ワシはそろそろ会議に戻らないといけないから、とどめを刺してやるハナ」
「……拳を自由にしたままなのは、失敗だったな」
大人しくしているのはここまで。
花鬼が手に持った木の枝を振り上げた瞬間、点火装置を起動させて両手脚に絡みついた枝を焼き尽くし、更に振り上げられた枝目掛けて炎を放つ。
「ぬおっ!? わ、ワシの桜の枝がハナ! だがこれしきで!」
花鬼は狼狽えながらも、燃え盛る木の枝を放り捨てる。
次の瞬間には花鬼の持っていたもう片方の枝がニョキニョキと伸びはじめ、倍ほどの長さになったところで真っ二つにへし折り両手に枝を持ち直した。
「な、何だよそれ! ちょっと気持ち悪いぞ!」
「気持ち悪いとはなんじゃハナ! ワシは桜の木をある程度自在に操る超能力者! この程度朝飯前なのじゃハナ!」
なるほど、俺の手足に巻き付いていた木はそういう事か。
しかし、ある程度ってどの程度だよ。
花鬼が俺めがけて木の枝を振るうと、先程と同じように俺の元へと木が迫る。
「そうかい、態々解説ご苦労様!」
……超能力でのぶつかり合いなら負けようが無い。
迫る木々を焼き尽くし、その勢いのまま花鬼の元へと駆け抜け、殴りつける。
老人を殴るのはどうなのかと俺の良心が訴えかけてくるが、あまり容赦してるとこっちがやられてしまうから仕方ない。
「この若僧め! 老人虐待じゃハナ! 年寄りは敬うものじゃハナ!」
花鬼はそう叫ぶと俺目掛けて両手に持った枝を伸ばし、突き刺そうとしてくる。
……燃やしても構わないが、ちょっと攻めこんでみるか。
俺は伸びてきた二本の枝を、両手で掴みとる。
「何言ってんだ! 敬われるような行動してから言えよ!」
……よく考えなくてもこいつらが銃器をバラ撒いてるんだから、俺が心を痛める必要は一切無いな。
銃器があるから犯行に及んだ奴等も少なからずいただろうし、やはりここは全力で叩き潰すしかない。
腰を落として腕に力を込めて木の枝を引っ張り、花鬼を引き寄せようとする。
「ムムム、力比べかハナ! 負けないハ――グエッ!」
花鬼は俺のやりたいことを察したのか、俺と同じように腕に力を込めて抵抗しようとする……が、一瞬だけ硬直した後手に持っていた木の枝を取り落とすとその場に崩れ落ちる。
「お、おい、いきなりどうした? ……そ、そうか! 俺を油断させるつもりなんだな! 姑息な真似しやがって! そんな見え透いた罠に引っ掛かると思ってんのか!」
俺は木の枝を放り捨て、倒れたままの花鬼を警戒しながらジリジリと近づいていく。
「おい、本当にどうした? 罠だっていうのはもう――」
「……こ、腰が、腰がイカれたハナ。もう動けんハナ」
花鬼の様子を見るに、奴が言っている事はどうやら本当のようだ。
どうにもここに来てから調子が狂ってしまうが、戦う手間が省けて良かったと考えよう。
「他に仲間がいるみたいだけど、そいつらの情報を素直に教えれば手荒な真似はしないでやる」
「……ハナハナハナ、ワシも見くびられたようじゃハナ。仲間を売るわけないじゃろ……今じゃココホレ! この男を噛み殺せ!」
花鬼が何かに命令を下したことで身構えるが、何かが現れる様子もない。
「……ハッタリか? 抵抗できない奴に手を出すのは気が進まないけど――!?」
「ワンワン!!」
花鬼に手を出そうとした瞬間、部屋の壁を破壊し巨大な何かが俺に飛びかかってくる。
俺は何かを考える余裕もなく咄嗟に飛び退き、何とかその襲撃を躱す。
「な、何だこいつ!?」
「ワシの相棒、戦闘犬『ココホレ』じゃハナ!」
「クゥーン」
花鬼がご丁寧に説明をしてくれるなか、俺は襲撃者……いや、襲撃犬の様子を伺う。
犬種としてはどこにでもいそうな柴犬だが、一番の特徴は身の丈二メートルを越えるその巨体だろう。
十中八九、自然に生まれた存在ではない。
「……動物相手でも、歯向かうのなら容赦しない!」
「ハナハナハナ、ココホレの力を見せ――おい、何故ワシを咥える?」
俺が抗戦する素振りを見せてやるが、ココホレは俺を意に介さずに花鬼を咥える」
「言うこと聞いてないみたいだけど、大丈夫か?」
「おかしいのう? いつもはちゃんと言うことを聞く――」
思わず花鬼に大丈夫なのか聞いてしまうが、その返事を最後まで聞ききる事はできなかった。
花鬼を咥えたココホレが、窓を突き破って外に飛び出てしまったから。
「に、逃げた!?」
突然の事に一瞬呆けてしまうが、すぐに正気を取り戻して外の様子を確認する。
地面には巨大な穴が空けられており、ココホレの尻尾だけが飛び出ていたが、それもすぐに見えなくなってしまう。
逃がしたのは惜しいが、仕方ない。
とりあえず銃器製造販売の拠点は潰せたし、今日のところは良しとしよう。
さて、楽しい家捜しの時間といきますか。
銃器の製造拠点の一つは潰せたがここが最後とは限らないし、親玉が残ってる以上また復活する可能性だって考えられる。
鬼ヶ島の拠点を探しだして徹底的に叩く目的で資料を漁っていると、一つのファイルが目に入った。
これは、計画表?
ファイル自体は警察にリークしておくとして、自分用にファイルの中身を全て写真に撮っておく。
……この一冊のファイルが俺をもっと大きな事件に誘う事になるとは、この時はまだ予想もしていなかった。
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次回作 GUH5 ゲットアップヒーローズは来週日曜日の昼十二時から投稿開始なので、続けて読んでもらえたら励みになります。




