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嫌われ妻ですが、夫に抱き着いたら5歳児になってしまいました

掲載日:2026/04/15

 

 突然ですが、私、夫に嫌われています。

 

 夫であるクロヴィス様は、我が国随一の魔法師様。

 魔法の研究に勤しむあまり、寝食を忘れる生粋の魔法オタクで、先日は屋敷でボヤ騒ぎを起こしてしまった。


 そんな、魔法オタクで恋愛なんて全く興味のないクロヴィス様に一目惚れしてしまった私。

 猛アタックの末、なんとか結婚まで漕ぎ着けた!……のだが。


 忘れもしない、結婚初日のこと。


 忙しいクロヴィス様の書斎に押しかけた私は、あろうことか浮かれまくった状態で挨拶をしてしまったのだ。

 もちろん、彼の表情なんて見ずに。

 

「クロヴィス様、お久しぶりです! お仕事が忙しく婚姻の儀式はできないのは残念ですが、大魔法士の旦那様を支えることができるよう――」

 

 誠心誠意尽くさせていただきます――という私の思いは言葉にならなかった。

 

 突然、ひゅっと、足元に鋭い光が突き刺さった。

 かと思うと、それは、ぱき、と音を立てて氷柱に変化したのだ。


 氷柱が刺さった絨毯の周囲がじわじわと凍りついていき、部屋中に冷気が満たされていく。

 

「……っ」

 

 パキパキと音を立てる周囲の氷を見ながら、私は困惑した。

 

(……私、今、クロヴィス様に攻撃、されたの?)

 

 私は、自分の胸元のリボンを握りこみながら、数歩後ずさりする。ぞくぞくとした恐怖が背中を走り抜けた。

 

(もし、これが足に当たっていたら……出血どころか……)

 

 考えただけで、寒いのに汗が噴き出してきそうだ。だが、答えを出す間もなく、クロヴィス様は告げる。

 

「――我が妻リリエット。命が惜しければ、俺に近寄るな。今後一切だ」

 

 なんてことだろう。記念すべき、結婚初日だというのに。

 クロヴィス様は、冷え切った目で私にそう告げたのだった。

 

 それからというもの、常に距離を置かれ、食事も寝室も別。

 たまに向けられる目線はぞっとするほど光がなかった。

 

 世の人たちは、「結婚はゴールじゃない」なんてよく言うけれど、本当にその通りだと思う。

 

(これからどうすれば良いんだろう……)

 

 別に、私たちは家同士が決めた政略結婚という訳ではなかった。


 私がクロヴィス様のことを大好きだったから、ただ相手が押し負けただけの話だ。

 

 私たちの間にしがらみはないし、裏を返せば、繋ぐものも何もなかった。

 そして、結婚から半年経った今日、私は決意したのだ!

 

「だから、思い切って、クロヴィス様に抱き着いてみよっかなって」

「今、完全に離婚のテンションだったじゃない……」

「これは離婚覚悟の計画だよ?」


 私の大親友であるアンナは、目の前で頭を抱えた。

 彼女は、王立学院時代からの友人だ。大富豪の娘なのに、感性が至ってまともなのでいつも相談に乗ってもらっている。

 彼女は、紅茶を飲みながらふうと息を吐いた。


「で、抱きつくとは?」

「こうぎゅっと胸を押し付けて抱き着いてみたら、嫌ってる私のことも少しは好きになってくれないかなって」

「クロヴィス様を思春期男子だと思ってる? もう二十歳よ?」


 断じて、私のハグごときでクロヴィス様が落とせるなんて思ってはいない。

 けれど、今まで何度言葉で伝えようと彼は表情一つ動かさなかったし、肌に触れるどことか近づくことさえままならないなら――。


「それなら、不意討ちするしかないじゃない」

暗殺者(アサシン)?」


 もう、何と言われようが構わない。

 私は、嫌われていようが、クロヴィス様とただの同居人の距離で終わるのは嫌だった。

 たとえ、それが幼稚な誘惑だったとしても。


「それに、どうせ離婚されるなら、抱き着いて離婚した方がお得じゃない。おまけで、ハグの思い出もついてくるし」

「……ああ、うん、そうね」


 なんだか諦めたような顔をされた。

 私は至って真面目だというのに。


「侯爵様も変人だけど、リリエットも大概変人よね」

「ありがとう」

「褒めてないわよ」

「クロヴィス様に似てるって言われるのはとっても嬉しいけど?」


 そんな私を見て、またアンナは頭を抱えるのだった。


 ◇


 その翌日のこと。

 さっそく、私はクロヴィス様へのハグ計画を実行することにした。


(……いた!)


