71 女心
ミリーの服装は夕飯時にかなり話題になっていた。これだけ話題になればゲイルの耳にも入るだろうと思い、これがきっかけで再び口を利けるのではないかとミリーは期待していた。
休養日明けの翌朝、ミリーがファーノと共に登校してみると、教室ではゲイルが鼾をかいて寝ていた。いつもの彼ならば授業前には教科書をぱらぱらとめくって読んでいるので、何もせず、寝ているというのはミリーに限らず誰もが珍しいなと感じていた。
ミリーは昨日グルアーノからゲイルがモルゼオから課題を受けている旨を聞いているので、その課題でかなり疲れているのかと思い、そっとしてあげることにした。可能ならば少し話をしたいと思ったのだが、今でなくてもいいだろうと考えた。そして起きた時に、昨日の服装の噂について自分に確認を取りに来ないかと期待した。
ところが彼が目を醒ましたころには既にルーカスが来ていて授業を始めていた。ゲイルは慌てて教科書とノートを引っ張り出し、メモを取り始める。起きたばかりなのか些か眠そうで、ミリーがチラリと目を向けると、彼の目尻には涙が少し溜まっていた。
「神は神であるが故に神なのである……。生物の定義自体人が勝手に作り上げたもの……。生物学という名前の公理系の中で我々は生物なるものを見てしまうが、どのような定義を採用するかによって神が生物であり得るしそうでないともいえることが分かったであろう……。では次回、マンドラゴラが生物の範疇に入るのかどうか議論することとしよう……」
いつも通りにルーカスが立ち去って行った。来週は生物学的な内容になりそうだ。
授業が終わり、ミリーはこれ見よがしに立ち上がる。
「ッ!?ミリーさん……」
ゲイルから声がかかりミリーはゲイルの顔を覗き込んだ。いつも通りの無表情な顔つきで。
ミリーは期待していた。昨日の服について何か言ってこないかと。見せてくれないかと言ってこないかと…………。
「そろそろお許しいただけないでしょうか…………」
ミリーの思っていたのと違った。昨日の噂を聞きつけて、服を着て見せてくれないかって聞かれると思っていたのに。
ただ、そこら辺はミリーの勝手な希望だ。昨日のゲイルはモルゼオからの課題に追われていっぱいいっぱいだったのだ。心の余裕などなかったのだ。剣術決闘以来不機嫌なミリーへの配慮とモルゼオの課題とに意識を向けているあまり、他の人が話すミリーの噂など知る由もないし、ミリーがその話を振ってほしいと思っているなど予想外であった。
というわけで、ゲイルからその話題が出てくるわけもなく、ミリーがそれに満足するわけもなく…………。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁ」
長い沈黙ののち、溜息を吐いてミリーは教室から出て行ってしまった。
ゲイルは「また話せなかった」と床に手をついてしまう…………。
「ミリーちゃん!今日お昼一緒しよう!」
ミリーが一人で教室から離れていくのを見て、ネルカが走って追いかけた。
ミリーは特段嫌なそぶりを見せず、了承する。一緒に食堂へと向かったところでネルカからまだ仲直りしないのかと問われた。
「もう10日だよ?このまま仲直りしなくていいの?」
「…………別に喧嘩をしているわけではありません。仲直りも何もありません」
そう言ってごまかすミリーだったが、無表情ながらも沈んでいる節を感じ取り、ネルカはどう励まそうかと考えていた。
「あまり長引いちゃうと、どんどん声をかけづらくなるよ?」
その言葉に対する返事はなかったが苦悶の表情を浮かべる。悩んでいるらしい節は分かった。
ふと以前ミリーと仲違いしたときにゲイルが仲裁に入ろうとしてくれたことを思い出す。Dクラスでの騒動の時だ。あの時は途中でゲイルが意識を失ってしまったので、ゲイルを間に挟んでの仲直りはせず、直接話し合ってミリーの誤解を解いた。それでもゲイルが二人の背中を押してくれたことには変わりない。ネルカは自分がゲイルとミリーの間に入ろうかと考えていた。
食堂へと入り、配膳を受け取る列へと並ぶ。すると唐突にミリーの口が開いた。
「ノモン様……。ご無沙汰しております」
ちょうど目の前にDクラスのノモンが彼の友人と共に並んでいた。声をかけられ慌てて振り向く彼の第一声は「フォアワードのところの奴隷か」だった。
「ちょっと!ミリーちゃんを奴隷呼ばわりするのはどうかと思うよ!」
ネルカが不機嫌な口調でそういうと、ノモンは慌ててしまう。
「ネルカ様。事実ですからあまり目くじらを立てないであげてください。ノモン様が困惑してしまいます」
とっさに口を挟んだミリーの言葉にムッとした表情のまま口を閉ざすネルカと口を開けずにいるノモン。
「申し訳ございません。ご友人とのご歓談中にお声をかけてしまって」
ミリーの謝罪を聞いて、ハッと我に返り「気にしなくていい」とだけ呟いて前を見た。ネルカは相変わらず不機嫌そうなままだ。
「…………ネルカ様。お言葉ですが、最近ゲイル様に似てきている気がします」
ミリーの言葉に心外だとばかりにネルカが目を剥く。
「私はミリーちゃんを護ろうとしてるだけだよ!」
「そういうところです」
ネルカの反論を一蹴した。ネルカはむぅと声を漏らしながら納得できない様子だ。
「最近、ネルカ様は他の方とご一緒する機会が減っている気もします。私以外の方ともお付き合いしなければ、友達が減りますよ?ゲイル様をご覧になればお分かりでしょうけれど、男性のご友人との接点すらあまりありませんから。私を基準に物事を考えないことをお勧めします」
ミリーは配膳を受け取り、席を探しながらネルカに忠告する。そんなミリーを見てネルカはニヤリと笑みを浮かべた。
「そういうミリーちゃんはゲイル君を中心に考えて友達作りに励んでないように見えるけど?」
ちょうど空いている席に座ったところで、意趣返しとばかりにからかいの一言を入れた。ミリーは特に反応を見せなかったけれども、心なしか不機嫌そうな雰囲気を出す。
ふとネルカはここ最近気づいたことを心の中で呟いた。
(ミリーちゃん、制服の時は無表情のままだけど、私服の時は結構表情とか変わるなぁ…………)
ネルカに言う通り、ミリーは制服の時は無表情のことが多い。恥ずかしがることはまれにあるけれども、少なくともネルカの前で笑っている姿は見たことが無い。
対して私服の時は、例えば先日の剣術決闘の青色ワンピースを着ている時なんかは、疲れている時もあって、気が緩み、笑みを浮かべていた。
「私のことはあまり気にしないでください。今は勉学に精進するのみです」
少し遅れてミリーから返答が来る。ネルカは心の中で頑なだなぁと感じていた。




