63 味付けはあっさりで
「さて、ネルカ君……。ゲイル君の奇行は治まった……。ノモン君と彼を連れてここを離れなさい……」
言われてネルカは慌てて、ゲイルの傍に寄り、彼をたたせる。彼女はふと半月ほど前のことを思い出した。ミリーから拒絶された日を。
「…………メンタルケア、手伝ってあげるね?」
ネルカの言葉にゲイルは無言だった。
ネルカ、ゲイル、ノモンが離れたのを確認し、ルーカスは小さく左手をあげる。その合図に合わせて何人かの教員が動き出した。
バルト、レベッカ、そして取り押さえられていたはずのモルゼオだ。
ルーカスはそのままグルアーノの下へと向かう。
「ゲイル君の奇行は、アレに触れてから、と考えて間違いないかな……?」
ルーカスの言葉にレベッカが「はい」と頷く。
「邪神の類いであれば、ゲイル君はあのような奇行をとらなかったであろう……。恐らく彼の不満を指摘した者自体は無害……。当人の心は折れてしまったがな……」
途中参加であるにもかかわらず、ルーカスは正解を導きつつあった。
「一見、これは何かしらの意思を持ったものに見えるだろう……。しかし、ゲイル君と関わりあった存在は、天上の存在であると考察される……。なぜならこれ自体はこの世界の存在ではないからな……」
この世界の存在ではない場合、ゲイルの不満を的確に指摘することは出来ないだろう。出会い頭に相手の不満を指摘できるものは早々いない。それがましてや、相手がはじめて会う外国人とかならなおのこと。
「とすれば、これの役割は天上と地上の魂を結び付けるようなモノ……。異界から引っ張り出した、通路のようなモノだ……」
「早く手伝ってくれ!一人では限界だ!」
考察を続けるルーカスにグルアーノは苦情をのべる。
「そう急くでない……。こやつの対処法を考えているまで……」
しかしルーカスは特段気にせず考察を続ける。グルアーノの怒りは最高潮に達しつつあった。
「意思あるものならその意思を消し飛ばせばいいが……。天上との通路となれば壊すのはそう容易ではない……。封印もそう容易くは無いであろう……。ともすればCクラスの諸君とは逆のこと……。つまり召喚とは逆に送り返す必要がある……。この中に、異界への転送に関する魔術、魔法の類いを知っているものは居るか……?」
教員3人は首を横に振る。
「ネルカが昔その手の魔法を使っていたはずだ!魔力が足りるかは知らんが!」
その言葉にバルトが「ほお」と目を見張る。
「姫騎士リズは魔法の使い手でもあると。てっきり力に胡座を掻く者と思ったが、評価を改める必要があるな」
「感心してないで早くネルカを呼んでくれ!」
「ネルカ君には先に戻ってもらった……」
「何だとお!」
貴重な戦力の撤収にグルアーノは声を荒げた。
「そうカリカリするな……。グルアーノ君、ネルカ君を呼び戻してきてくれ……。あとは……、モルゼオ」
その言葉を聞いた瞬間、モルゼオは大きな魔剣を手元に召喚させる。グルアーノが使った魔法と同じものを魔剣に重ねがけし、グルアーノと交代するように斬りかかった。
モルゼオは突如左手に何かしらの魔法をかける。彼の左手が白く光ったかと思うと迫りくるよくわからないものの触手を素手で握り、それからぐるりと一回転したかと思えば、よくわからないものが地面から離れ、大きく飛ばされて地面に落っこちた。
その様子にグルアーノは茫然とモルゼオを眺めていた。
いや、だってさっきまで取り押さえられてたやつだよ?
「では、ネルカ君を呼んできたまえ……。決闘を終えた後のネルカ君一人では魔力が足らんだろう……。魔力供給の用意をして待とう……」
ルーカスの言葉にグルアーノは慌ててネルカの方へと向かい、同時にレベッカとバルトは魔力供給の用意を始めた。
ネルカが戻ってくるまでの間、モルゼオは善戦した。触手に触れられるどころか、むしろ自分からつかみかかり、何度も何度も何度も何度も…………。斬り飛ばしたり蹴り飛ばしたり殴り飛ばしたり持ち上げて投げたりを繰り返した。ネルカが魔法の準備をしている間も彼女に矛先が向かないようにちゃんと囮の仕事をしていた。
そして、ネルカが魔法を起動した後、あっさりと無事に異界に送り返した。送り返せてしまった。
グルアーノはモルゼオに顔を向け、口を出さずにはいられなかった。
「……貴様。それだけの実力がありながらなぜすぐ手伝わなかった……………………?」
700年前の魔王は現世の魔族に静かにキレていた……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。




