美食なのか悪食なのか、それが問題だ。
「これは誠に」
最後の一皿、デザートのケーキの盛り合わせを綺麗に平らげるとフォークを置く。
転生者の出す馳走との期待から、一刻も早く帰ろうとマティスは
馬車ごとシナノからファングルの公爵邸へと転移魔法を発動させた。
赤ミノタウルスの乳で作られた濃厚なクリームと季節のフルーツをふんだんに乗せ
繊細な飴細工が飾られた見目愛らしいケーキに高級豆の香り高いコーヒー、
国際儀礼に則った饗応、満足ゆくコースでしたと礼を言うマティスだったが
その顔は満足からは程遠いものだった。
「やはり美食家のマティスさんには地の物の方がよろしかったのでは?」
型通りのコース料理ではこの美食家の舌を満足させることなど無理だと
始めから判っっていたグラーシアは、取り敢えず礼儀としてお出ししたのであって
本番はこれからですわとコロコロ笑う。
「本当はゲテモノとメイド達が言いますのよ」
悪戯っぽく目を細めたグラーシアにマティスは、本番の晩餐前に腹ごなしを兼ねて
食材を見て歩きませんかと誘われたので二つ返事でついて行く事に。
彼女だけの騎士、リヒャルトが付き従いマリアが先導に立つ。
「先ずは養蜂小屋に行きますわね、ウチでは蜜蜂の他に
テイマーもおりますのでキラービー等も飼っておりますよ」
「養蜂ですか、蜜にも拘っておられるのですね」
「蜜も採取しておりますが本命は蜂の子ですの」
広大なファングル公爵の敷地、専用牧場を過ぎて畑の隅に建てた
養蜂小屋まで馬車を走らせて小屋の中へと足を踏み入れる。
「蜂の子供?」
「地蜂の子など昔は良く食べていまして、滋味溢れて美味しいものなのですけれど
こちらでは昆虫食が無いのでしょうか?佃煮や炊き込み御飯や、炒めたものを混ぜた
混ぜご飯が普通でしたけど、生のままこうしてヒョイと口に入れて
濃厚な味を味わおうとしましたら周りから止められまして」
慣れた手つきで蜂の子を食べるゼスチャーをしてみせながら
困ったように呟くグラーシアにマティスは、グラーシアの前世の国はどれだけ
食糧事情が悪かったんだろうと、食事に呼ばれた事を後悔し始めていたのだった。
「て、こっちがキラービーの巣箱なんですけど、この蜂の子は特別大きくて
どうも蜜蜂などより滋養があるみたいなんですの」
食べた事無いのに滋養があるってどうして解る?実はナイショで何匹かイッた?と
マティスが疑っているとも知らずにグラーシアは、そのキラービーの蜂の子を
ゴブリン等の魔獣肉にブレンドしてアラクネの餌料としてして与えてみた所、
見事な光沢を持った細くしなやかな糸が取れたのだと語った。
「あまりに見事な糸でしたので先日、王家に献上の手配をしたのですけれどねぇ」
アラクネが食べたのかとマティスは安心する、見た感じ大人の指くらいの大きさの
芋虫みたいなヤツを黒髪の佳人が生でパクッといってない事に安堵する。
「ご安心下さいな、マティスさんへお出しする皿に虫は乗せませんから」
グラーシアはマティスに安心させるように告げると、再び馬車に乗り込み
乳牛代わりの赤ミノタウルス、食肉用黒ミノタウルス、食肉用と卵を取る為の
コカトリス小屋と食肉用に改良されたオーガの畜舎を巡って再び公爵邸へ。
「マティスさんはお箸が使えますか?」
「それは大丈夫です、もしかしてグラーシア様はアジアのご出身で?」
美食家として、それなりに異世界の文化を勉強したと答えるマティスに
それならばと安心したグラーシアはドレスに着替えると、
割烹着にエプロンドレスの要素を足したような上着を着けて、厨房へと向かった。
今度こそファングル繁栄の基となった"転生者"による異世界レシピを
実際に賞味出来るかとワクワクしながら食膳についたマティス、
給仕が銀の盆に小鉢や皿、鉢に深皿とを乗せてやって来て給仕を始める。
「これはワショクですか?」
箸と煮物と漬物に、マティスは以前の体験からそれが和食なのかと問うた。
「えぇ、私は日本人よ」
「なら、ワショクですよね?」
「和食は和食でもただのお惣菜ですわ、私、昔はただの庶民でしたもの」




