婚約破棄されたので、心の中で実況してみた結果(※魔術師様に全て聞かれていた)
「レティシア。お前とは、もうやっていけない」
ごきげんよう。
たった今、婚約破棄された令嬢です。
え、こういう時、どういう表情をして相手を見ればいいんだろう。なんか悲しそうな顔とかした方が良いんだろうか。
だって、私は婚約者のことなんて全然好きじゃなかったし、むしろ婚約破棄されて清々したまである。
とはいえ、大勢の貴族が集まる夜会の場で婚約破棄をいきなり突きつけられては、さすがの私も動揺するというもの。
色々考えた挙句――私は、冷静さを保つために、頭の中で実況をすることにした。
(さあ、きました! 「もうやっていけない」! 婚約破棄の王道中の王道! 全てをこちらに落ち度があるかのような言い回しが光ります!)
顔には笑顔を貼り付けたまま、内心だけで盛大に大声をあげた。
これは私の悪癖のようなもので、緊張すると頭の中で状況整理を兼ねてその場を実況してしまうのだ。
……いや、どういう癖?
だけど、面白おかしく心の中で叫んでいれば、変な心臓の動悸も少しは落ち着くものらしい。
改めてよく見てみれば、目の前の婚約者ヴィルフリート・フォン・クロスターの隣には、見慣れない令嬢が寄り添っていた。
薄桃色のドレスを纏った、柔らかそうな巻き毛の令嬢で、ちらりとこちらを見て、すぐに目を伏せた。
(隣にいるのはどなたでしょうか。実況席からは表情がよく見えますが、口元がわずかに緩んでいますね。勝ち誇ったような表情だ! まさに悪女!)
「俺はイザベルを愛している。お前ではなく、彼女と生きていきたい。それだけだ」
(きました! 「愛している」の直球勝負! シンプルゆえに重い! 一切言い訳なし、潔さは評価できます。なぜよりによって夜会でやるのかという点についてはノーコメントとせざるを得ませんが!)
私は吹き出しそうな口を引き延ばして、にっこりとした笑みを浮かべているだけだ。心の中がうるさいなんて誰も思うまい。
「……お前は、怒らないのか」
ヴィルフリートが眉をひそめる。
どうやら私が泣き崩れるか怒鳴りつけるか、そういう反応を期待していたらしい。
全く、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
残念ながら私はここ一年ほど、彼がこちらを向いていないことに気づいていた。
別の令嬢に目移りしては浮気していたし、私も彼に期待をしていなかったというだけの話だ。だから今更、何も感じない。
「どうして怒るのですか」
「婚約を破棄されるんだぞ」
「ええ、残念ですが、それが貴方の答えなら受け入れるまでです」
(おっと! レティシア選手、完全な笑顔で応戦! 相手にとってはかなりやりにくい展開! 怒りをぶつけてくれた方がずっと楽だったはずです!)
ヴィルフリートの表情に、微妙な罪悪感のようなものが滲んだ。
(あ、ここで罪悪感が出ましたね。良心の呵責に悩まされている!)
彼は奥歯を噛み締めるようにしながら、言葉を絞り出した。
「……レティシア、お前が悪いわけじゃない」
(さあここで「お前が悪いわけじゃない」が登場! 罪悪感を紛らわすための言い訳! ただこれ、言われた側には全然フォローになっていないですからね。悪くないなら婚約破棄するなという話ですからね!)
「ありがとうございます。では、これで終わりということでよろしいですね」
「……あ、ああ」
「わかりました。お幸せに」
私は、にこりと笑って一礼する。
ヴィルフリートは何か言いたそうに口を開きかけたが、結局何も言わなかった。彼の隣に寄り添っていたイザベル嬢はこちらをちらりと見て、すぐに目を逸らした。
私は、カツカツとヒールを鳴らしてその場を去っていく。
(さて、以上で本日のメインイベント、婚約破棄の儀は終了です。所要時間およそ三分。じつにコンパクトにまとまりました。選手はそのまま退場という流れになります――)
――さて、どこへ行こうか。
百名を超える招待客でにぎわうこの夜会で、できるだけ人目のない場所へ退避したい。
シャンデリアの光が宝石やドレスを照らして輝きを放つこの大広間は、今の私には少し眩しすぎる。
(こういう時は静かな場所に落ち着くのが定石でしょう。選手は、バルコニーあたりに──)
「……随分と楽しそうだな」
低い声が、すぐ後ろから聞こえた。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬ男だった。
いや、「見知らぬ」というのは語弊がある。顔自体は知っている。
アルヴェリオ・ウォーレン。
王立魔術院の上席魔術師で、齢二十五にして院内最高位の魔術師、という話は社交界でもたびたび耳にしていた。
ただ夜会にはめったに顔を出さないと聞いていたし、私が直接言葉を交わしたことは一度もない。
