46 戻ってこい!ネルカ!
午前の授業終了の鐘が鳴り、ルーカスは締めの言葉を述べる。
「以上の理由から基本的にはどの公理系を採用しても魔術の起動とその効果は変わらないことが分かっただろう……。それにもかかわらず、なぜアッカーマン公理系のみが白魔術のみ起動を可能にし、黒魔術は起動できないのか……。次回はその点を説明しよう…………」
目を点にする生徒たちを置き去りにしてルーカスは教室を立ち去った。
ゲイルは引き攣らせた顔をキリキリと横に向け、ミリーに話しかける。
「生き物すら出なくなったんだけど…………」
「…………ですね」
今日も生物学らしからぬ授業展開で、いつの間にか公理魔術の話に切り替わっていた。ほとんどの生徒たちはついていけてない。実践魔術の内容を一通り押さえてもいないのに原理の話をされても困るだろう。
「ただ、今回の内容は以前アシュリー様から教わりましたので、改めて勉強することはなさそうです」
当たり前のように言うミリーの姿にクラスの誰もがジト目を向けていた。
(あの話、理解できたんだ…………)
「まあいいや。おーい!リズー!久々に飯食いに行こうぜー!」
大きな声で呼びかけるもネルカはこちらに顔を向けもしない。
「ゲイル様。あまりちょっかいをかけないであげてください。調子が戻られたときに改めてお誘いすればいいじゃないですか」
「いや、だって。あのまま放っておいても長引くだけな気がするからさ」
ゲイルの発する言葉にはネルカを若干気遣っている旨があった。若干ではあるが。
「でも反応を示されていないじゃないですか。あれは下手に声をかけないでほしいという意思表示ですよ?」
ミリーの忠言に頬を掻くだけのゲイル。ゲイルはゲイルで腑に落ちない点があるようだった。ミリーは溜息を吐きながら苦言を呈す。
「品がありませんよ?」
するとゲイルは鼻を鳴らしサムズアップして威張るように答えた。
「ただの田舎者だからな!」
ガタンッ!!!
突然椅子が倒れる音に教室にまだ残っている生徒たちが音の発生源を見る。ネルカが勢いよく立ち上がったときに椅子を倒したようだった。それから彼女はゲイルたちの方へとこわばった表情を向けながら、ズンズンと近寄っていた。
「お昼……。付き合うよ」
久々にネルカと昼を一緒にする。だが、異様な空気は変わらないままで、同じテーブルに座るも二人は会話を発するのも憚られた。
ゲイルとミリーは困り果てた顔で互いに顔を見合わせた。
「さっきの……」
突然ネルカが口を開くので慌てて彼女を見る。
「レッドネックって」
何を言っているのかがわからず、一緒になって首をかしげる二人。
「さっきゲイル君、レッドネックって言ってたよね?あれ、どういう意味?」
「いや、そのままだろ?」
実際そのままの意味だ。ゲイルのグルッヴェオ地方はベルフェリオ王国の国境に面している。王都から見れば田舎も田舎。そこ出身なんだから「田舎者」だとの洒落が出てくるのだ。もっとも貴族のゲイルに「地方出身の労働者」なんて似つかわしないのだけれども…………。
そんな冗談に何を気にしてるのか、ゲイルはもちろんのことミリーも理解ができず、思わず顔をしかめていた。
対するネルカは「そう」とだけ呟き、食事を進める。
「あのー、リズ?何が気に食わないんだ……?」
「別に君たちに気に食わないと感じていることはないよ」
そうは言うネルカだが、言葉の端々にトゲを感じる。
「なあ。ミリーもいるんだからさ?せめてミリーの前くらい普段の通りで頼むよ。あ。今兄ちゃんらしいことしたかも」
「ゲイル様。余計なことは言わないでください」
ミリーは溜息を吐き、忠言を入れる。ただ、ゲイルの言葉に何を思ったのか、ネルカは顔を上げミリーを見て、それから気まずそうに目を逸らした。
