ファンタジーだけどシビアです
「査問会の招聘状が届きました」
給仕係にゴブレットへと乳酒を注がせながらクレールがグラーシアへと告げる。
「そうですか、ご面倒を掛けますがよろしくお願いしますね」
サーブされた白身魚のムニエルを上品に口に運んでいたグラーシアは、クレールの言葉にフォークを置いて返す。
「しょうへいじょう?って、何かあるんですか」
「王の名でブーヨ元伯の査問会が開かれるので関係者の貴方と私、それから証人たる資格を持つ
立会人として王都に居る貴族から無作為抽出された方々を呼んで、ブーヨ元伯の爵位剥奪領地没収が
正当な判断であったかを再検証する裁判みたいなものですよ」
「へぇ〜ちゃんとしてるんだ、王様の気分で簡単に断罪って訳でもないんだ。『イケ恋』だと
王子の一言で簡単におグラさんとの婚約を破棄してたのにな」
「水戸老公が印籠出して断罪した際に言う『藩公より厳しき沙汰があるものと覚悟致せ!』の
厳しき沙汰の部分よ、物語の後の部分かしら」
どうやら納得してくれたとグラーシアはゴールデンツナの前菜にフォークを伸ばし
アルコール度数の低い乳酒だからとクレールに勧められ、試してみるクラウドが
転生した世界がファンタジーだから、仕組みがもっとフンワリしてるのかと思ってたとの感想を洩らす。
「クラウド君って男の子なのに『イケ恋』を知ってるの?」
クラウドの感想に同じく乳酒をカパカパ空けてるショーンが食い付く。
「ショーンさんもプレイしてたんですか、俺は向こうの母さんが貴腐人でオタクだったから…
ある同人作家さんの追っ掛けもしててゲームも色々やらされてたんです」
「まぁ!」
両手を叩いて立ち上がるショーン、いくら内輪の席といえども不作法に過ぎると妻を窘めるかのように
クレールがテーブルの下でショーンの袖を引けば、ショーンも慌てて椅子に座り直す。
「じゃあ『イケ恋』の続編の『イケ恋2』もプレイしました?
今度のヒロインは精霊の愛し子と呼ばれる精霊魔法の天才で、お相手は王位継承権を持たない
陰のある第2王子様や、王妃付きの騎士に宮廷魔導師の秘蔵っ子に隣国から派遣された外交官…
私の推しメンは第2王子 ユリウス様よ〜なんて言っても某アイドルJr.のような顔立ちに声優も豪華で」
「これ!」
今度は隠す事無く王家への不敬だと窘めるクレール、此処が何処なのか漸く気付いて
ショーンは気まず気に口を噤んだ。
「続編なんてあったんだ!多分俺はリリース前にトラックの下敷きだから知らなかったけど……
不敬になるかもだけどさユリウス様は知ってる、漆黒黒羽宵闇先生の出した薄い本で」
言い難そうなクラウドの肺腑を絞り出すかの言葉にショーンは更に食い付く。
「ノワール先生って、ノワール光の事!?だとしたら私、大ファンなのよ」
「恵美子さん、漆黒黒羽宵闇之輝星を知ってるんですか?」
孫のファンだと聞いて黙っていられなくなったグラーシアが身を乗り出してショーンへと詰問。
「グラーシア様もご存知なのですか?彼女、凄いですよねぇ。
二次創作の世界で女性から圧倒的支持があった小説家さんで、色々な出版社からデビューしないか
なんてオファーがあったとか、勧誘が凄かったとか話題の人で私が此方へ来る少し前に
凄い漢字のペンネームを改名してデビューして、少年誌でファンタジー世界でサバイバルする
漫画の原作を書いて大ヒットしてたんですよ〜
それからプライベートでも、その出版社主催のパーティーで知り合った大物俳優の2世に
アタックされまくって結婚したとか、羨まし過ぎる成功者じゃないですか」
「よ、陽子が結婚!?」
傍目にはトントン拍子で成功した、現代のお伽噺を地で行く女流作家 ノワール光を語る
ショーンの言葉に、大好物のゴールデンツナの前菜の刺さったフォークを
取り落として狼狽するグラーシア。
「漆黒黒羽宵闇之輝星先生はおグラさんの孫らしいです、俺の母親もファンです。
書いてる話はBLなのに…俺も好きでした。何なんスか!?俺だって普通の話があるんなら
是非ともソッチが見たかった!野郎同士のイチャイチャなんかどうだっていい!
おホモだち抜きのアクションとか冒険があっただなんて……クソッ」
いくらアルコール度数が低いとはいえ量を過ごしたクラウドは、漆黒黒羽宵闇之輝星こと
ノワール光が、グラーシアの前世の孫だったとショーンに説明していたが段々と本心を吐露し始め
ゴブレットをテーブルに叩き付けて管を巻く。
「え、クラウド君はノワール先生の同人作品を知ってるの?ネット上の物はプロになった際に
全削除されてたから同人誌がプレミア付いてるって話よ、で『イケ恋』はどんな話だったの!」
更にグイグイと迫るショーンにクラウドは答えたくともしかし…側には夫のクレール子爵が。
うっかり口にして不敬罪!とバッサリ殺られるのは嫌だと、目の前のゴールデンツナを
口一杯に頰張るが、乳酒の壺を手にして迫るショーンの迫力に咀嚼して飲み下さざるを得ない。
「……切なめ純愛、プラトニック、ハイ×ユリ」
クラウドは視線を壁に掛かった風景画に向け、口早に言いきると乳酒を満たしたゴブレットを呷って
これ以上は口にしないぞと態度で示し、夫に向かって舌打ちをするショーンもゴブレットを傾ける。
その傍らでは孫娘の吉報を耳にして感極まったグラーシアが、背凭れに回していた
小振りのハンドバックから絹のハンカチを取り出して目尻を拭っていた。
実際に知らないクレールにはその所作は令嬢らしく洗練された仕草に写るが、グラーシアの以前を知り
中身が老婆だと知る2人にはそれがどうしても、巾着からチリ紙を取るお婆ちゃんにしか見えないと
乳酒を酌し合いながら眺めていたが、今度はグラーシアから孫娘が本当に作家になれたのかとか
結婚相手はどんな人かと質問責めに遭って、宴はグダグダの内にお開きとなり
酔っ払いは馬車に積み込まれ、ファングル邸へと運ぶのであった。