なのに、私が知っているのは彼があまりにも有名人だからだ。
まず、背が高い。
私の頭のてっぺんがようやく肩に届くかどうかという高さで、肩幅も広い。深い紺色の髪と、夜の湖みたいな色をした青色の目。
黄色い声を上げたくなるというより、感嘆の溜息を漏らしたくなるような人だ。
夜会服を着ているのに、どこか全体的に「場所が合っていない」雰囲気がある。
「アルヴェリオ・ウォーレンだ」
分かってはいたものの、本人から名乗られると変な緊張が走る。
国王陛下とはまた違った圧を感じながら、私はとりあえず会釈した。
「レティシア・フォン・エーデルシュタインです。失礼ながら、先ほどのお言葉はどういう意味でしょうか」
アルヴェリオ様は先ほど私のこと「楽しそう」と言った。一体、婚約を破棄された私のどこが楽しそうに見えたのか。
するとアルヴェリオ様は、口の端を微かに持ち上げた。
「実況、というのか? あれ」
私の思考が、完全に止まった。
「……え?」
「婚約破棄の儀が始まりました、とか。王道の一手、とか。罪悪感が出ました、とか」
一語一語、私の心の中で流れていた実況を、正確に繰り返してくる。
血の気が引いた、というのはこういうことを言うのだと思う。
顔から熱が引いて、指先が冷たくなって。
「……ど、ど、ど、ど、どうして!」
「心読魔術、というものがある」
「……」
あまりにも平然と言ってのけるので、私は顔をひきつらせたまま言葉に詰まってしまった。
「人の思考の波を読み取る技術だ。制御が難しいので使い手は少ないが、俺はまあ、そこそこ得意でな」
「そこそこ」
「つまり、全部聞こえた」
全部。
(さあここで衝撃の事実発覚です。なんと先ほどからの全実況が魔術師様に筒抜けだったことが判明いたしました。これは想定外の展開。どうする、レティシア選手!)
「……今のも聞こえている感じでしょうか」
「聞こえている」
終わった。
令嬢人生終了の鐘が頭の中で鳴り響く。
同格の伯爵家とはいえ、今後も家としては付き合いのある元婚約者を散々に貶して、面白おかしく心の中で実況していたなんてバレたら、婚約破棄どころの騒ぎではない。
「いやいや、面白かった」
私の内心の焦りを読んでいるのか、いないのか。
アルヴェリオ様は機嫌が良さそうに、その顔に似合わずにくすくすと笑い声を上げる。見た目からは想像つかない、可愛らしい笑顔だった。
「お前は、あのままぐずぐず泣くか怒鳴り散らすかするものだと思っていたが、まさか実況を始めるとは思わなかった」
「……それは失礼しました」
「褒めているんだ。いや、本当に面白かった。夜会も悪くないな」
重ねて「面白い」などと言われると、もはや、なんと返せばいいか分からなくなる。
私は貴族の令嬢であって、決して大道芸人ではない。
私はとりあえず、大きく息を吸った。
ともかく、アルヴェリオ様に私の失態――もとい実況を秘密にしてもらわないといけない。
「当然だが、このことを誰かに言うつもりはないから安心しろ」
「ほっ、本当ですか!」
「こんな面白い話、独り占めしないと勿体ないだろう」
(ああ、アルヴェリオ様は神なのでしょうか。レティシア選手、まさかの現役引退かと思われましたが、なんと首の皮一枚繋がりました!)
そこまで実況してしまったところで、ハッと我に返る。
私の目の前には笑いを堪えて、さらに綺麗な顔が崩れかけているアルヴェリオ様がいて。
「……ぷっ」
「笑わないでください! 心を読まないでください!」
「すまないすまない」
アルヴェリオ様は、相変わらずくすくすと笑い続ける。
それから少しして、彼は近くを通りかかった給仕からワイングラスを二つ取ると、片方をこちらへ差し出した。
「とりあえず、仕切り直すか」
有無を言わさない渡し方だったから、私はおずおずと受け取った。
「ありがとうございます」
「じゃ、乾杯」
アルヴェリオ様が小さくグラスを掲げた。私も倣う。
ひと口飲むと、甘みの薄い辛口の白ワインが喉を通った。からだがじわりとほぐれていくような、そういう感覚が抜けていく。
「今後は、心の中でも余計なことを言わないよう心がけます」
「俺の近くでは、そうなるな」
「そうですか。では離れます」
踵を返そうとした瞬間、手首をつかまれた。
振り返ると、アルヴェリオ様の長い指が私の手首に添えられていて、どきりと心臓が跳ねた。
「逃げなくていい」
「逃げているわけでは」
「顔が赤い」
「……それは、お酒のせいです」
私は誤魔化すようにそう言った。
アルヴェリオ様は手を離すと、バルコニーの手すりに肩を預けた。風が夜に溶けそうな紺の髪を揺らす。
「今は、別にお前の声は聞こえない」
「そうなんですか?」
思わず聞き返すと、彼は頷いた。
「思考の波というのは、強い感情と一緒に来る。婚約破棄された時のお前の実況は、よほど心に勢いがあったんだろう」
