世界が夜明けを迎えた光
シェンの口からマトラ神の告げた二日が経過した。
魔塔の前に国王、王妃、王太子とベンタロン大公と議会の三役、そしてマトラ神教大司教と神官。
それから前回の英雄一行の遺産開示に立ち会えなかった有力貴族当主達と共に
王太子妃グラーシアの実家、父親のファングル公爵の姿もあった。
魔塔の中ではメイド達が忙しげに立ち働く気配が感じられ、既に妃殿下は目覚めているのではと
あちこちから声が上がる。
舞踏会や夜会では王族の入場は静かに待つのに、声を上げるのは遺産に関し自家に利益が受けられるかと
期待と、先に同席していたグレイソン公爵とゼネット伯とナイベリ伯に対する妬みもあったのだろう。
入り口を固く閉じ、如何なる者も通さぬと侍立する騎士の元に侍女が近寄り何事かを告げて離れた。
「申し上げます、妃殿下お目覚めに御座います。
只今お支度をなさられておりますので暫しお待ち下さいます様」
そうして同席していた男性陣は思い至る、貴婦人にはきちんとした身支度の時間が必要だと。
あの時石に触れて吹き飛ばされたのなら、少なくとも乱れたであろう髪は整えなければならない。
貴婦人が夫以外の人間に下ろし髪や乱れた髪を晒すのはあり得ない、下着姿で外に出るくらいの非常識。
そうして待つ事暫し、女騎士と侍女が連れ立ってやって来て固く閉じた扉が開かれた。
「妃殿下、皆様方到着されまして御座います」
先日の広間に椅子を持ち込み、席が定まり皆が国王の許しを得て着座すると
急遽支度の間とされた隣の部屋からゆっくりと入室したのは身支度を調えたこの国の王太子妃。
丁寧に梳られた黒髪は後頭部にシニヨンを作り、銀の飾り櫛と簪で留められて
なお豊かな髪は背へと流され、床に着かないギリギリで切り揃えられてさらさらと揺れる。
滑らかに光り輝くかの白い肌は申し訳程度の白粉を叩くだけで充分。
目元にシャドウとアイラインは控えめに、艶やかな唇に紅を一指し、それだけで美しい花の顔。
先日とは違う濃紺のドレスはハイネックのクラシカルなデザインは王族の妃としては大分地味に作っている。
同色の手袋に竜鱗扇を手にした姿で静々と歩を進め、席へと導かれた。
「先日はお話の途中、大変失礼をしました」
国王の前で一礼、そして許しがあって着席。
「二日間、其方の身に何があったか教えてはくれぬか」
国王からの御下問に皆の視線が集まる中、彼女の口が開いた。
「先日、魔法使い殿から頂戴しました黒曜石に吹き飛ばされてから私はマトラ様のお導きで神域に居りました」
その一声から始まったキリアラナ時間で二日、神域で起きた事が詳らかにされた。
「あの石は魔法使い殿の魔力を高濃度に凝縮した物。
善悪の別無く強い使用の意思にて爆発四散する術式を組み込んでおいたそうです」
あの時、儀礼もマナーを忘れたかのように手を伸ばしたゼネット伯に目が向けられる。
まさか王族の妃の手にある物を直接毟り取るような真似、平民ですらしないそな行為は
引ったくりや掻っ払い等の犯罪者のそれ。
通常王族と貴族の世界では男女が直接物のやり取りをするとしたらプライベート空間で
夫や家族といった身内の間だけ、侍従や家令からだとしても間に侍女を介しての受け渡しとなるだろうし
ましてや公的な場で妃殿下の称号を持つ人物に対しての行いでは無い。
二心を抱いての凶行と取られても仕方の無い無礼は後で追求すると言い置いて先を続けた。
「魔法使い殿はお怒りでありました。
当然でしょう、召喚当初の約束の帰還の機会も有り余る程の金貨を下賜も果たされず
仲間を死に追いやられ、残された勇者と魔法使い殿が結婚し僅かに与えられたのは最果ての荒野。
現在は開拓され繁栄し、ベンタロン公爵領となっているトコエと小さな城一つ。
優遇措置も無く、飢饉の際の援助も魔法使い殿の私財で建設された魔塔の権利と引き換え。
挙句にご子息の妻、ロマトモニ家の嫁の産褥の床から生後間も無い娘御を盗まれたとあっては
報復の一つも考えましょう程に」
王が王たる所以が勇者と聖女の血統だから、その根底が揺らぐ発言だが忖度無しに続けられる。
「故に私に魔力を込めた石を渡し、渡された私が何らかな意思を持てば此処で。
国の為にと使用する意思を見せれば、未来の為に宝物庫に収蔵しようと決め、石に触れたのなら」
魔塔で、王城の燃料やキリアラナの魔獣避けの結界や王都の魔法燈の魔力や
上下水道等インフラを支える魔石タンクで、王宮内の宝物庫で、爆発させる可能性があったという事だ。
「私は黒曜石が魔法使い殿の贈った魔力を込めた『遺産』としてお預かりしたつもりでした。
ですからゼネット伯が何らかの意思か思惑があった、そして黒曜石が破裂し
私だけで無く此処に揃っていた両陛下と王太子殿下、国家の重鎮、魔塔諸共巻き込んで吹き飛ぶ筈でした。
そうならならかった理由は」
ドレスの裾を広げ腰を膨らませる腰枕に潜ませていた御守りとしての手鏡。
以前アーダル神様より授かりましたヒブツの鏡、その鏡が割れていた。
「アーダル神様の御加護により爆発の衝撃を抑え、マトラ神様の御加護により神域へと避難させて頂きました。
その神域でマトラ様のお導きで、魔法使い殿、勇者殿、戦士殿、僧侶殿の魂を夢渡りを介してお会いしました」
その場がどよめくのは、まさか勇者一行に会ったのかと驚きをもって視線を集めた。




