30 自称お兄ちゃんの意地 前編
クライマックス突入です
ゲイルはネルカと教室に戻り、ミリーが戻ってくるのを待った。戻って来次第仲直りをさせるか、放課後まで待つか、考えていた。
しかし、礼儀作法の授業開始時間が刻一刻と迫る中、ミリーはなかなか現れない。どうしたのかと心配になっているところでいよいよ予冷が鳴ってしまった。
「ミリーの奴……、どうしたんだ?」
妙な胸騒ぎがするが、敏いミリーのことだ。もしかすると、仲直りの話題を切り出されることに気まずさを感じて敢えて遅刻しようとしているのかもしれない。
「ミリーさんはどうされましたか?」
礼儀作法の担当講師であるジェーン講師がゲイルを見て尋ねる。
「分かんない。流石に欠席はないと思うけど……」
ゲイルの言葉に「そうですか」とだけ応え、授業を始める。ミリーはどこで油を売っているのか?そんなことを考えながら、ゲイルは授業に専念することにした。
授業が半分過ぎたあたりで後ろの扉が開く。見るとミリーと割烹着を着たおばさんが立っていた。
「っ!?」
ゲイルは席を立ちあがりミリーの傍へと寄る。そして左手で後ろに隠している右手を無理やり引っ張り出した。
「……何があった?」
ミリーの右手は包帯を巻かれていた。それを見たクラスメイト達はひそひそと話し始める。
「気にするようなことはありません。それよりも授業中です。ランドスカー講師とクラスの皆様の迷惑となってしまいます。お席にお戻りください」
ミリーは平然と、いつもの無表情のまま応えた。ゲイルはちらりと割烹着を着たおばさんを見て再びミリーの顔を見る。それから右手でミリーの髪に手を伸ばした。
ミリーは思わず小さな悲鳴を上げるが気にしない。
「…………生乾きじゃないか。本当に何があったんだ?」
今度はおばさんの方に尋ねる。おばさんはチラチラとみてミリーを見て口を開けようとする。
「外を散歩していたところで花壇に転んでしまっただけです。服も髪も汚れ、手を切ってしまったので、手当てをしていただきました。おば様はそのことをランドスカー講師にお伝えしてくださると言われまして……、お断りしたのですがこうしてついてきてくださいました」
ミリーがそれっぽいことを言い、けれどもおばさんはうんともすんとも言わず口を閉ざす。
「正直に言ってくれ。何があったんだ……?」
もう一度おばさんに尋ねるが、おばさんは戸惑ったように口を閉ざしたままだった。
講師のジェーンはゲイルたちの傍に近寄るが、口を挟む隙を見つけられず、後ろでおろおろとしていた。
「ゲイル様。礼儀作法の授業中に礼儀作法がなっておりません。まずは席について落ち着かれてはどうですか?授業が中断してしまってるではないですか」
「何があったのか教えてくれ」
ミリーの言葉を無視し、再びおばさんへと尋ねる。おばさんは目をつむり悩んだ末、口を開こうと決心した。
その時。
「も、申し訳ございません。ゲイル様!」
ファーノが席を立ち口を開いた。皆の視線がファーノへと注がれる。
「へ、平民寮の食堂で……。ミリーさんが……」
言葉に詰まる様子のファーノ。「ファーノさん!」と叫ぶミリーを無視して「続けてくれ」と声をかけた。
「スープをかけられ……、転ばされ……、食器が割れているところを……、寮長が平手打ちして手を傷つけられました……」
ゲイルは無言になりただただ目を細めた。
「本当に申し訳ございません!私、怖くて……」
「誰がやったか分かる?」
ゲイルの言葉に「え?」と呟くファーノ。
「誰がやったか分かる?」ともう一度尋ねたところでファーノが応えた。
「スープをかけたり転ばせたりした方でしたら……、多分……、1−Dにいらっしゃった方だったと思います」
「そうか……。ありがとう」
そう言って、ゲイルはミリーたちを避け教室の外へと出て行った。
ミリーはこれから何をしでかすのかに察しがつき、慌ててゲイルを後ろから抱きしめとめようとする。
「お待ちください!ゲイル様!今はどこの教室も授業中です!騒ぎを起こせば問題になります!」
「関係ない……」
「関係なくありません!今のゲイル様に必要なのは貴族として何がふさわしいのかを考え、ふさわしいことを身に着けることです!高々私のことで騒ぎを起こす様では貴族としてふさわしいふるまいだとは言えません!ここは抑えてください!」
「知るか……」
「どうぞ聞き分けてください!私を困らせないで!あなたに無用な問題を抱えてほしくない!」
ミリーは必死になり何としてでもゲイルを行かせまいとする。ゲイルは動きを止めた。ミリーは安堵し、ゲイルを安心させようと笑みを浮かべる。
「私は大丈夫だから。一緒に戻ろう?」
その笑みは。
ゲイルの心を逆なでさせた。
初めて見るゲイルの人を殺しそうな形相にミリーは小さく悲鳴を上げてしまう。
騒ぎを聞きつけて他の教室から教員が様子を見に廊下を覗く。それを見て慌ててゲイルに教室に戻るよう諭した。
