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78 空中に魔法陣浮かばせる描写ってよくあるけど、あれの原理ってマジでどうなってるんだろ……?

研究日二日前 (木曜日) の午前の授業は実践魔術論の講義が行われる。水曜日に行われる呪文学が呪文詠唱の講義なのに対して、実践魔術論は主に魔法陣等を用いた儀式に関する講義になる。最初の授業こそホームルームで行っていたが、実際に魔法陣を起動させるとなるとホームルームでは不便なので、魔法陣の起動などを予定しているときには事前に魔術実験室に集まるよう連絡が来る。


魔術実験室以外にも様々な実験室があり、ホームルームとは異なる校舎に配置されている。そういった実験室での授業では席順は自由となる。ゲイルとミリーは最初のうちはトラブルに巻き込まれないように後ろの席に座っていたが、最近はその心配もなくなってきたので、一番前の席に座るようになった。机は3人掛けが横に三列、縦に15列ある。二人はネルカと共に真ん中の席に座る。間にミリーを挟んで。


さて、ほんの少し話を脱線させると、昨日のお昼にはゲイルがムザックを追いかけ回すという事件が起きた。午後の歴史学の授業では、ゲイルは遅れて戻ってきたもののムザックの姿は誰も見かけなかった。クラスメイト達はミリーも含めてゲイルにムザックの所在を聞く勇気はなかった……。

 そんなムザック君は一番後ろの席に座って授業が始まる前であるにもかかわらず一生懸命ノートをとっている。一体何を書いているのか、ということよりもただ1つ、クラスメイト達は気になって気になって仕方がないことがあった。


『ミリーさんは僕の素敵な友達です』


…………。


ムザックの首からはそう書かれた木札がぶら下がっていた……。


「…………ゲイル様」


「ん?なんだ?ミリー」


「昨日はあえて聞かなかったのですが、ムザック様に何をなさいましたか……?」


ミリーがジト目を向けながら、尋問を始めた。


「ムザックの奴、本当はミリーの友達のくせに俺にわざわざいらん嘘をついたからな。(まぎ)らわしいからミリーの素晴らしさを説いてた」


紛らわしいって何がだよ。


溜息を吐きながら「だからってあの木札はいらないですよね?」と責めるように尋ねると。


「何を言うか!言葉は実体を伴うんだぞ!ミリーが素敵な友達であると言葉に表現して、それを表現し続ける限り、ムザックはミリーの友達としてこの世に生を授かることができるんだ!!!」


すげえよ。言葉は実体を伴うって格言をこういう使い方したぞ、こいつ。


「あの……。普通に私の方が恥ずかしいんですけど……」


「何を言うか!ムザックはいい奴だぞ!あいつと友達だってのを恥ずかしがる必要はない!」


ひどく上機嫌にゲイルが言うもので、これは何を言っても無駄そうだなぁとミリーは諦めた。ふと後ろを見るとエブラがムザックのノートを覗き込んだ後、慌てた様子で「戻るのだ!正気に戻るのだ!!!」と一生懸命ムザックの肩を揺らす姿が目に入った。


「「…………」」


ミリーとネルカはノートに何が書かれているのかについて気にしないためにも、後ろのことは見なかったことにする。




「早いものでもう8回か…………。簡単に出来る儀式って言いながらも結構準備に手間がかかるものばっかだよなぁ……」


突然話題を変えたゲイルの言葉にミリーが慌てて彼に意識を向ける。


「えっと。儀式関係のものは一般的な魔術行使と異なり、効果の規模が大きくなりますからね。対象範囲も含めて。その効果の恩恵に確実に授かるためにはどうしても準備が煩雑にならざるを得ません」


「それは分かるけど…………。実際に使う場面ってあるかね?俺が知ってる実例ってCクラスのアレだけだぞ?」


ゲイルの言葉にミリーとネルカが顔をひきつらせる。Cクラスのアレとは、剣術決闘の最中に召喚されたよくわからないもののことだ。アレのとばっちりを3人はもろに受けたのだ。いい印象を持つわけがあるまい。