 廊下の向こう側から歩いてきたクロヴィス様は、首から【実験中:近づくな】と書かれた札を下げていた。


 結婚してからというもの、クロヴィス様は屋敷に居る時は専らこの札を頭から下げて闊歩している。


 明らかに奇怪な行動だが、恐らく魔法に関する実験の一環なのだろうと思う。多分。

 そうじゃなきゃ、ただの変人である。


 まあ、けれど、今の私にそんなことは関係ない。

 だって私は離婚されるかもしれないというリスクを取ってでも、賭けにでることを選んだのだから。

 失うものない女は、最強なのだ。


「ごきげんよう、クロヴィス様」

「……見たら分かる通り俺は【実験中】だ。話しかけるな。近づくな」

「それが何の実験なのか聞いても?」

「俺の言葉が聞こえなかったか」

「……いえ」


 彼に道を譲ろうと、一瞬フェイントをかけ――私はクロヴィス様に向かって突っ込んだ。

 完璧なスタートダッシュだった。


「な、なんだ急に!」

「では、失礼します――!」


 クロヴィス様の懐に入ると、そのままぎゅっと抱き着く。

 その動作は、アンナの言う通りさながら暗殺者(アサシン)だったかもしれない。


「おい、やめろ! 離れろ! っ、なんでこんなに力強いんだ君は!」


 凄まじい拒否具合でクロヴィス様は振りほどこうとするが、無駄である。

 飢えた乙女を舐めてもらっては困る。


「ちょ、君、お願いだから、離れてくれ!」


 そう言って、全力で私を拒否した瞬間だった。

 クロヴィス様は、どさりと床に膝をついて、ばたん、と、まるで糸が切れた人形みたいに倒れ込んだのだ。

 

「……クロヴィス様!?」

 

 絨毯の上に横たわるクロヴィス様に思わず駆け寄ると、今度は、ぱちん!と何かがはじける音と共に真っ白い光が広がった。

 

(いったい、なんなの!?)

 

 思わず声にならない声を上げて目を覆ったあと、ゆっくりと目を開くと――

 

 そこには、見知らぬ子供が一人いた。

 

 彼は、クロヴィス様の大きな服の中に埋もれて、ぼんやりとこちらを見ている。

 

(いや、誰!?)

 

 私の頭の中は「?」でいっぱになってしまった。


 亜麻色の髪。灰色の瞳。整った顔立ち。

 よく見れば、どこをとっても、クロヴィス様の幼少期そのものだった。ざっと見て、五歳くらいだろうか。

 

「……だあれ?」

 

 彼は、不思議そうにわたしを見上げた。灰色の瞳が、ぱちぱちと瞬く。


 さて。

 

(いったん整理しよう。私はクロヴィス様にハグした瞬間、クロヴィス様が、子どもになった……?)

 

 駄目だ。一切、理解できない。


 ともかく、この子どもがクロヴィス様だと確定したわけでもないのだ。

 頭を抱えたい気持ちをなんとか堪えながら、わたしはとりあえずしゃがんで、その子の顔を覗き込んだ。

 

「わたしは、リリエットといいます。あなたは?」

「くろう」

「ん?」

「だから、ボクはクロウ!」

 

 クロウ、というのはクロヴィスという名前の愛称である。

 自分の愛称を一生懸命に告げてくる顔には、邪気というものが一切なくて、私は頬をゆるゆるに緩ませながら確信した。

 

(この子は、クロヴィス様だわ。全然、雰囲気違うから信じられないけれど!)

