31 自称お兄ちゃんの意地 後編
総合評価100pt超えたみたいです。ご評価くださりありがとうございますm(__)m
ゲイルは堂々と教卓の前に立つ。Dクラスの生徒たちは最初こそポカンとしているものの、小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「おいおい、農民風情が授業妨害か?」
「どうしたんだい?ぼくちゃん?教室間違えちゃったかな?」
「もう十五を過ぎるでしょうに大人げない」
男子、女子関係なしにヤジがひっきりなしに飛ぶ。ゲイルはそれを聞き流し、クラスを見渡した。
どいつもこいつも顔つきがしっかりしていなかった。想起の儀式で調子に乗っているのが丸分かりの表情だ。
無言のまま生徒たちを見ていると、男子生徒が一人立ち上がり、ゲイルの下へと寄る。それに合わせて数人の男子生徒がゲイルを囲った。
「黙ってると分かんねえぞ、坊ちゃん?ビビッて口も開かねえのか?」
Dクラスの生徒たちがゲラゲラと笑い声をあげる。ただ、ゲイルは何も言わず最初に立ち上がった生徒を見た。
「お前、名前は?」
「あん?農民風情がお前呼ばわりか?俺はフェイン=ディラック商会会長ローブス・フェインの息子のノモン・フェインだ。前世は王宮騎士団長を務めたジャレット・ティングスティ。ノモン様もしくはジャレット様って呼べ農民」
「なんだ。平民か」
「んだとてめえ!」
ノモンは怒りに任せてゲイルの顔を殴る。殴られた勢いでゲイルは倒れこんだ。その様子にDクラスの生徒たちから一斉に笑い声があがる。
「ゲイル様!」
ミリーが近寄ろうとするがモルゼオが止めた。
「見てやれ」
ミリーは抵抗するもモルゼオを振りほどけずにいた。その後ろにはジェーンやおばさん、さらにはネルカの姿も見受けられる。
「おうおう、奴隷に心配されてるぞ農民?」
ノモンがへらへらと笑い声をあげ侮蔑する。ゲイルはゆっくりと立ち上がり再びノモンを見た。
「立場分かってるのか?俺は王宮騎士団長ジャレット様だ。ジャレット様って呼べよ」
「誰だそいつは?」
「俺のことだよ!」
再びノモンが顔を殴る。今度は転倒せず両足で踏ん張った。
「本当に礼儀知らずだな農民。目上の者には様をつけんだよ。ノモン様……、いや、ジャレット様って呼べ」
「…………、やはり平民じゃないか」
イラつくノモンは再び殴り掛かるが寸のところで手を掴まれ防がれた。
「王宮騎士団長は騎士団長様って呼ばせるんだよ。国王陛下よりも下の分際で自分で自分の名前を広めようだなんてありえないんだよ。それが分かっていないあたりお前は平民だよ…………」
ゲイルは可哀想なものを見るかのようにノモンの顔を見た。ノモンは顔を真っ赤にして、取り巻きを見る。
「やれ」
取り巻きたちは一斉に殴り掛かった。
ミリーの悲鳴が聞こえる。いやネルカもだ。モルゼオが二人の肩を掴み教室にすら入れないように抑え込む。
教室内の生徒たちはゲラゲラと笑いながら見物する。
顔が痛い、腹が痛い、胸が痛い、腕が痛い、足が痛い、背中が痛い、頭がガンガンする、骨折れるんじゃないか?
倒れこめば蹴りを入れられる。容赦なく痛いところがさっきよりももっと痛くなる。
それでも……。
ミリーが受けた痛みに比べればマシだと思った。
ミリーは心も傷ついた。
俺の心はまだ傷ついていない。
こんなところで。
こんなところでっ!!!