「ま、まあ。アレは極端な例って考えていいんだよ?儀式系統のものだと元々は雨乞いとか農村にとって必要な儀式が始まりらしいからね。尤も、その手のものは準備がさらに煩雑になる上、実行するためのタイミングとか条件とかも考慮に入れなきゃいけないけどね?」


ネルカの解説に「リズは儀式とか、使ったことある?」と聞く。


「儀式ってほどではないけど、魔法陣を使ったものならしょっちゅうあるよ?」


「戦場で?」とゲイルが聞くと「うん」と返ってきた。思わずゲイルとミリーは顔を見合わせる。魔法陣を一々描く暇などあるのかと。


その考えを読み取って、ネルカは補足を加える。


「大掛かりな攻撃魔法とかだと、確かに大人数で地面に魔法陣を描かなきゃだけど、描かなくても儀式系統の魔術は使えたりするんだよ」


「それはどうやって行うのですか?」


ミリーが関心を示しながら尋ねる。するとネルカは目を瞑り、何かしらを考えながら右手の掌をミリーにつきだした。暫くすると掌から魔法陣が浮いて現れ、そこからひょこっと茎のない花が現れた。


ネルカたちの様子を見ていた生徒たちからどよめきが起こる。


「は?魔法陣現れたけどどーゆーこと?」


さも当然のように空中に現れた魔法陣にゲイルも混乱する。ミリーは以前、ギルバートの剣術の授業が始まる前、ゲイルが首を怪我した際に、ネルカの謎魔術の(たぐい)を使って魔法陣をゲイルの足元に現したのを確認しているので、他のクラスメイト達に比べれば驚きはしなかったが、それでもやはり、魔法陣を宙に浮かせて表すなどと言う芸当を無視することまではできなかった。


「驚くよねぇ……。私も最初は驚いたよ。まさか地面に描かなくても陣を起動できるなんて…………。結構コツがいるんだけど、魔法陣を起動したときに魔力の流れが現れるじゃない?逆に魔力の流れをコントロールすることで、同じ形の魔法陣を描くの」


リズは苦笑しながら答えた。


「それはどなたから教わったんですか?」


興味津々で問うミリーに返答に困りながらも「アリスだよ」と返ってきた。


「やり方とかはアリスから教わったんだ。あの子天才だからね。私はコツ掴むのには2年近くかかったけどね」


「アリスって何者だよ……。剣士じゃないのか?」


唖然としたように言うゲイルにネルカは再び苦笑を見せる。


「何でもできてたね……。私だと普通よりも強めの攻撃魔法とか使えるくらいだったけど、アリスは大掛かりな儀式魔法を今やったみたいにその場で使っちゃうから…………。才能の差を感じちゃったなあ」と遠い目をするネルカ。それを聞いただけでも相当の腕前の持ち主だったと分かる。


喋っている間に担当の講師が入ってきた。私語が徐々に減っていく。


実践魔術論の教員は20代の非常勤講師。魔術関連の儀式については一通り教えられるらしい。ただ、()()方面の儀式となると、中々苦労しているらしく、想起の儀式はまだ扱えないそうだ。その為、ポスト獲得に苦労してるとか。教員の就活も大変である。


「はい……。始めます……」


いつも覇気のないミリアだが、今日はいつにも増して元気がなかった。実は彼女の元気がないとき、合コンで失敗したか、就活で失敗したかのいずれかであるが、今日は後者の方である。


「ふふふ……。最近発見された魔法陣の解読に成功したら雇ってやるって……。魔法が苦手な私に対する嫌がらせよね……。もういき遅れって言われてるのに……」


愚痴から始まった。あまりの負のオーラに生徒諸君ドン引きである。ゲイルは特段感じてないようだが……。


「みんな、この魔法陣分かる?」


そう言って黒板に魔法陣を描き出す。どうも愚痴を聞いて欲しいらしい。授業しろよ。

 暫くして完成した描かれた魔法陣は綺麗な紋様を描いており、見る人が見れば、その美しさにハッと息を飲むほどだった。隣に座るミリーもネルカもその美しさが分かるタイプのようで、目を見開き息を飲んでいた。


「王都の郊外にある宿屋で見つかったものですって……。宿屋の倉庫にあったものを主人が引っ張り出して鑑定にかけたそうよ……。まだ解読中だけど、もし解読できたら雇っていいって……。私、専門魔術なのになあ……」