 

 いつもの氷のような眼差しとは、まるで違っているけれど、私にはこの子どもがクロヴィス様だと分かる。


 なぜなら、クロヴィス様は、私の初恋の相手だからだ!

 

(か、可愛い~~~!)


 私は、それはもう気持ち悪いくらいに彼のことを見つめた。


 私とクロヴィス様が出会ったのは、10歳の頃だからこんなに幼いクロヴィス様なんて絶対にお目にかかれない。

 この世界に、目で見たものを記録する魔法が無いことが本当に悔やまれる。


「……のど、かわいた」

 

 興奮する私と反対に、クロヴィス様(子どもの姿)は、服に包まりながら小さくそう言った。

 好きな人の喉が渇いているなんて由々しき事態である。私は、いつでも台所に走れる体勢で彼に尋ねる。

 

「……何が飲みたいですか?」

「ぶどうしゅ」

「……それは、お子様にはお出しできません」

 

 クロヴィス様は、お酒が大好きだ。

 どうやら、大人の記憶は引き継いでいなさそうだが、いっちょ前に舌だけは大人のようだ。

 

「じゃあ、しーどる」

「だめです」

「じゃあ、ういすきー」

「だめです」

「じゃあ、しゃんぱん!」

「さっきから、どうしてお酒ばっかなんですか!」


 彼は不服そうに口を尖らせたけれど、そんな可愛らしい顔をしても流石にお酒を出すことはできない。


 私は、台所からぶどうジュースをグラスに注いで持ってくると、クロヴィス様はそれを受け取ってごくりと飲んだ。


 その表情は満足げである。

 

(子どもなのに、様になるなぁ)

 

 彼はまだ幼いのに、独特の威圧感と妖艶さが滲んでいる。


 その姿を見ていると、先ほど、ハグをめちゃくちゃに拒否されたことを思い出してしまい、思わずため息をついた。


(さすがに、嫌われ過ぎよね)


 できれば、これからも近くでクロヴィス様の傍にいたいと思う。


 魔法の天才で、背が高くて、格好良くて、努力家で、民のために強い魔物だろうと一生懸命に戦う彼は、きっと誰よりも優しい。

 

 そんなことを幼いながらに感じたから、私はクロヴィス様に恋したし、それから一度も恋人を作ることなく、彼に何度も根気強く結婚の申し込みをしたのだ。


(ダメダメ、そんなこと考えるよりも、まずは子どもになったクロヴィス様を何とかしないと)


 彼の周りには明らかに大きすぎる男性物の服が転がっている。

 それを拾い上げながら、私は幼いクロヴィス様にシャツをぐるぐると巻き付けてあげた。


「クロヴィス様……じゃなかった、クロウ君、風邪引いちゃうし、着替えましょうか」

「おねえちゃ、やめて、あぶなっ」


 ぱちんと彼の手に触れた、そのとたんだった。


 小さな手からぱっと光の粒が散った。

 氷の欠片が、すぐ脇の床にぷすぷすと音を立てて刺さる。

 

(あれ? この魔法って……)

 

 クロヴィス様はそれを見て、みるみる顔を歪めた。

 

「ま、まちがえた……っ、ごめ、ごめんなさい。はなれて、あぶないから」

「っ」

 

 クロヴィス様が私のことを突き飛ばすようにして距離を取ると、彼の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ始める。

 私は、パニックになったようにぶつぶつと謝り続けて泣き続けるクロヴィス様をただ見つめることしかできなかった。


(結婚初日にクロヴィス様が私を攻撃してきた時と同じ……)


 クロヴィス様は、ぐすぐすと鼻をすすりながらわたしを見た。

 

「おねえちゃんが、いたら、まほうがでてきちゃう」

「それは、私のことが……嫌いだからですか?」

 

 子どものクロヴィス様は、大人の記憶はないけれど、先ほどの飲み物の好みをみるに、趣味嗜好は引き継いでいるようだ。

 だから、きっと彼が攻撃したのは私のことが――。

 

「ボク、おねえちゃんのこと、きらいじゃないよ。まほうが、へたくそなだけ」

「えっ」


 思っていたのと違う答えが返ってきて、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 魔法が、へたくそ? あの、魔法の天才のクロヴィス様が?

