33 自称お兄ちゃんのオチ
最終話になります。
昨日の騒動の後始末にレベッカも駆り出されていた。その為、輪廻学の授業と生物学の授業を入れ替え、研究日前日 (金曜日) の午前をこの日だけルーカスが担当することになった。
「では次回は、なぜ魔術を介入させてもなお不確定性原理を崩すことが出来ないのかを解説しよう」
ルーカスはそう言って黒板の文字を消し、教室を出ていく。
「……ミリー。今日の授業生物学の要素あったか?カラスを箱の中に閉じ込める話しかしなかったぞ?」
「えぇと……。生物の細胞を極限まで分解すると粒子になりますから、その粒子の性質をお話なさったのかと……」
「そこまで分解したら生き物じゃないよね?俺の頭の方が悪いの?」
相変わらずのルーカスの講義に苦言を漏らすゲイル。話しかけられたミリーですら中々崩さない無表情が困惑へと変わっていた。
「次は何を調べに図書館にいくつもり……?」
「…………」
流石の歩く百科全書も詰みのようであった。
「あ。箱の中のカラス実験では体外の粒子と体内の粒子との相互作用についておっしゃってた気がするので、粒子間の相互作用を調べてこようかと」
前言撤回。歩く百科全書、いまだ健在なり。
「……まあいいや。昼飯いくか?」
「はい」
相変わらず無表情のまま、けれどもその声には元気さがあった。
ゲイルが立ち上がったところでネルカがファーノをつれて声をかける。
「そっちもご飯?交ぜて!」
チラリとミリーを見る。
「私はかまいませんよ」
珍しく自分の意思を伝えるミリーにホンの少し嬉しさを感じた。
「…………じゃあいくか!」
四人で学食に向かい、配膳を受け取って席につく。いつものように混雑していて、入学してから既に3週目に入ってるのに、慣れるものではなく、ゆっくりするには落ち着かなかった。
「……うーん。やっぱり視線が落ち着かないです……」
ファーノがボソリと声を漏らす。学食では興味深げにゲイル達をチラチラと見ていた。昨日の今日だ。昨日の夜には補習組が帰っていることだから、王宮でのことの顛末もかなり話が回っていることだろう。
「そうか?まあ、何かした訳じゃないんだしほっときゃよくない?」
「……ねえ、ゲイル君。昨日のこと、ホントに覚えてないの?」
口調が元に戻ったネルカの問いにゲイルはキョトンと首をかしげた。
ゲイルは昨日一日のことをすっかり忘れているようだった。ネルカが気を病みゲイルがDクラスに怒鳴り混んで、気を失うまでの一連の流れをすっぽり。
記憶障害を抱えているのではと今朝二時間かけて保健医のジェニファーが身体の隅々まで調べたそうだが、目立った異常なし。まあ、ゲイルだし、こういうこともあるんじゃない?との学園長の一言で問題なしと判断された。だってゲイルだし。
ちなみにその保健医ジェニファーだが、中々起きないゲイルのために当直して待ってくれていたらしい。そのゲイルが目を醒ました時、突然「おはよおおおお!」と怒鳴り出したため、驚いてベッドから落ちてしまったそうだ。午前4時のことである。ベッドに落ちたさい、打撲してしまったらしく、今頃学園長室で労災が降りるかどうか交渉していることだろう。学園業務中の事故かゲイルと言う名の災害による事故かで。
「ゲイル様が覚えていないのでしたらそれで構わないのではないでしょうか?昨日のことを引きずられましてもたぶん皆さん居心地が悪くなるだけでしょうから」
あまり自分からは発言しないミリーが会話に参加するようになった。
夕方になっても中々起きないゲイルを待っていたミリーとネルカだが、モルゼオやジェニファー達に、学生なんだから寮で寝ろと言われて追い出されてしまった。互いに気まずさはあったが、ゲイルが起きたときに仲直りが終わった方がいいのではないかと心情が一致。ゲイルにことを話した勇気あるファーノを交えてネルカの部屋でパジャマパーティーしたそうだ。俺も、いや、なんでもない。
