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82 司書長のライナさん1

ゲイルがモルゼオたちとてんやわんやしている頃。


ミリーは一人図書館の閉架書庫で本を探していた。


(…………やっぱりアリス様についての本はありふれたものしかないなぁ)


ランタンに入れられた蝋燭(ろうそく)の明かりで本の背表紙を灯しながら、勇者アリスに関する本を探していく。それっぽいものを見かけては手に取って中身をぱらぱらとめくり、これは違うと元に戻す。別の本を見かけてはそれをまたぺらぺらとめくり、これも違うと元に戻す。


昨日から同じ作業を続けて、延べ100冊近くは目を通したかもしれない。閉架にしかなく、公になっていないような本があるかもしれないと信じて回ってみてはいるが、それっぽいものは全く見当たらず、どれも開架書庫にあるありふれた内容の本しか見当たらなかった。


暫くすると階段の方からお昼を告げる学園の鐘がゴォーンと小さく響いてミリーの耳元に訪れる。


(もうお昼になっちゃった……。一旦切り上げよう)


ミリーは本棚のランタンかけから持ち込んだランタンを手に取り、閉架書庫から離れた。


書庫から出たところで受付には司書長のライナが待っていて、ミリーの姿を認めるや否やすぐさま寄って声をかける。


「ちょうどよかったわ。せっかくなので一緒にご飯でも食べていかないかしら?」


「えっと。私は別に構いませんが……」


突然の昼食の誘いに戸惑うも、断る理由もないのでコクリと頷いた。


「それはよかった。そういえば教員食堂とか行ったことある?行ったことがないなら行ってみないかしら?」


「そうですね……。行く機会はそうないと思いますのでお許し願えるのであれば」


それを聞いてライナは「行きましょう!」とニッコリと微笑みながらミリーについてくるようにと先を歩いた。


その様子を見て肩を落とす生徒諸氏。男女問わず、ミリーが閉架から出てきたときに食事に誘おうと待ち構えていたのだが、まさか司書長に声をかけられるとは思わず、また司書長に横取りを指摘するわけにもいかず、せっかくのチャンスをものに出来なかったことを嘆いているのであった。




ライナとミリーが研究棟の教員食堂にたどり着くと、中にはすでに多くの教員であふれかえっていた。


女子生徒たちと談笑しているレベッカ。男子生徒から手渡されたレポートに目を通しながら何やら考え込んでいるバルト。一人黙々と食事をとっているルーカス。他の同僚教員と一緒のテーブルに座っているがなぜか持ち込んだ弁当を開いて食べるギルバート。そして、食事の手を止めて鬼の形相になっているクランと彼女に土下座をしている学園長など。見知った教員も見知らぬ教員もたくさんいる。


それでも全ての席が埋まっているわけではなく、ちょうど二人分の席が空いていたのでそこに座った。


「これがここでのメニューだけど何か欲しいのある?」とライナに言われ、メニューを受け取って目を通す。目を通しているうちに違和感を覚え、思わず眉間に(しわ)を寄せてしまった。違和感の正体が何であるのか頭をひねらせながら考えているうちに、その正体に気づき、恐る恐るライナに尋ねる。


「あ、あの……。料理の名前とは別に値段が書いてあるように見えるんですけど……」


「ん?そうよ。教員食堂は学生食堂と違って有料なの」


それを聞いてミリーは「そ、その……。持ち合わせが……」と呟く。


ミリー自身、ゲイルの両親であるロイドとアシュリーから仕送りをもらっており、奴隷と言えども彼女の実質的な財産は全くないわけではない。それでも、奴隷の身分であるので、財産権など持っているわけがなく、仕送りをいただいていることを無遠慮に口外する訳にもいかないので、いただいたお金を自分の贅沢に使うことには物凄い抵抗があり、使いたがらない。さらに学園内では財布を開くような機会が全くないため、今は財布すら持っていない。


それを察したライナは「大丈夫。私の(おご)りだから」と安心させるように言う。


「そ、それは申し訳ないです。奴隷の私に食事をごちそうするだなんて……」


何といえばわからず、伏し目がちになりながらぼそぼそという。


「奴隷の自分には人からご飯を奢ってもらう資格はないって思ってるの?」


「……」


声には出せず、コクリと肯定の合図を送った。ライナからは「まじめねー」と言葉が笑い声と共に返ってくる。


「ここで身分はあまり気にしない方が気が楽よ?もちろん平等だと思って振舞うとかえって別の火種になることもあるけれど、せめて先生と生徒の間でくらいそのことは忘れちゃいなさいよ?先生と生徒が食事をするときは先生が生徒の分を持つものなの。…………まあ過去には持ち合わせがなくて奴隷の生徒からお金を借りた学園長という例外もあるけどね」


苦笑いを浮かべるライナにつられ、思わず笑みをこぼしてしまう。


学園長、おまえも案外情けないな。いや、事務職員のクランにいまだに土下座を続けているあたり意外でもないか……。むしろ何をしたらそうなる?


