8 笑顔の魔法
「ここに指を入れんだ」
「・・・ん、うまく入らない」
なんだか卑猥な感じな会話に聞こえるかもしれないが、違う。
「よし、手を開けて」
「・・・うわあぁ」
チロルの目がギラギラと輝く。
何も無いはずの手の平から10円玉を出現させる手品を教えているのだ。
いやしかし子供って奴は飲み込みが早くて助かる。
「魔法使えるんだろ?魔法でどうにかできないのか?」
「無駄だよ。魔法なんて言ってるけど、出来ることは本当に少ないんだよ。」
そうだった。この世界の魔法は正直言って、大して使い物にならない。
炎や風、光などを作り出すことはできても、コインや花などの本格的な物質を作り出すことはできないのだ。
俺はそれを作ってしまったのだ。いや、作っているように見せてしまったのだ。
それにチロルの魔力は少ないようで、手の平の炎を作ることが限界らしい。
「もう一回・・・あっ」
チロルの手から10円玉がポロッと落ちる。
「まだまだだな」
俺は床に落ちた10円を右手で拾い、左手でパチンと指を鳴らす。
すると・・・?
「!!!こんなに沢山!!」
俺の右手には100円玉が6枚乗っかっていた。
もしここに100円玉が100枚程あったら面白かったのに、俺の財布の小銭はこれしかなかった。
仕掛けも単純で、服の袖に100円玉をあらかじめ隠しておいて、拾った10円玉は逆に袖に入れて隠す。
手順やトリックは簡単だが、いかにそれっぽく見せるかがポイントなのだ。
「チロルも練習すればできるようになるよ。」
「ほんと!?」
最初は無口な子だと思っていたが、なんだ。普通に元気な女の子じゃないか。
こんなにマジック・・・じゃない、手品を楽しんでいる子を見るのは久しぶりだ。
この子はセンスもあるし、俺はとんでもない逸材を見つけてしまったのかもしれない。
なんて考えていたその時!
「うぉ~い、飯だぞチロル!今日は魚の・・・って」
「・・・あっ」
急に部屋の扉が開けられ、そこにエプロンをしたガタイの良い男が立っている。
そのエプロン男は俺の姿を捉えた瞬間、身体全身に熱を溜め込み始めているのを感じた。
「む・・・む・・・娘は誰にもやらんぞぉぉ!!!!!!!」
スピーカーの音量MAXかと思うほどの大ボリューム。
おもわず吹き飛びそうになった。おまけに耳がキンキンして痛い。
「誤解です!そうじゃなくてですね!」
「誤解も十回もあるか!男って時点で・・・ってお前!さっきの坊ちゃんじゃねーかぁ!」
え?何だって?
あ、良く見ると見覚えのある顔!さっきの道具屋のおっさんじゃないか!
「あっ!さっきのおっさん!」
「おっさんって言うな!これでもまだ若いんだぞ!?・・・ん?ってことは、さっきの代金を払いにきたってか?そりゃ誤解してたわ!すまんかった!」
「だからお金なんて持ってないけど・・・」
「はぁ?じゃあ何で」
「ちょっと待ってパパ!」
チロルが大声を上げ、注目を集める。
俺とおっさんはチロルを見る。
するとチロルはニコニコしながら椅子から立ち上がった。
「ここにコインが1枚あります。」
「え?」
チロルは右の手の平に乗っているコインをおっさんに見せる。
おっさんは何をする気だという顔で、そのコインを見つめる。
「そして、このコインをぎゅーっと握ります!」
言い方可愛いなぁ。女の子のマジシャンって全然居ないんだよなぁ。
「そしてこの右手に魔法を掛けます!ちちんぷいぷい!」
やっべ、俺がさっき適当に教えた魔法の呪文、早速使ってやがる!
おっさん、俺を睨むな!俺のせいではあるけどさ!
「さて、ここで手を開くと・・・!?」
チロルが手の平をおっさんにつきだす。
一瞬、おっさんの表情が凍りつく。
「う、うおおおぉ!!」
「はい、コインは消えてしまいました〜!!」
開いた手にはコインは無く、チロルは見事消失マジックを成功させたのだ。
初めてにしてはよくやったと、俺は思わず拍手。
おっさんはポカンと口を開けたまま、固まっている。
その様子を見たチロルの目が、またキラキラと輝く。
「どうだった?パパ、ハセガワさんが教えてくれたんだよ!」
おっさんに気を使ってなのか、さん付けになっている。
「・・・え?そ、そうなのかぁ?」
おっさんが口ポカンモードから正気に戻る。
「うん!ハセガワさん、凄い魔法をいっぱい知ってるんだ!だから教えてもらってたの!」
瞬発力も優れているとは、この上ない才能の持ち主のようだ。
「す、すげーなぁおい!さすが我が娘だ!やれば出来る子だなぁ!」
おっさんに頭を撫でてもらっているチロル。
凄く嬉しそうな表情だ。こっちもニヤけてきやがる。
「あんたも、タダの貴族の坊ちゃんじゃなかったんだなぁ!今日は飯食ってけ!」
「飯はありがたいけどさ、俺の頭に手を置くのはやめてくれません?」
「ダハハハハ!!」
さっきまでのピリピリした感じとは打って変わって、笑顔の耐えない空間が部屋中に広がっていた。
チロルも、おっさんも、そして俺も、こんなに笑顔だ。
これぞ魔法だ。笑顔を作り出せる魔法。
この空間を作ることが出来る、それがマジシャンなのだ。
「ハハハ・・・ところでさ、さっきのコインはどこへ行ったんだ?チロル」
「え!?・・・っと、それは・・・その~・・・」
まさか、「服の袖の下に隠してます」なんて言えるわけないよな。
チロルの困った表情は見ていて楽しいが、仕方が無い。師匠として、助け舟を出すこととしよう。
「おっさん、そのエプロンのポケットを探ってみ」
「はぁ?」
おっさんが自分のポケットを探りだす。
「え?なんだこれ?・・・うぉっ!!!」
「どうしたのパパ?」
おっさんは衝撃のあまり、それを地面に落す。
それはチャリンといい音を立てながら、床に転がった。
ある意味、一段落終了です。
ストーリーを考えるのが楽しいです。マジで。
そして8話まで投稿してきましたが、今回が一番気に入っています。