レイナの決意
レイナが初めて魔物を倒したその日から、格闘訓練と魔物との戦闘を繰り返し、数日が経過していた。
初めこそ、魔物に怯えていたレイナだが、2回目からは落ち着いて討伐できるようになっていた。
そして気付けばレイナはすでにAランクの魔物であれば、危なげなく倒せるほどの力を身に着けていた。
「ほっ!」
レイナが魔物の裏に素早く回り込み、異能の腕で吹き飛ばす。
これで今日は4匹目の討伐だ。
その実力はすでに隊長クラスに匹敵しつつある。
「ずいぶん様になってきたね。もう立派なアイギスの隊員だ。」
「ふふっ。やった!兄さんの教え方がうまいからだね。」
「いや、これは紛れもなくレイナの実力さ。」
実際レイナは初めて出会った時からその強さの片鱗はあった。
それが、僕との訓練をきっかけに開花したにすぎない。
「強くなった実感はあるけど、それでも兄さんにはまったく勝てる気がしないよ。」
「僕は隊長だからね。簡単に負けるつもりはないよ。」
僕はそうおどけるが、実際僕は誰にも負けない自信がある。
僕が本気で戦えるのは、リオンとアオイさんくらいだしね。それでも多少力を抑えてではあるが。
「さすが兄さん。でもいつか一撃をいれてやるんだから。」
「はは。楽しみにしてるよ。」
そんな雑談をしつつ、しばらく討伐を繰り返してくると、時間はちょうどお昼になっていた。
「さて、早いけど今日はもう街へ戻ろうか。」
「うん! 今日のお昼は、なに食べようかな~。」
「魔物を討伐したばかりなのに、もう食べ物の話か。
レイナもずいぶん図太くなったね。」
「もう! 兄さんひどい!」
「ははは。ごめんごめん。」
僕たちはそんな他愛もない話をしながら、街へと戻った。
そして、街へ着いた僕たちに、衝撃な知らせが舞い降りるのだった。
◇
街がざわざわと騒がしくなっている。
一体なにが起きたんだろう。
レイナもざわめく街を見て不安になっているようだ。
僕は、慌ただしい様子で会話している男の人たちに話を聞いてみる。
「一体なにがあったんですか?」
「ああ、どうやらコルト村に魔物の大群が押し寄せてるらしい!
村が滅ぼされたら、きっと魔物は王都までやってくる。だから兄ちゃんも早くどこかに避難したほうがいいぞ!」
「っ!!」
レイナはその言葉に絶句した。
コルト村は、レイナが生まれ育った村だ。
-- あの村に、また、魔物が。また、すべてを奪いにやってきたんだ。
レイナは心の奥底に沈んでいた憎しみの感情が沸き上がり、怒りの表情を浮かべた。
魔物は倒さなければならない。
だけどあの村のみんなは私を虐げた。そんな村人を果たして助ける必要があるのか。
レイナは自分の生まれ育った村を守るか否か、苦しい表情で葛藤をしている。
葛藤するレイナを横目に僕は冷静に魔物の暴走について考えていた。
そろそろかと思っていたけど、ついに、魔物の暴走が始まったか。
Sランク以上の魔物がいるんだ。いつかはこうなると思っていた。
そして、僕はこの暴走を望んでさえいたんだ。この暴走はレイナの心を救うために必要な機会だ。
もちろん人的被害がでないように、街や付近の村に近づく魔物は毎日駆除することで配慮していたつもりだけどね。
僕の考えたシナリオでは、ここでレイナには村を守る決断をしてもう必要がある。
もしもレイナが村を守る決断をできないというなら、残念だけど、レイナはアイギスから除隊し、暴走した魔物は僕一人で片づけるつもりでいる。
だけどレイナ。僕は、君なら自分を虐げた村の人々を救う決断を出来ると信じている。
そしてその決意こそが、アイギスにとって一番必要なものなんだ。
レイナは僕に助けを求めるようにこちらを見てくるが、僕は何も言わない。
厳しいかもしれないけど、これはレイナが自分で決断するべきなんだ。
「...私は...。私は今でも村のみんなが憎い。
能力が発現しただけで、今までの優しさが嘘のように手のひらを返して、私を虐げた村のみんなが。」
だけど。とレイナは続ける。
「それでも私はあの村があったから、ここまで生きてこられた。私が兄さんと出会えたのは、あの村のみんなが、お母さん、お父さんが、私をここまで育ててくれたおかげ。
そして私は、兄さんのおかげで強くなれた。だから、だから私は、村を守るよ。」
レイナはついに決意をし、まっすぐな目で僕を見てきた。
偉いねレイナ。自分を虐げた人間を許すのは、とても難しい事だっただろう。
許してはいないのかもしれないけど、それでも守る決断ができたんだ。
君はしっかりと選べた。そしてそれは人々の守護者たるアイギスの隊員に相応しい決意だ。
「それが君の決断か。本当に強くなったね、レイナ。」
さあ
「それじゃあ、村を守りに行こうか。」
◇
僕とレイナは木々を飛びわたりながら、急いでコルト村へと向かった。
1時間ほど走ると、村の入り口が見えてくる。
どうやら魔物より早く到着できたようだね。
村からは、慌ただしい人の声が聞こえてくる。
皆、どこに逃げればいいのかわからずに、あたふたしているように見える。
本当なら、村のみんなに、助けに来たことを伝えるべきだけど、レイナの気持ちを優先しよう。
レイナは無言で村の入り口を見つめている。
その表情は少し悲しいようにも見えた。
「村に入る?」
「ううん。いい。まだ村のみんなに会っても、話すことはないから。」
「そっか。それじゃあ、魔物の討伐を行うけど、準備はいいかな?」
「うん。そっちの準備はOKだよ。」
僕たちは魔物と対峙すべく、村とは反対方向の森の方を見据える。
そうして進みだそうとしたその時、後ろから村人と思われるしゃがれた男の声が聞こえてきた。
「おまえ! レイナか! 何しに来たんだ。もしかして、またお前が魔物を連れてきたのか!」
その男は後ろ姿からレイナだと気づくと、唾をまきちらしながら、喚いてきた。
いくら、魔物が迫ってきていて、余裕がないといっても、言っていい事と悪い事があるよね。
僕の可愛い弟子を傷つけるなんて、いい覚悟をしている。
僕が喚くおじさんを半殺しにしようかと、なかば本気で考えていたが、レイナは冷静に村人を見つめていた。
「おじさん。私は、今もあのときも魔物を連れてきたりなんかしてないよ。」
「じゃあ何しにきたってんだ! 魔物に襲われる俺たちを笑いにきたのか!」
「そんなことしないよ。私はね、強くなったの。だから私は自分のことを守れるようになった。」
だから
「ついでに、この村を守ってあげにきたんだよ。」
その言葉におじさんはポカンとした表情を浮かべた。
そして、もう言葉はいらないとばかりに、レイナは村人から目線をはずし、再び森の方向へと体を反転させた。
レイナはもう、人を怯えるか弱い少女ではない。立派な戦士になったんだ。
「さあ、兄さん。このどうしようもない村を守ってあげようか。」
もうレイナは村を振り返ることはない。
読んでいただきありがとうございます。
そろそろ第一章も終わります。