「妹が泣いてるときにこんなところでうずくまってる兄ちゃんが居てたまるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
突然の怒声に驚き、ノモンたちは後ろにのけぞる。
蹴りから解放され、ゲイルは再び立ち上がった。
「全員立て。そして跪け」
「て、てめえ」
ノモンが殴り掛かるが、ゲイルがまた手で掴み防ぐ。
「全員立て。そして跪け」
「お、おい!やれ!」
ノモンが取り巻きにそういうが、異様な雰囲気を感じ取った取り巻きたちは動けずにいる。
「ここに居る全員に言ってる。跪け」
「ジャルマ先生、失礼します」
ネルカの声が聞こえた。教室に入ろうとするネルカを、今度はモルゼオは止めることなく入れる。
姫騎士リズの来室にDクラスの生徒全員がネルカに目を向けるが、彼女はそれを無視する。
彼女はゲイルに向かって歩き、だが途中で止まり。
傅いた。
Dクラスの生徒は皆唖然とする。なぜ姫騎士リズが傅くのか?傅くべきはこの農民ではないのか?
困惑する中、今度はミリーが教室に入り、傅いた。
続いて礼儀作法の講師のジェーンが、割烹着を着たおばさんが……。
「お、おい!何で傅いてるんだ!?」
訳も分からずノモンが素っ頓狂な声をあげる。
その問いに誰も答えず、モルゼオが口を開いた。
「悪いなゲイル・フォアワード様。俺は魔族だ。礼儀はわきまえている方だが、跪けと言われて素直に跪くわけにはいかない」
ゲイルはモルゼオの顔を見てコクリと頷く。興味本位で見に来たのだろう。この時間にAクラスとCクラスを担当している講師だろうか、二人はモルゼオに状況を確認しているようだった。
「おい!誰か答えろよ!」
苛立つノモンはミリーの傍に近寄り掴み上げる
「おい!奴隷!これはどういうことだ!!!」
ミリーは表情を変えずにされるがままだった。しかし、その手をモルゼオが掴んだ。
「跪けと言われて素直に跪くわけにはいかないが……、俺は明らかな無礼を見過ごす気もないぞ?」
モルゼオが腕を捻り上げるとノモンは痛がりながらミリーから手を放し、膝をつく。一度立たされたミリーは再び跪いた。
「な、何が無礼だよ!そいつは奴隷だろ!何か文句あるかよ!魔族の癖に!」
「平民。まだ分からないのか?」
ゲイルは先ほどから動くことなく、冷たい目でノモンを見下ろす。ノモンは怒りに満ちた目でゲイルを睨みつける。
けれどもゲイルはその睨みつけには応じず、再び教室を見渡す。
「俺が命令してる。全員さっさと椅子から立て。そして跪け」
教室の外で様子を窺う教員たちは中に入って跪きはしない。けれども、ジェーンは講師陣の中でも唯一跪いていた。礼儀作法の講師のジェーンが跪いている。その意味に気づいた生徒が椅子から立ち上がり、跪いた。
その姿を見て芋づる式に生徒たちは立ち上がり床に跪く。
取り巻きたちですら、その状況に恐れをなし、慌てて跪いた。
ただ、抵抗するのはノモンのみ。
「なんでだよ!なんでみんな跪いてるんだよ!」
その問いに対して初めて答えるものが居た。
「フォアワード侯爵家次期当主ゲイル様がそう命じているのです。従うのが礼儀だからです」
ジェーンは顔をあげずぽつぽつと呟くだけだった。
「訳分かんねえよ!それで本当に跪く奴が居るか!」
「分かっていないのはお前だ、ノモン・フェイン。平民のお前がなぜゲイル・フォアワード様の命令に従わない。平民なら黙って従え」
モルゼオはそのままノモンの頭を掴み顔を床に押し付ける。
「お前は平伏しておけ」
ゲイルはちらりと教室の外を見る。野次馬教員と目が合った。彼らの目が気にせず続けてくれと語っていた。客観的に見ると薄情だなと内心思ったが、口を開いた。