一言でまとめるならば、怪我の功名とも言えよう。尤も、肝心のゲイルが覚えていないので、彼から見れば記憶のない間に3人の距離が縮まったようにしか見えないだろうが。
ただ、ミリーの言う通り、覚えていないなら覚えていないで都合がいいかもしれない。ミリーとしては、自分が無理に作った笑みを忘れてもらえたと思っているし、ネルカとしては昔の口調を思わずゲイルにしてしまったことへの恥ずかしさを清算できたし、ファーノの場合ミリーいじめをその場で助けられなかったことについてゲイルに対してだけは気を揉まなくて済んだのだから。
「でもミリーちゃんのために言ってくれた言葉がなかったことになっちゃうよ?」
ネルカがニヤニヤとしながらミリーの顔を覗き込む。隣ではファーノが恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「俺、なんかいった?」
「ゲイル様の気にするようことはございません」
いつもの無表情で言葉を返される。顔を赤くもしないので、気恥ずかしいのかどうかすら誰も判断できないようだった。
「ゲイル君、俺の女に手を出すなって言ったんだよ?」
「そんなことはおっしゃってませんよ?」
ミリーが呆れながらネルカに非難の目を向ける。
「まあ……。俺の言いそうな台詞じゃないなあ……」
ゲイルがポツリと言うとネルカはつまらなそうな表情を浮かべた。
「俺だったら、ミリーに手を出したら、利用できるもの全部利用してでも潰すぞって文句言うな」
「ねえ。ホントに覚えてないの?」
ネルカの問いにキョトンと首をかしげる。ミリーとファーノは無言だった。
「ま、覚えてない昨日のことより今日のことだな!モルゼオの授業に期待するか!」
明るく言うゲイルの傍ら、ネルカは若干表情を曇らせ、ミリーは目尻がわずかに動いた。
「なんだ?モルゼオのことまだ苦手か?リーゼロッテ様」
「だってあいつの気取ったところ、なんか気にくわない」
不平を言うネルカに思わず思わず苦笑が漏れた。「なに?」と聞き返される。
「いや。魔族嫌いが理由じゃないんだなって。しかし、気にくわないってだけでまさか先週殺気出してた訳じゃないよな?」
先週の2回目のモルゼオの授業のこと。ミリーと繋がりを持ててかなりの上機嫌だったが、機嫌よくしながら同時に殺気が駄々漏れだった。
「ネルカ・スワローズ。器用だな」とはモルゼオの言葉。
「私くらいになると機嫌の良さと殺気くらい別々に扱えるよ?」
「座学でやることじゃないだろ……。でも意外だな。ミリーも苦手だったのか?」
ミリーは驚いたようにゲイルを見た。
「顔に出てましたか?」
「お前にしては分かりやすかった」
表情の変化に気がつかなかったネルカとファーノも驚く。
「その……。ジャルマ准教授の見透かしたような応対は……、私には苦手です」
「ミリーちゃんも感じるよね!やっぱ気取ってるよね!」
ネルカが身を乗り出して同意する。ファーノは困ったように苦笑いした。
「なんだ?あいつに何か言われたのか?」
「……ゲイル様には関係のないことです」
心なしか声が小さくなっていた。あからさまに何かあったと、しかもゲイルが関係していそうなことだと気付き、ネルカはからかうようにニヤニヤとミリーの顔を見ていた。
「でもあいつも子供みたいなところがある気するけどなあ。好奇心旺盛で、目をキラキラさせて、出し惜しみは研究者の心臓に悪いとかいいそう」
「ねえ、ゲイル君。昨日のこと、ホントのホントに覚えてないの?」
「さっきからなんなんだよ?覚えてねえって」
ネルカに絡まれゲイルが不平を言う。