 

「うれしくなったり、かなしくなったりするとね、まほうがでちゃうの。だから、ちかくにひとがいるの、こわい」

 

 私は、ふと、結婚初日のことを思い出す。

 書斎の床に刺さった氷柱。「近寄るな」という言葉。

 あの声は、怒っていただろうか。今になって思い返せば、震えていた気がする。

 

 それからも。


 廊下ですれ違うたびに向けられた冷たい目線は、本当に冷たかっただろうか。

 もしかして、それは私を遠ざけようとしていたのではなく、近づいてくる私が、ただ、怖かっただけなのではないか。

 

「……ボクのこと、きらい?」

 

 ぽつりと、クロヴィス様が言うと、私の周りでパキパキと空気が音を立てて凍りつく。


(もしかして、クロヴィス様が攻撃したのは、わざとじゃなないのかな)


 泣いているクロヴィス様の涙を指で拭って私は告げた。

 

「嫌いなんかじゃないです。ずっとずっと、大好きだもの……」

 

 声が、途中で掠れた。

 ずっとずっと昔から、彼の魔法を初めて見た日から。私は、ずっと彼のことだけが好きだ。


 

 ◇

 


 10年前。

 クロヴィス様に恋に落ちた瞬間のことは、今でもよく覚えている。

 

 風に靡く亜麻色の髪から覗く、なめらかで整った顔立ちは息を飲むほど美しく、儚げに伏せられた灰色の目は、少年ながらに独特の色香を醸し出していた。

 

 そんな彼のことを取り巻くかのように、色とりどりの花びらがふわりと舞っていたのだ。

 

(すごい。きれい……)

 

 10歳の私は、気絶した毛むくじゃらの魔物の傍に立つ少年を見ながら、ごくりと唾を飲みこんだ。

 とても、魔物を倒したばかりとは思えないその涼し気な眼差しに、私の父が拍手を送る。

 

『さすが、大魔法師様の息子、クロヴィス様……! 我が領地を荒らしていた魔物を一発で倒してしまうとは』

 

 父は、領地を荒らしていた魔物に手を焼いていた。


 そんな時に、たまたま領地を視察に来ていた当時の大魔法師と息子であるクロヴィス様が魔物討伐に急遽手を貸してくれることになったのだ。

 

 つかつか、と魔物に近寄ったクロヴィス様は、なんと、杖を出すことも無く、手をかざすだけで魔物を倒してしまったのだった。

 

『……まるで、化け物だな』

『そ、そうですかな? 素晴らしい魔法だと思いますが……』

『いいや、あれはいつか人を殺すぞ』

 

 賞賛する父とは裏腹に、クロヴィス様のお父様はどこか冷めた目で彼のことを見つめていた気がする。

 

 しかし、10歳の私にとって領地の平和や父親同士の会話なんかよりも、重要な問題があった。

 

『……リリエット?』

 

 クロヴィス様に心を奪われてぼんやりしている私を心配そうに覗き込む父親を無視して、私は、弾かれたように駆け出した。

 そして、思わず彼の手を取ったのだ。

 

『あの、クロヴィスさま!』

『……なんだ?』

 

 深い灰色の瞳が驚いたように、真っ直ぐ私を見た。

 きょとんと首を傾げれば、彼の亜麻色の髪がさらりと揺れる。

 だから、私も彼の目を穴が開くほど見つめて宣言するのだ。

 

『わたし、クロヴィスさまのことが好きです!』

『リリエット!?』

 

 後ろから、凄まじく大きな父の声が聞こえてくるが私は気にしない。

 

『大人になったら、私と結婚してほしいのです』

『けっこん』

『はい! 私、あなたの魔法を見て恋をしてしまったのです! とっても綺麗で格好いいあなたに『ひとめぼれ』してしまいました!』

 

