俺はただ無双したいだけなのに
「とりあえず、食事しながら話しましょう。姫様に少しお金貰ったんです」
心底嬉しそうに定食屋ののれんをくぐるいすゞさん。こじゃれたカフェもあるのにガッツリ系を選ぶところは好感が持てる。
「TUEEEも無理。ダンジョンもギルドもダメ。ならせめて知識SUGEEEしたいんだけど、どうにもならないな」
「何か異世界の凄い知識ないんですか、使えない爺さんですね」
定食屋に入り、通された席についてまずつぶやいた言葉が諦めだった。
だって、氷の入った冷えた水がガラスのコップに入った状態でだされ、壁にはたくさんのメニューやポスターが張られ、店を出る客が紙のお金で支払って出て行っているのだ。
この段階でいくつの知識チートが潰されているのか。
50年以上中二の病を患って溜めこんだ知識を思い出す。醤油の作り方、米栽培の注意点。ガラス細工に絹織物。夢は断たれた。テーブルがちょっと油っこい安くて量のある定食屋でこの有様だ。全部普及してんだよな。現代って凄かったんだなぁ。
地下水路清掃のほかには、遠距離輸送と土木工事の人足募集が掛かってますがどうしますか?」
いすゞさんが提案してくれるのはどれも肉体労働ばかりだ。
「そういうんじゃなくて、もっと楽して稼ぎたい」
「誰でも出来るもんならそうしたいですよ」
呆れたようにいすゞさんが吐き捨てる。
出来る物なら。そう、異世界のすげぇ知識で「凄いです!」って言わせたかった。
武力チートで無双とか、魔法で十万の軍勢をっ!とかに憧れつづけてきたのになんでこんな事に。
「いくつか聞きたい事っていうか、確認があるんだけどさ。ペニシリンって知ってる?」
「カビの?」
「ああ、うん。知ってるよね、もういいや」
当然あるよなぁ。俺より前に何人も召喚されていて、いろいろ知識が流入しているってのは想定外だった。準備していたものがほとんど使えない。なんとか使えるものを見つけないとやばい。何か、何かないのか。
「おまちどう!」
焼肉定食が運ばれてくる。
タレに漬けこまれた赤身の肉と、大量の野菜。そしてご飯。つやつやに輝く米。
定食についてくる普通のサラダが旨い。米が日本人好みのもっちりした品種で炊き加減も最適、うまい。
各テーブルに醤油とラー油がある。少し舐めてみる。うまい。
隣のテーブルではマンガ肉食ってるやつもいる。うまそう。
味噌汁もついてきた。実はお揚げとキノコ。うまい。
畜生うまいなぁ。
日本のファミレスとかその辺の定食屋に入って食べるより確実に旨い。転移者とかが情報持って来てるとしても、その道の第一人者が転移する事ってそうそう無いんじゃないかと思うんだが。ラノベとしても確率としてもさ。
拘りの職人だとか、大規模な企業による研究による成果がある分、日本の食べ物のがうまいはずじゃねぇの、なんでこっちのメシご飯も肉もこんなうまいの。畜生!
目の前で熱されているロースターに肉片を乗せる。ジュージューと焼けていく肉をひっくり返し、しっかり火が通るまで待とうと思った時、焼き音が変わった事に気がついた。
肉が焼ける音から、肉から湧き出る肉汁が鉄板で弾ける音に変わったのだ。
肉が自ら最適な食べ時を教えてくれていたのだ、その焼き音で。
『時は今!』
「はいっ!」
肉が語りかけてくる。
『俺は人生のほとんどを草を食うことについやしてきたプロの草食動物だ。お前は雑食。素直に俺の言うとおりに食え。野菜の一番うまい時を教えてやる。ネギはほっそり芯が残るくらいでいけ。俺の甘さとネギの辛みが奏でるハーモニー。お前に聞かせてやりたいんだ』
「なんで、そんな事を見ず知らずの俺に?」
『誰かに食べられてその血肉になるというのなら、俺の草をはみつづけた一生は無駄ではなかった。さあ喰ってくれ。俺の命を』
「うし…」
水上は涙した。見知らぬ牛の死生観に、その献身に。
あのじいさん牛肉見つめて泣いてるよ…
ひそひそという声と憐憫の視線が二人に向けられる。
「やめてください水上さんっ、私のも一切れあげますから!その最後の晩餐感だすのやめてっ」
うまいうまいと涙を流しながらメシをかき込む姿に、店内が少しざわつく。幻想種は魔素による変質の影響で寿命は長くなり老化も遅い。若々しい姿が長く続いて、天寿を全うする前に一気に老化する。だから老人というのは本当に珍しいのだ。だから居るだけで目立つ。
そんな珍しい老人。もうすぐお迎えが来る最終形態の人が、質より量を重視する割と安めの食堂でうまいうまいと涙を流している。
同情を引かないわけがない。
「こちら、店長からです」
デザートがサービスされた。
抹茶クリームバナナパスタというのは如何なものか。食ったけど。旨かったけど。
食べるだけ食べて少し落ち着いてきた。料理系の知識チートは完全に無理だわ。ファンタジーの世界で塩とか胡椒が安く手に入るなんて期待外れもいいとこだ。
少し食い過ぎたかなと腹をさすりながら、まだおかわり無料のライスに塩をかけて食べ続けるいすゞさんに追加の質問をする。
「さっきの魔素の件だけどさ。こういう肉とかのが多いんだよな?」
「もひろんです。カロリーと比例しあふ」
もぎゅもぎゅと米を口に詰め込みながら答えるいすゞさん。食うというより、胃に入るだけ詰め込む気のようだ。
<素敵なダメエルフさんっぽい>
「ホントだよな。俺も学生の頃とかは限界までお代わりしたから気持ちはわかるけど。でも醤油ラー油掛けご飯は引くわ」
「何言ってるんですか。死活問題ですよ。魔素が無ければ魔術は使えないんですから」
「それなんだけどさ、肉じゃなくても草からも魔素はとれるんでしょ? 少ないとは言え土にも浸透しているなら最悪地面から直接吸収とかできないの?」
いすゞさんの口の動きがピタリととまる。
「土……から? また、土粥ですか。栄養ありそうな畑の土を煮沸してなんども茹でこぼして」
ポロポロと涙をこぼし始める。無意識なのか涙もぺロリと舐める。
「え、いや、直接魔力みたいなのを吸収できないかってだけで、土を食うとは。食ったの?!」
「食べてません! 仕方なくです! 四日間なにも食べてなくて、何かお腹に入れないと動けないから最終手段だっただけで、主食じゃないんです!」
思ってた以上に食い詰めてたのか。食い意地が張ってるのも納得だ。下手したら今日のご飯も数日振りなのか。
<超久々の……お疲れ様です>
<なんか、こう、なんとも言えない…悲壮な…残念感が>
「俺もそう思う。残念な人だわ」
「何がですか?」
「いや、ダメエルフとか色々言われてんな、と」
「し、失礼ですね! 立派に生きてるんですよ!」
ふと聞こえてきたいすゞさんをDISる声が、水上以外には聞こえていないという事に気がつくのはまだまだ先の事であった。