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7

 二人は湖の南端、ざあざあと流れ込む沢にいた。

「黒鷹の南の翼、か……」

 敦がつぶやく。

 黒鷹湖の北半分、南半分を、町の人たちは翼と言い習わしている。山道から西口に至ると、まるで鷹が両翼を広げて羽ばたいているように見えるからだ。言い得て妙、そんな表情だった。


 敦さんの準備が整った。ちゃんと、普通サイズの仕掛けも用意してあった。ススムはその点、安堵した。ハンディなしでやりたかったからだ。

 敦さんは沢を越えて進み、西岸をエリアとした。東岸が僕。


 敦が腕を振った。午後一時半。ゲームが始まる。

 先にヒットしたのはやはりと言うか、ススムだった。ススムは、最初の一匹を焦ってバラすまいと、確実に引き寄せた。全力を挙げていた。冗談でも負けてしまったら、黒鷹湖が観光地になってしまうのだ。

 敦兄さんの方はと、向こうを見やると、ちょうど当たりが来たところだった。興味深く見守るなか、敦さんはその剛竿(ごうかん)に物を言わせて一気に抜き上げてしまった。得物はどう見ても、尺を越えている。

 暑い日差しの中、ススムは鳥肌が立った。今ので分かってしまった。敦さんは、そうとうな腕っこきだ。釣りが初めてだなんてとんでもない勘違い――

 敦は西岸を北に移動し、もう隠そうともしない、全力のキャスティングを見せた。その大道具を豪快に振り回し、目が覚めるほど遠くに着水させたのだ。ススムは武者震いした。そして笑顔になる。つまり、敵に不足なし。そういうことだ。

 二匹目、三匹目は敦が先行した。焦らない。ススムは北へとポイントを移す。黒鷹のデータが、ラインを伝わり、風に伝わり、匂いに伝わり、ススムにどんどん入ってくる。地元の強みだ。ロッドが軽い。的確に、自在に操れる。体調も絶好調だ。負ける気はしない。


 三時ころに敦と並んだことは確かだった。そして少年の最高の技量が発揮されたのがこのときだった。三十分後には、逆に敦に十匹の差をつけていた。

 四時過ぎ。ぴたりと当たりが止まる。敦が盛り返してきた。二人とも汗まみれだった。場所は北の翼に移っている。


 四時四十分。ゲームは五時までだ。あとわずか二十分と言うときになって、ススムは根掛かりしてしまった。ゆっくりとリーリングしてみると、重い。ロッドが(まる)くたわんでそれ以上動かせなくなる。

 どうする! 切るか?

 そのとき、敦さんがとうとう一匹を釣り上げてしまった。慌てた。自分の計算ではこれで並ばれたことになるのだ。なんと十匹の差を、追いつかれたのだ。これは狼狽(うろた)える。

 ススムは無理を承知で力任せにリーリングした。だめだ外れない。顔が青くなる。ハリスを切るしかない。素早くラインを手に絡めると、くるりと背を見せて肩越しに引っ張った。ぐん、という感触のあと、するっと抵抗がなくなる。巻き上げてみると、ラッキー、外れてくれたらしい、針は無事だ。

 が、急いで餌をつけようとしたとき。遠くから叫び声が届いた。

「……おおおい、五時だぞううう……」

 ススムはどかりと、地面に座り込んでしまったのだった。

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