「話は聞いてる。フォアワード侯爵家が所有する奴隷、ミリーに対して暴行を加えたそうだな。今更誰がやったかはどうでもいい。その意味が分かっているのかを聞きたい」
傅く姿勢のまま誰も何も応えない。
「下々のお前らに教授してやる。フォアワード侯爵家の奴隷に手を出すことの意味を。元々ミリーはフォアワード侯爵家の養子にするつもりだった。だが慣例上奴隷をなんの条件もなく養子に迎えることは出来ない。俺の親父のロイド侯爵とおふくろのアシュリー夫人は国王陛下と相談の上で、ミリーをレーニアリス学園に通わせ、3年間無事に学業を終えられるようであれば奴隷身分の返上の約束を取り付けた。身分返上が決まればミリーの意志はどうあれフォアワード侯爵家に迎え入れる手はずだ。…………そのミリーに手を出すというのはな、フォアワード侯爵家の未来の令嬢に手を出すこと、そもそも国王陛下のご意思に邪魔立てすることを意味する。ここまで言えば十分だな?」
ゲイルの言葉を理解しているのか、理解していないのかは分からないが、異様な空気にDクラスの生徒たちは心の底から怯え、身体を震わせていた。
「さて、次は俺と敵対することの意味を教えてやる」
押さえつけられたノモンとその取り巻きたちを睥睨する。ノモンはまだゲイルを睨みつけていた。
「俺はフォアワード侯爵家の次期当主だ。それだけ言えば十分だろ?」
「お飾りのバカ息子が何を言ってやがる!」
いまだに歯向かうノモンを見てゲイルはある意味感心していた。この期に及んで自分の立場が分かっていない様子だった。
ゲイルはモルゼオに押さえつけられているノモンの下に歩み寄り、しゃがんで顔を覗き込む。
「確かに俺は取り柄が無い。バカ息子と言われても仕方ないな。けどよ、平民のお前に面と言われる筋合いはないんだよ」
ノモンの目には怒りが満ちているのが分かる。平民と再び言われより一層怒りが満ちているようだ。
「そもそもお前は勘違いしてる。王宮騎士団長とは言ってるが、ジャレット・ティングスティの爵位は何だ?」
「あ?王宮騎士団長は王宮騎士団長だろ!」
「それは役職の名前だ。自分の爵位も分かんねえのか?」
ゲイルがそう聞いても怒りをにじませた目で睨みつけるだけでジャレットを名乗るノモンは何も言わない。らちが明かず思わず溜息をついた。その溜息に一層苛立ちを見せる。
モルゼオの方を見ると「こいつの担当は俺じゃないから」と言うだけだった。どう言おうかと考えあぐね、ただ一言「爵位もあるのかないのか分かんねえ奴が王宮騎士団長を名乗んのかよ」と呆れの声を出す。それしか言えなかった。
「前世の爵位に何の意味があんだよ!」
「意味なんてねえよ」
「ねえんだったら……」
「意味なんてねえからネルカが跪いてんだろ。その意味も分かんねえのか?」
ノモンが閉口し、ネルカの顔を見ようとする。彼女は跪いてから一度も声を出さず、顔をあげていなかった。
ネルカは姫騎士リズだ。それも完全想起の。ノモンと違い単に前世が姫騎士リズではなく、リーゼロッテその人なのだ。前世だけで言えば、侯爵家の次期当主であるゲイルでも敵わない。彼女は勇者一行であると同時にツェッペンハーゲン王国の王女でもあるのだから。そんな彼女がゲイルに跪く理由は、前世が姫騎士リズであっても、現世はネルカ・スワローズ子爵令嬢。どんなに英雄的な前世だろうが、王家の血を引く前世だろうが、現世を生きている以上、現世の礼儀に従っている。
「そして無知なお前に一つ。この国の王宮騎士団長はな、精々爵位が高くても伯爵がなるもんだ。退役したら侯爵に格上げすることはあるが在任中は辺境伯よりも下の身分にしてんだよ。お前は爵位を言わなかった以上、前世は今の俺よりも格下だ。仮にお前の前世が同じくらいの侯爵だったとしても……、魔族と和平協定を結んだデュアン・フォアワードの末裔の俺とどっちが上だと思う?」