「少なくとも私に対してはあなたは気を負う必要はないわよ?絶対に」


「えっと……。どういうことでしょうか?」


するとライナはニッコリと笑みを浮かべながら「私も奴隷だったから」と答えた。あまりにも予想外の返答に驚きのあまり思わずメニューを落としてしまう。


「うふふ。驚いた?」


「え……。それはもちろん…………。まさか司書長になられる方が……」


「うふふ。奴隷がなれる役職だとは思わなかったって?その辺はレーニアリスのいいところね。私も縁があってここに通わせてもらってね。中々通える場所でもないし、身分を返上できるチャンスだと思って頑張って勉強したの。それで何とか無事に卒業出来て……。でも、元奴隷が身分を返上できたからと言って、働ける場所があるかって言ったら、中々なくてね。路頭に迷いそうになったところでせっかくだから図書館で司書をやってみないかって学園長に誘われたの」


その言葉に思わず学園長の方を見てしまった。土下座をやめ、立ち上がるも手を合わせながら謝罪を繰り返している。クランはというとため息を吐き、呆れながらも「もう座ったら」と指をさすと学園長は満面の笑みを浮かべてクランの向かいに座った。


「あの人がですか……?」


「そ。あの人が。クランさんの前だと頭が全く上がらないあの人が」


くすくすとライナが笑う。


「学園長には私が生徒のころからよく面倒を見てくれてね?大して前世が立派でもないのに卒業後も独り立ちできるようにっていろいろ手を回してくれたの。ああ見えて根は結構優しい人よ?まぁ……。たまにあるセクハラにはちょっと勘弁願いたいなって思ってたけど」


明後日の方を向きながら苦笑いに答える。


「時々ご飯も出してくれました。土曜日には毎週のようにここに連れてってもらったわ。まぁ、時々財布を忘れて私が出す羽目になってた時もあったけど……。そういえばその時の分、全く返してもらってないなぁ」


思わずミリーは苦笑してしまう。その様を見て「ここでだったら気にするだけ無駄だと思わない?」ライナがニッコリと微笑んだ。


「無駄だとは思いませんが……。ライナさんの前でなら気が楽になれるかもしれません」


「それはよかった!自分の後輩にご飯おごる機会も今までなかったから、せっかくだから好きなのを頼んでみて」


ミリーはコクリと頷き、メニューに目を通す。ライナが同じ奴隷出身だと聞いて、奢られることに抵抗がなくなった。正直(いや)しいなとは思いながらも、初めて出会えた元同胞に喜びを感じられないわけではなかった。今まで知っている身近な奴隷と言えば、偶然見かけたものを除けば父と母だけだったから。


メニューを決め終えた辺りで、ウェイターが寄ってくる。


「本日もご来店ありがとうございます。フロイゼン司書長。本日のご注文はお決まりでしょうか?」


学生食堂と異なり、ウェイターが注文の確認をとるようだった。学園内で働いているからなのか、ミリーの首輪には一切目もくれない。まるでそれには興味がないかのように。


「ええ。私はいつも通りパスタで。味付けはお任せするわ」


「えぇっと……。私も注文してもいいでしょうか?」


「はい。(うけたまわ)ります」


ウェイターは奴隷相手であるにもかかわらず、笑みを崩さず軽く会釈を向ける。その様子に慣れない思いを抱きながらも「す、ステーキを食べてみたいです」と口を開いた。


意外な注文に、ウェイターの表情は変わらなかったが、ライナは驚き思わず小さく笑ってしまう。それを見て恥ずかしさのあまりミリーはメニューで顔を隠してしまった。


「その様子ですと、ステーキは初めてのご注文のようですね。では焼き加減などあまり存じてないでしょう?」


「焼き加減って……?」


「ご安心ください。料理長には初めての料理であることを伝えて参ります。料理長の判断にお任せいただければお口に合ったものを用意できます。万が一お口に合わなければ申し付けてください。改めて焼きなおさせていただきますので」


そう言ってミリーの手に握られていたメニューを受け取るとウェイターはそのまま厨房の方へと戻ってしまった。ミリーは今起きていることに頭が付いていかず目が点になったままだ。まるで自分が貴族のように扱われているみたいで戸惑ってしまっている。


「うふふ。ミリーさんかわいい」


その言葉に赤くなった顔を下に向けてしまった。

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