 結婚は、『好き同士な二人がするのだぞ』といつの日か父は私に教えてくれた。


 私と変わらない歳で、果敢に魔物に挑む彼が。

 領地を救ってくれた彼が。

 悠々と魔法を使いこなす彼が、頭の中を覆いつくしていく。

 

 私の胸の中で渦巻く、どきどきと抑えきれない淡い感情は、きっと『好き』の感情なのだろうと思ったのだ。

 


 ◇



「だから、【実験中】だとわざわざ札を下げていただろう」

「……す、すみませんでした」


 談話室にて、私はしゅんと肩をしぼませていた。

 あの後から数分でクロヴィス様は、元の姿に戻ったのだった。


 しかし、まあ、魔法というのはそう都合のいいものではないらしい。

 クロヴィス様は、一度小さくなっていたため服は全て脱げた状態だった。つまりその状態から大人の姿になれば――。


「君はまた、ろくでもないことを考えているだろう」

「…………………いいえ?」


 まあ、服がどうなったかは、クロヴィス様の名誉に関わる問題なのでこの場では割愛しておく。


「で、なんで君は、俺に突然抱き着いてきたんだ」

「クロヴィス様が、私のことを少しでも好きになってくれたらいいなぁと思って……」

「俺は、思春期男子か何かだと思われているのか」


 クロヴィス様は、私の親友と全く同じことを言って首を横に振った。

 やはりハグ作戦は失敗だったのかもしれない。


 いつ離婚を突きつけられてもおかしくないと落ち込んでいれば、クロヴィス様は、唐突に「すまなかった」と目を伏せて言った。


 謝られると思っていなかった私は、顔を上げた。


「俺は、感情が高ぶると魔力の制御が外れる。君に攻撃をしてしまったあの日から、俺は魔力を制御できるように実験していたんだ」


 クロヴィス様によると。


 クロヴィス様は、魔力が膨大な分、感情が大きく動くと魔力の安定性が無くなってしまうのだとか。


 だから、その放出された魔力を何か別の魔法に変えて、魔力として消費してしまえば、人を傷つけることはないのでは?と考えたらしく。


 ある日は「自分を痛めつける魔法」またある日は「食べ物を生み出す魔法」そして、「子どもになる魔法」……と色々と実験し続けていたのだと語った。


「そ、そんなこと、言ってくださればいくらでも協力したのに」

「素人に魔法を扱わせられるか」

「クロヴィス様のためなら、いくらでも実験台になります!」

「馬鹿か! そもそもこの実験をしているは、君を傷つけないためだ!」


 言い切った瞬間、クロヴィス様はハッとした顔をして両手で顔を覆った。指の隙間から覗く耳が、じわじわと赤くなっていく。


「いや、それはその。違う……いや、違くはないんだが」

「え、え、え……!」


 思わず動揺した私は、がたんソファからと立ち上がってしまう。


 だって、こんな反応されたら、まるで私のことが好きみたいじゃないか。

 私は嫌われていることがあっても、まさか好かれているなんて夢にも――。


「結婚初日に君を攻撃してしまったのは……その……君と結婚出来て、嬉しかった、からだ。あまりにも嬉しくて魔力が溢れてしまった……」

「……っ」


 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。


 嫌われていると思っていたのに。


 ずっと私だけが、彼のことが好きで、それは一方的な愛情で。

 それを適当に受け流してくれればそれで良かったのに。

 いつか終わりの来る結婚だったとしても、彼と夫婦だったという事実だけで生きていけそうだったのに。


「だから! 一切君を傷つけないように夜中までずっと実験し続けたんだ! 君ともっと話もしたいし、その……君に触れてみたいし、君とずっと一緒に居たかったから」

「クロヴィス様……」


 彼は一度顔を伏せて、それからゆっくりと私の方を見て自虐的な笑顔を浮かべた。


「だが、結果的に間違いだった」

「それはそうですが、クロヴィス様は私のことを思って行動してくれていたんでしょう?」

「それは言い訳だ。人間というのは、数字や実験結果で目に見えるものではない」


 彼の瞳は、ゆらゆらと落ち着きなく揺れていて、すごく不安げだ。