「私としては覚えていない方がいいですね。もう一度見ることができるかもしれませんから」
ミリーにしては珍しい感情の吐露に全員が彼女を見る。
「あれえ?ミリーちゃん、やっぱ嬉しかったんだ?嬉しかったんだ?」
「さあ?」
ファーノはなぜか顔を赤くしてる。
「なあ?ファーノも俺がなんかやってるとこ見たのか?」
「い、いえ。昨晩ネルカ様とミリーさんから話を聞いただけですので……」
聞いただけなら具体的なことは聞けないだろう。ゲイルは結局何があったのか知りことができず腑に落ちない様子だった。
「なんか話聞いてる限り、違和感あるんだよなあ……」
ネルカが興味深げに「どの辺が?」と聞いてくる。
「いや。俺がミリーの喜びそうなことを言ってるって辺りがね。自分の願望を声高に叫んでたってなら分かるけど」
「参考までに願望って?」とのネルカの問いに「ミリーは俺の妹」と返す。
「確かにそのようなことは言ってました」とミリーが答えた。モルゼオを説得しているときのことだ。
「でもミリー、あんま好きじゃないだろ?」
ミリーは遠慮しながらもコクリと頷くので、ゲイルはガクリと落ち込んだ。
「前途多難だねえ……」
ネルカの苦笑が耳に入る。
「でもホント何言ったんだろ……。侯爵家に迎え入れるったって同じ意味だしなあ……」
ふとテーブルの上に沈黙が乗る。怪訝に思いゲイルが顔をあげる。心なしか3人の顔が赤い。
「ゲイル様。その言葉には複数の意味がございます。一度意味を調べることをお奨めします」
「お、おう。なんか顔赤いぞ?」
「ゲイル様には関係ないことです。それと……、本当に昨日のことはお忘れなんですよね?」
まるで睨み付けるように目を向けられ思わずコクコクと頷く。ミリーは「そうですか」と言ってから無表情に戻った。耳は赤いけど。
「あ!そうだ!」とネルカが話題を変えるように声を張り上げた。
「ゲイル君!君、今度からリーゼロッテ様禁止!」
「どうして?」
「どうせ私へのからかいなんでしょ?ミリーちゃんも不満に思うときがあるみたいだし、これっきりにしよ?」
ネルカの言葉に最初こそポカンとしていたが、すぐさま不適な笑みを浮かべた。
「分かってないなあリーゼロッテ様は」
「何が?」
「俺がリーゼロッテ様と呼べばミリーの機嫌が悪くなる。時には侮蔑に満ちた目を向けてくれる。中々表情を変化させないミリーの表情を変えさせる千載一遇のチャンスだぞ?そう易々と変えられるか!」
機嫌が悪くなったときのミリーの視線に快感を覚えている残念娘ネルカが「分かる!」と言おうとしたところで空気が凍りついた。
「……そうですか」
ゲイルはキリキリと首を動かしながら隣席のミリーを見た。
「私への嫌がらせだったんですか……」
「ミリー?」
恐る恐るといった感じに声をかけるが言葉が続かない。
「私やネルカ様が気にもんで果てには大事にまで発展した一連の原因が……。こともあろうに私ごときへの嫌がらせでしたか…………」
ミリーは無表情のままゆっくりとゲイルを見つめ、ただ一言静かに言った。
「ゲイル様、嫌いです。暫く私に話しかけないでください」
ミリーはそのまま立ち上がり、配膳を返却しに行った。残されたゲイルは真っ白に燃え尽きていた。
「ゲイル様。素直にリーゼロッテ様呼びはやめましょうね?」
ファーノが一言助言を入れる。ネルカはと言うと、余計なことを言わなくてよかったと冷や汗をかいていた。
それから週が明けるまで、ミリーは口を利いてくれなかったそうだ。
おしまい。
閲覧くださりありがとうございました。
続編に関しては、評価状況と原稿の蓄積状況とかを鑑みて検討に入れます。
続編に突入するのを決めた際には、改めて告知出します。4か月間お付き合いありがとうございました。
お会いできるときにまたお会いしましょう!