「さあ、戻りましょう。他の教室の授業にも迷惑をかけることになってしまいますから」
その言葉に、ゲイルはミリーの肩を掴んで言った。
「貴族だの箔だの……、もううんざりだ。俺の肩書じゃあミリーを一度も守れちゃいない。今までも……。きっとこれからも……。だからお前はここに居ろ」
そう言って、呆けるミリーを置き去りにし、二つ隣の1−Dの教室へと向かった。
我に返ったミリーは慌ててゲイルの後を追う。ゲイルは教室の前でちょうどその時間の担当教員と対峙していた。
「ゲイル様!早く戻りましょう!」
ゲイルはミリーの言葉を無視してその担当教員に口を開いた。
「どけ、モルゼオ」
「ゲイル様!」
ゲイルの暴言に顔を真っ青にするミリー。どの教室も教員だけでなく生徒までもが顔を覗かせていた。ただDクラスだけは生徒が顔を覗かせていないようだった。
「理由もないのにどくわけにはいかない。今は俺の授業だ」
「ミリーがこのクラスの奴に傷つけられた。それがきっかけでミリーはケガをした。これを見ろ!」
ゲイルにしては乱暴にミリーの右腕を引っ張り、巻かれた包帯を見せつける。突然のことにミリーは思わず痛みを噛み締めた。
「そうか。だが、それだけでは不十分だ。俺がネルカ・スワローズに言った言葉を覚えてるか?一生徒や一教員の都合で授業を荒らすわけにはいかないと。お前は言ってくれたはずだ。俺の話は貴重な話かもしれんと。それはこのクラスでも同じこと。お前の都合の為に授業の時間を削ってまで俺の話を中断するわけにはいかない」
「しょうもないことでアンタの授業を中断する気はない。だが、今回ばかりは邪魔させてもらう」
「なら俺を説得してみろ。お前は何故俺の授業の邪魔をしてまでこの教室に入る?この教室で何をする?」
「ゲイル様止めましょう!ジャルマ准教授の迷惑になります!」
ミリーの必至な言葉を無視し、口を開こうとしたところで、意外にもモルゼオがミリーを諭した。
「ミリー。この男の覚悟を見てやれ」
その言葉にミリーは押し黙り、ゲイルは冷静になった。
モルゼオはゲイルにチャンスをくれている。もし、本当に邪魔だと思うのなら、ジェーンや他の教員に頼んででもゲイルを引っ張り出せばいいのだ。しかし彼はそんなことをせず、ゲイルに問答の機会をくれている。ゲイルはモルゼオに言うべき言葉を選び整理し、そして言葉を紡いだ。
「確かにあんたの授業を邪魔することになって申し訳ないと思ってる。でもな、あんたの邪魔をしてでも俺はこのクラスに文句を言わなきゃなんねえ。ミリーは確かに奴隷だ。俺はミリーの兄ちゃんであろうとは思ってるが、外から見ればやっぱり奴隷だ。そう扱われても仕方ない……、とは思いたくないがそう扱われちまう。だがな、見下されることと手を出されることとは話は別だ。ミリーは俺の家の奴隷だ。今は所有権は俺になくても将来、親父から引き継ぐことになってる。傷を入れて引き継ぎたい次期当主が居るか?部外者が俺のものに手を出した。文句を言うのは当然だ」
ゲイルの言葉にモルゼオは目をつむりしばらく考え込む。
「ふむ……。しかし押しが足らんな……。お前なら気づいているはずだが…………。なら手伝おう。お前はミリーに対して何を感じる?ミリーの将来性を含め、どう感じる?ミリーとどうありたい?」
「どうありたいかなんて決まってるよ。俺が兄ちゃんでミリーが義妹だ。将来性だと?身分返上するのが分かり切ってるのに何を言ってんだ?俺んちはミリーを養子にする気満々なんだ。それだけ言えば十分だろ?」
「ふむ。分からんだろうな。奴らには。だからこそ、奴らに分かるように一言で言いたまえ」
モルゼオはゲイルの味方だった。いや、今はミリーの味方でもあるのかもしれない。廊下を覗いて事の成り行きを見守る者たちがかたずをのんでゲイルの言葉に耳を傾ける。
「未来の侯爵家の女に手を出したことの意味を分からせてやる」
その言葉を聞き、ミリーは顔を赤くし、モルゼオはニヤリとほくそ笑む。
「やはり分かっているではないか。君の課題点は考えの始めと終わりだけが思い付きで湧いて出てしまい、途中のロジックがごっそりと抜け落ちる点にある。生物学のルーカス・ボルドウェイ教授に似ているな」
そして扉を開き、道を開ける。
「あとは何を言うべきか分かっているな?俺はここで見守っていよう」
「ああ。本当に悪いな」
「何を言う。それがお前の信念なのだろ?俺はお前の信念を讃えて道を譲った。謝ることはむしろ俺の信念を傷つけることと知れ」
ゲイルはそのまま1-Dに入る…………。
モルゼオはゲイルの背中を見ながらミリーにだけ聞こえるようにぼそりと呟いた
「私を困らせないで……、か」
その言葉にミリーは顔をさらに赤くする。
「三年は長いようであっと言う間だ。本当に伝えたいことは全てが終わる前に伝えておくといい」
「…………はい」