どうやら魔法方面の魔法陣らしい。専門外の課題を出されて今にも泣きそうなミリアに教室内はなんとも言えない空気に包まれた。というか、就職試験で未解決問題解かされることってあるの?いくら教員枠だからって……。


「生徒の俺達が分かるわけないじゃん……」


さも当然のゲイルの一言にミリアは号泣し出した。


「無職は嫌ぁ」


ホントなんて声かけりゃあいいんだよ…………。





















『この魔法陣はね…………』





















「この魔法陣は基本陣形のままでは起動せず、特殊な操作を加えることで起動するものであり、実験的に構築されたもので、これ自体にはなんらかの効果は発揮しない。起動に成功した場合は陣が輝くだけだ」


突然の発言に皆がその声の主を見る。


「この魔法陣の場合、起動方法は三つの円環のうち、外側の円環を上下を反転、真ん中の円環を右に60度、内側の円環を左に30度回転させたのちに内側の円環のみを左右反転させる必要がある」


その発話の主は目に輝きが無かった。


「ただ描き直すだけでも起動はしない。起動するためには空中で魔法陣を描くことが出来る者だけ。熟練した者にしかこなせない…………」


「ゲイル様…………?」


呼ばれたゲイルはハッとなり、キョロキョロと周囲を見る。


「…………俺、寝てた?」


目の輝きは戻っているが、今しがた何が起きたのか要領を得ていないようだった。


そんなゲイルを見て訝しげに思うミリーをよそにネルカが試しに魔法陣を描き出した。空中で魔法陣を描いたネルカを見て、ミリアは驚愕するが、それに気づいた素振りも見せず続ける。


「円環の一番外を上下反転。二番目を右に60度回転。三番目を左に30度回転させた後に左右反転……………………。えっ!?」


驚くネルカをよそに白かったはずの魔法陣は赤く、青く、黒くとコココロ色を変えながら輝き、最後には金色に輝いてそのまま止まった。


ゲイルが言った通りに魔法陣が輝き出したことに皆が驚いた。


しかし、ネルカの驚きはそこではなかった。


「嘘……。この模様…………」


ネルカの呟きにゲイルとミリーが彼女の顔を覗き込む。するとネルカは身を乗り出して声をあらげ始めた。


「ゲイル君!レッドネックって言葉に聞き覚えは!?」


「うお!ただの田舎者(レッドネック)がどうしたって!?」


突然問われ、ゲイルは後ろにのけぞる。真剣な眼差しで彼を見てから、口を開いた。


「この魔法陣……。…………。アリスがお師匠さんの課題で作ってたものまんまなんだ…………」


ゲイルは黒板を指差し「あの魔法陣が?」と問うが、首を横に振った。


「あっちは初めて見た……。でもゲイル君が言った通りに動かしたこの魔法陣は見覚えがある。宿屋でアリスが描いてたものだよ…………」


「俺、なんか言ったか?」


眉間にシワを寄せるゲイルの言葉にミリーはコクリと頷いた。ミリーは記憶が欠落している様子のゲイルが心配になった。Dクラスでの騒動のことがある。もしかしてそれが尾を引いているんじゃないかと…………。


ネルカはと言うと何やら考え込み、悩んでいる様子だった。


「そんなはずない……。あの子ならきっと……」


ネルカはぶつぶつと言いながら、再びゲイルに尋ねた。


「本当に。本当の本当に。レッドネックって言葉、聞き覚えないんだね……?」


「…………前にも聞かれた気がするが、本当の本当に聞き覚えないぞ?田舎者以外の意味知らねぇよ」


その言葉に「そっか」とだけ言って、ネルカはまるで沈んだかのように俯いてしまった。その様子にゲイルとミリーは何も声をかけることができず、ただただ顔を見合わせるしかなかった……。




一方、ミリアは、突然降って落ちてきた就職試験の答えにかなり夢中になっていた。


「こ、これを提出すれば!で、でも、描き写すだけじゃ意味ないって……。あれ?どうやって提出すればいいの……?」


ネルカのように空中に魔法陣を描けないため、このままでは提出できないと落ち込み、その日は授業をやらないまま終わってしまった……。

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