「……それはつまり、私が感情的だったということでしょうか」
「むしろ逆だろう。感情を押し込めていたから心の中の声に感情が乗った。違うか?」
私は少しだけ黙ってしまった。
アルヴェリオ・ウォーレンという人間は、飄々としていて何を考えているのか分からないくせに、核心を突いてくるらしい。
ため息をついてから、手すりに並んで立つ。夜の庭園は暗くて、遠くに噴水の音だけが聞こえる。
「……正直に言うと、少しだけ怖かったんです。あんな大勢いる場で、婚約破棄されるなんて」
婚約者に対して、感情なんて無かったし、怒りか湧いてこなかったのは本当だ。
それでも、先程の婚約破棄シーンを思い返すだけで嫌な冷や汗は出てくるし、心は落ち着かなくて泣いてしまいそうだった。
「それで実況か」
「笑いたければ笑えばいいです」
「笑っていない」
声は淡々としていた。
でも、横目で見ると、アルヴェリオ様は感心したような顔でこちらを覗き込んでいて。
「お前、強いな」
「……そんなことはないです」
「ある。俺には分かる。他人を見る目は自信があるからな」
私は視線を落とした。
そういう風に言われたことが、今までの人生で一度もなかったのだ。
「……子どもの頃から、人前で取り乱すと良いことがなかったので」
「そうか」
「ただ、それだけで。私は全然強くなんてなくて」
「そうか」
子どもの頃から、厳しい教育を受けてきた。
自分を助けられるのも、慰められるのも、奮い立たせるのも自分しか居ないと思って生きてきた。
……そんな、自分しか知らない心の内を思わずペラペラと話してしまった。
アルヴェリオ様は気の利いた言葉を言ってくれるわけではない。
慰めてくれるわけでも、励ましてくれるわけでもない。
ただそこに立って、淡々と相槌を打って、ワインを流し込んでいるだけだ。
なのにどうして、こんなにも心の緊張が緩んでいくのだろう。
(これはいったい、どういう状況なのでしょうか。実況泣かせの展開です)
お酒も相まって、今まで堪えてきたものが、いっきに溢れだしそうになってしまう。
「で、これからどうするんだ」
唐突な問いに、私は涙を飲みこみながら、少し考える。
「婚約が破棄されたので、次のお相手を探すか、このまま家に籠もるか、という話になるかと思います」
「へぇ」
アルヴェリオ様がこちらを向く。夜の光の中で、サファイアの瞳がまっすぐに私を見ていた。
「それは勿体ないな」
「……っ」
彼の長い指が私の顎をすっとなぞった。
形のいい唇がゆっくりと動いた。
「……じゃあ、俺と結婚してみる?」
「は、い?」
「だから、結婚、してみる?」
繰り返さなくていい。
「ちょうど、嫁が欲しかったんだ」
「えーっと?」
「この国は結婚していないとできないことが多すぎる」
「まあ、それはそうですが」
なんか、この魔術師様は思いつきで生きているのではないだろうか。
人生は決して賭け事ではない。
「なぜ、私なんですか」
「お前が面白かったから」
あまりにも即答。
(面白かったから! これが世に言う「おもしれー女」というやつでしょうか。これは実況のしようがないといいますか、なんというか――)
突っ込みたいし、実況で笑い飛ばしたかった。
それなのに、彼の視線は私を捉えて離さないのだ。
(ああ、なんだ、これは。勘違いしてしまう)
本当にズルい人だ。
こんなふうに見られたら、誰だって自分が特別だと錯覚してしまうと思う。
ただ、世界で私一人に向けられているみたいな熱が、真っ直ぐに射抜いた。
だんだんと顔が熱くなってきて、私は頬を押さえる。
「……なんてな」
「かっ、からかったんですか!」
(まさかの嘘! ちょつとだけトキメいてしまった私が馬鹿みたいです!)
乙女の純情な心を弄ぶなんて、なんてことをするのか、この人は。
カッとなって言い返そうとしたら、アルヴェリオ様はもう一度あの可愛らしい笑みを浮かべた。
「まあ……別に嘘って訳でもないんだが」
グラスを一口あおってから、彼は続けた。
「また実況を聞かせてくれよ、レティシア。返事はゆっくりでいい」
それだけ言って、彼は夜会の人波の中に戻っていった。
夜風が吹いて、私のドレスの裾を揺らす。
背中が遠ざかっていくのを、ぼんやりと見送ってから、はっと気がついた。
(また実況を聞かせてくれ? 返事はゆっくりでいい? つまり先ほどの求婚は嘘ではなかったということ――)
再び顔が熱くなってきたので、実況はここで打ち切りにした。
最後まで、お読みいただき本当にありがとうございました!
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明日も短編投稿しますので、よろしければ作者の名前リンクから「♡お気に入り」をしてお待ちください!