その行為の意味を理解できず、思わずゲイルとミリーは顔を見合わせる。すると再び突然ネルカは口を開いた。
「……リズって呼んで」
「リズ」
「ゲイル君じゃなくってミリーちゃん」
突然話を振られたミリーは戸惑いながら慌てて「リズ様」と応える。
「違う。呼び捨てで」
そういわれても奴隷のミリーがリズ本人に対して呼び捨てにするのは憚られた。困惑の表情を浮かべ、首輪に手をかけながら「えぇと」と呟く。
「そうしてくれたら落ち着くから」
困り果てるもそう言うのならと思い切って「リズ」と呼んだ。ネルカはしばらく目をつむり何かしらかを逡巡させた後、再びカッと目を開いて両腕を上げた。
「落ち着いてきたぞおおおおおおお!!!!!!」
「いや、落ち着けよ」とゲイルが思わずツッコむ。ミリーは叫び声をあげるネルカの姿を見て目を白黒させるだけだった。
食堂にいるみんなから注目を受けたが、ネルカは気にしたそぶりを見せず、「うん!ミリーちゃん、ごめんね!調子戻ったから!これからもよろしくね!」と言った。
「……それはよかったです」
ミリーは困惑しながらも、調子を戻したらしいネルカを見て安堵することにした。
「心配しますので、何かあったら声をおかけください。何もできないとは思いますがお話を聞くぐらいならできますので」
「ミリーちゃん優しい!」
朗らかな顔でネルカは言った。
「じゃあ、早速なんだけどさ!昨日、想起の儀式あったじゃない?」
話し始めるネルカにコクリとミリーは頷く。
「で、完全想起してる私は昨日儀式を受けてないのは知ってるよね?」
「そうでしたね」
「で、もう一人受ける必要のない奴がいるからさ。それが誰なのか調べてたんだ」
完全想起を果たせば想起の儀式は何度も受ける必要はない。ネルカの他に受ける必要がない人物となると……。
「魔王レーノのことですか?」
ミリーの言葉に頷くネルカ。
「昨日受けに行かなかった奴を探してみたんだ。そしたらカモフラージュも一切せずに、儀式に参加しなかった人間を見つけた。Aクラスの……。グルアーノ・ロヴェステンだったよ」
ロヴェステン伯爵家の四男、グルアーノ・ロヴェステン。その名前を聞いてミリーは考え込む。彼の父親であるトブロフスキー・ロヴェステン伯爵は国軍省の大臣をやっている。遠い昔には魔族との戦いを担っていたベルフェリオ王国軍の責任者ともいえる人だ。その人物の息子が魔王レーノときた。聡いミリーはこのことがきっかえで大きなトラブルが起こるのではないかと不安に感じていた。
「その話は事実なのですか?」と尋ねると「うん。間違いない」といつもの笑みを浮かべながらネルカは断言した。その脇では「ロヴェステンって聞いたことあるけどなんだっけ……?」とゲイルが話に取り残されている様子だった。
ミリーがゲイルに説明しようとしたところで「それでミリーちゃんに相談に乗ってほしいんだけど」とネルカから声をかけられた。
「何でしょうか?」と慌ててミリーは聞き返す。
ネルカは笑顔のまま言い放った。
「完全想起してるんだから、本人だってことでグルアーノの奴を殺していいかな?」
突然の爆弾発言に学食内は騒然とした。悲鳴を上げるものもいる。だってネルカの目は一切笑ってないんだもん。
ミリーはうんともすんとも応えるわけにもいかず、無表情のまま固まってしまった。
途中から会話の流れに参加していないゲイルもさすがのその発言に困り果ててしまう。ふと真横から人気を感じたので顔を上げると、見慣れない男子生徒が配膳を手にしたまま呆れた顔でネルカを見つめていた。
「…………本人が近くにいるかもしれんのに遠慮がないな、ネルカ」
「…………グルアーノ」
魔王レーノもとい、グルアーノ・ロヴェステンさんご本人だった。




