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88 ▲トムの追憶3

豊穣祭の日が来た。


トムは村の真ん中で焚き付けられた大きな火を遠くから眺めていた。


今、彼のとなりに『彼女』はいない。今は町の方に向かってしまったから。『彼女』が気にかけている子がどうも近くまで帰ってきているらしい。ただ、何かと忙しいらしく、町についたらすぐ離れるようで、村まで来れないとのこと。『彼女』はそれならこっちからいくと言って行ってしまった。


村の男達は大層残念がっている。


だからと言ってトムからしてみればどうってことはない。彼は燃える炎を眺めながら別のことに頭を悩ませていた。


「おーい、トム。村長が呼んでるぞ」


村長の孫、アルメオに呼ばれて思い腰をあげる。そして彼と一緒に村の寄合所へと歩いた。


寄合所の中では村中の酒飲み達が集まり、既に出来上がっているものばかりだった。潰れて寝込んでいる者まで幾人もいる。酒は強いが得意ではないトムは酒臭い寄合所の中を鼻を押さえながら歩き、村長の下へと向かった。


「何の用だ?」


「なあに、ユゥを家出っ子に取られて寂しがってるじゃろうお前さんと、スッキリしっぽり飲みたいと思っただけじゃよ」


「…………別に俺とユゥはそんなんじゃないんだが?」


「そーやって、すぐ隠す。お前さんがぞっこんなのは誰もが分かってるんじゃぞ!」


「そんなの酔っ払いの頭の中での話だろ?しつこいしウザいぞ?」


早速酔っ払いの相手をしなくてはならず、顔をしかめながら応対する。これだから酔っ払いは苦手だし、その酔っ払いを量産する酒はもっと苦手なのだ。


「あそこの家は別嬪(べっぴん)さん揃いじゃからのお!誰もが喉が出るほど欲しいわい!」


「いい加減、口を閉じとけ、酔っ払い。そのうちユゥに殺されるぞ?」


「あんなかわいい子に逝かされるなら本望じゃ!」


酔っ払い村長の妄言にトムは頭を抱えるしかなかった。こんなときに『彼女』がいればと思ってしまう。


「お!噂をすれば来たぞ!別嬪さん!」


村長が勝手に盛り上がる。寄合所の入り口を見れば、一人の女性が立っていた。彼女が入ってくるなり、寄合所の中は盛り上がり、酔っ払った男どもが彼女の下へと集まる。ハグをハグをと言って、彼女に抱きつこうとしていた。対する彼女は特に嫌がるような素振りを見せず、快くハグを受け入れた。彼女が人気な理由がよくわかる。


暫く酔っ払いどもの相手をしてから、女性はこちらに寄ってきた。


「こんばんは、村長、トム」


ふと呼ばれなかったアルメオを見ようとしたら、いつの間にか消えていた。思わず辺りを見渡すが彼の姿が見えない。どこへ行ったのだろうか?


「こんばんはじゃ!どうじゃ!略して今晩どうじゃ!」


「おい、やめろ。それ以上はやめろ。ユゥだけじゃなく奥さんにも殺されるぞ」


早速下世話な話を吹っ掛ける村長に戒めの言葉をかける。ただ、酔っ払いに戒めの言葉は効果が薄い。


女性はクスクスと笑ってから「ニーナが良いって言ったら構いませんよ」と言う。ニーナは村長の奥さんの名前だ。


「あまり煽ら…………」


「なんじゃ!ニーナから許しを貰えば良いんじゃな!なら聞いてくる!」


トムが話終える前に村長が口を挟み、そのまま寄合所から出ていってしまった。


「ふふ。勢いよく行っちゃいましたね。果たしてニーナから許しが来るかしら?」


「…………多分()されないだろうな」


トムが溜息を吐く傍ら、女性はクスクスと笑うだけだった。


「なあ。そういうからかい、やめないか?あいつ、いつも心配してるんだぞ?そのうち村長と何かあるんじゃないかって」


「別に私は何かあっても気にしませんよ?まああの子が嫌がるならやめますけどね」


物思いに(ふけ)るように呟く。


「女手一人で育てることも出来ず、私が自立する前に立派な大人になっちゃいました。母親らしいこと出来てませんね…………」


『彼女』の母親は『彼女』の前では絶対に見せない寂しげな表情を浮かべて、ボソリと呟く。その言葉を拾い、その言葉の意味を理解したからこそ、トムは本来であれば言うべきかどうか悩むであろう言葉をなんの抵抗もなく言うことができた。


「あいつにとってあんたは立派な母親だよ。いつだって傍に居てくれてることの意味を忘れてやるな」


「……………………ありがとう」


『彼女』の母親はそういってから、辛気(しんき)臭くなった空気を掻き消すように、村長が飲み残したお酒を引ったくりそのまま一気に飲み干した。それからそのジョッキを持って酒樽へと向かい、一杯二杯と一気飲みしてしまう。


「あまり勢いよく飲むのは……」


「大丈夫れす!」


呂律(ろれつ)が大丈夫ではなかった。顔を真っ赤にさせ、目は若干トロンとしているように見える。けれども、酔いでつぶれそうと言うよりも、これから楽しもうと言う空気を(かも)し出していた。


「今日は豊穣祭!楽しく食べて!楽しく飲む日です!さあ!トム!一緒に外へ出ましょう!あの子の代わりに一緒に踊ってあげますよ!」


彼女に手をとられ、無理矢理外へと連れ出されてしまう。大きな焚き火の回りで踊る男女達の輪に入り、トムと彼女も一緒に踊った。


今年の豊穣祭に『彼女』は居なかったけれども、それでも楽しい一日を送ることが出来そうだ。

今話から週一月曜日掲載です!落ち着いたら週二に増やします!

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