「はん!ご先祖様に頼り切って格上気どりか!そんなご先祖様たって元は奴隷じゃねえか!」
頭の悪い生徒を相手に頭を抱える教師の気持ちが分かった気がする。続ける言葉を何にするか考えているところでミリーが初めて口を挟んだ。
「ゲイル様。マクロウニ王子との件を」
「……いや。あの話はまだ公にするもんじゃ……」
「いえ。ゲイル様はしっかりと自筆のサインをされました。ここまで言っても分からない者にはしっかりと格の違いをお伝えすべきです」
「奴隷風情が口を挟むんじゃねえ!」
そう口を開いたノモンにモルゼオがもう一捻り力を加える。心なしか目をキラキラさせていた。
「……聞きたいか?」
「出し惜しみは研究者の心臓に悪い」
その言葉を聞いて思わずゲイルはくつくつと笑った。そして心を決めた。
「俺は先日、マクロウニ第三王子の後見人になった。ついでにジェシカ=ミアン第二王女の後見人にもなった」
相当驚いたのだろう。ネルカが跪いているのも忘れてゲイルの顔を見た。ゲイルはそれを咎めず、ノモンの顔をまっすぐ見る。
「あ?この期に及んで王族の後ろ盾をちらつかせるってか?小物だなお前!」
嘲笑を浮かべるノモンを差し置いて、ゲイルの発言の意味を理解した幾人かの生徒たちが驚きの表情でゲイルの顔を覗いた。その中には先ほどゲイルを殴った取り巻きも含まれていた。
「ここまで話して気づかないお前が小物だよ…………」
ゲイルは呆れながら立ち上がる。ノモンは何かと喚き散らすがもう相手にするだけの価値はない。ただ一言。
「誰が顔をあげていいと言った?」
その一言だけで、ネルカも、Dクラスの生徒たちもすぐさま顔を下げる。
(あ、ネルカに言ったんじゃなかったのに……)
内心ボケたことを考えながら教室を見渡す。
「小物を除いてまだピンときてない奴がいるようだから特別に教えてやる。確かに俺の入学の後見人は王族だ。だがな、俺はマクロウニ王子とジェシカ=ミアン王女それぞれの後見人でもある。二人それぞれが関わる婚約、結婚、王位継承、政……。その全てに於いて俺が二人の後ろ盾だ」
「僭越ながら補足いたしますと、御二方の後見人の依頼はマクロウニ第三王子自ら依頼されました。その依頼に基づいて御二方の王宮に関わる全ての責任をゲイル様は引き受けたのです」
ここまで言えば全ての者が理解できた。後見人とは単なる味方ではない。責任者だ。後見する人間の振る舞いすべてに対して責任を持つものだ。例えば王位継承で言えば、王位争いの中で明確に立場を示し、起こりうること全てに首を差し出す覚悟がある事。勿論中途半端な人間に後見人は務まらない。王族だってそんな奴に後見人を務めてほしくもない。いい加減な後見人が付いたとなればかえって立場を悪くするのだから。その上で、マクロウニ王子は自分とジェシカ=ミアン王女の後見人を依頼した。王位継承権で互いに衝突する可能性だってあり得るのに。その二人の後見人をマクロウニ王子が依頼し、そしてゲイルは引き受けたのだ。単に仲良しこよしの関係では済まされない。そこには対等な、そして重たい信頼関係がある…………。
チラリとだけノモンの顔を見る。目はいまだに怒りに満ちているが、ことの大きさにやっと理解できたのだろう。顔を引きつらせているのが分かった。
「さてと……。フォアワード侯爵家の奴隷に手を出すことの意味、俺と敵対することの意味が分かったな?」
頷きこそしないが、誰もが分かった様子だった。
「俺と敵対したことについては……。モルゼオに任せるよ」
「分かった。後始末含めて処理する」
まだ納得してない奴が一人いるが、もういい。全て終わったのだから……………………。
ガタン。