「俺の考えは一切伝えずに、距離を置いた。君を傷つけるくらいなら、いっそのこと別れてしまった方が良いとも思ったことがあるのも事実だ」

「別れる、だなんて」

「魔力が暴走する体質を気味悪がられて、捨てられる方がもっと怖かったんだ……」


 嫌われたくない、という気持ちが伝わってきて思わず泣いてしまいそうになった。


 クロヴィス様は誰かに嫌われることが怖くて、ずっと誰にも本当のことを話せなかったのかもしれない。

 心優しい彼だから、誰かを傷つけたくなくてずっと独りぼっちだったのかもしれない。


 子どもの彼と同じように、今だって泣きたくて仕方ないのかもしれない。

 

「いくら謝っても許されないし、君が望むなら、離婚でもなんでも受け入れる。でも、もしも、万が一に、君が許してくれるなら――」

 

 クロヴィス様の視線が、初めて真っ直ぐにこちらを向いた気がした。

 感情の重みが、確かに伝わってくる。

 

「――君のことを、正面から愛したい」

 

 彼の声には、涙が滲んでいた。

 

「俺なんて魔力量が多いだけで、君の言動一つで感情が乱れてしまう愚かな男だが、それでも、もし、愛してくれると言うのなら――っ」


 私は彼の言葉の途中でぎゅっと抱きついた。

 クロヴィス様は、見たことがないくらい目を丸くして私を見つめている。


「ええ、ええ。愛しますとも。世界一大好きなクロヴィス様」

 

 やっぱり、幼い私の恋は間違いなどではなかったのだ。


 これから、まだまだ知らない彼のことを知っていけばいい。

 もう、クロヴィス様の絶対に独りぼっちにはしない。

 

「……なんで、いつも君はそんなに真っすぐなんだ」

「?」

「また子どもになったら、どうする……」


「今は魔力が切れているから、少しだけ」と言い訳をしながら、クロヴィス様は、恐る恐る私を抱きしめた。

 すると、彼から溢れ出した魔法が、少しだけぱちぱちと弾けた。

 


 ◇

 


『大人になったら、私と結婚してほしいのです』

『けっこん』

『はい! 私、あなたの魔法を見て恋をしてしまったのです! とっても綺麗で格好いいあなたに『ひとめぼれ』してしまいました!』

 

 自分に正の感情を向けられたことなど、俺の人生で一度も無かった。


 魔力だけが無駄に大きくて、感情で爆発してしまう体質。


 両親は、そんな俺を気味悪がったし、巻き込まれたくない使用人たちも俺から距離を取りたがった。


 今までの人生で悪意こそ向けられたことはあれど、好意を向けられたことなど、ただの一度も無かったというのに。

 

『おれが、こわく、ないのか』

『こわい? どうして?』

 

 彼女は、頭を捻った。

 

『だって、おれのまほうは、ひとを……殺せる』

『わるいまものを倒してくれたのは、クロヴィスさまです! こんなにきれいで人を守るための物をこわいだなんて、思いません!』

 

 リリエットは、くたばっている魔物を指差す。

『それに』と彼女は続ける。

 

『クロヴィスさまのまほうは、とってもきれいだから!』

『きれい……?』

 

 こわい、じゃなくて。

 きれいだなんて。

 

『こら、リリエット! いい加減にしなさい!』

 

 彼女の父が慌てて、その手を引っ張った。

『すみません、うちの馬鹿娘が……』と頭を下げながら、リリエットを引っ張っていく。

 

(ああ)

 

 君は、きっと知らないんだろう。


 怖がられていた魔法を、綺麗と言って貰えた男が、どうなってしまうかなんて。

 君は俺に恋したと言ったけど、俺の方が何倍も君のことが好きだったなんて。


 魔法バカで研究以外に何もできない男を好きになるなんて、本当に君はどうかしている。



「世界一大好きなのは、きっと俺の方だ」





最後まで、お読みいただき本当にありがとうございました!


よろしければ、下のお星さま★★★★★で応援いただけるととてもうれしいです❤︎ ̖́-

執筆のモチベーションとなります!


こちらの短編もよろしくお願いします!


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