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92話

 こういう時、俺達はヒーローなんだな、と思う。

 全員、迷わず一斉にバルコニーから外に出て、一直線に街を目指し始めた。

「あっ、双子置いてきちゃった。……フィールド、あった方がいいよね?」

「いや、今回はやめておこう。……街への被害を食い止めるにはいいが、多分、あのレベル相手じゃ2人の『賭け』は分が悪すぎる」

 古泉さんは移動しながら端末を取り出して双子に連絡を取った。簡単な説明をして、留守を頼んだらしい。

「さて、留守は2人に任せるとして、俺達は……あれとどう戦うか、だな」

 端末を懐にしまった古泉さんが、緊張の浮かぶ表情で見る先、街の一角から立ち上る煙と火……そして、それらの印象を凌駕する、巨大なアイディオン。

「Lv100、か。……10年前の再来だな、まるで」

 Lv100。絶望的な数字がそこに浮かんでいた。




「おい、『スカイ・ダイバー』。『ポーラスター』にはフィールド系のヒーローがいなかったか」

 高速で空を移動する最中、他の事務所のヒーロー達もひたすら作戦会議、とまではいかないにしても、簡単な打ち合わせをしていた。

『ビッグ・ディッパー』の『ライト・ライツ』がこちらに近づいて、古泉さんにそんなことを聞いた。

「留守番だ」

 そして、古泉さんがこう答えると、『ライト・ライツ』は唖然として、それから激昂する。

「こういう時こそフィールドで街への被害を少なくすべきだろう!」

 しかし、激しい声にも古泉さんは動じなかった。

「あれよりもっといい手段を用意するよ。……真君」

 そして、俺を見る。

 ……古泉さんが初めて俺に向ける顔だった。

「所長として命じる。フィールドか、それに準ずるものを作って、街を守ってくれ。……或いは、あのアイディオンをそれよりもっといい方法で無力化できるなら、任せる」

 当然、そのコストは古泉さんも知る所だろう。

 今度は27日じゃ済まないかもしれない。

 Lv100のアイディオンを倒すための嘘を吐くのだ。1年位は安い物か。

「分かりました。お安い御用です」

「すまない。……『カオス・ミラー』。あのアイディオンに化けられるか」

「やりますよ。コピーしてみせます。あのアイディオンがどんなもんか知りませんけど、俺、最強になるんじゃないですか」

 恭介さんは緊張気味ながらもどこか楽しそうな顔をしている。

 相手が強い異能を持っていればそれだけ、恭介さんが強くなる。

 あとは、相手の異能が余程変な物でないことを祈るだけか。

「『パラダイス・キッス』。お前は街の人達の救護を」

「あいさー」

 茜さんは緊張の中に不安もあるらしいが、それを口にするような人でも無かった。

 仏頂面にも見える表情でゆるく腕を上げて敬礼して見せた。

「『カミカゼ・バタフライ』」

「分かってる。私は真君の側にいる。嘘を吐くまで、真君を死なせない」

「よし。……なら、あとは全力を尽くすだけだな。盾役は俺がやろう。恭介君や真君は思う存分俺を盾にしてくれ」

 古泉さんはにやりと笑うと、更に速度を上げた。

 俺はそれに無理に付いていくことはせずに、考える時間を取る。

 ……嘘は一撃必殺、先手必勝。

 最小のコストで、最大の効果を。

 ……実はもう、どうしようもなく最強な手段を1つ、見つけてしまっているのだ。

 できればやりたくない。失敗した時のリスクが大きすぎる。

 けれど、今回のケースでいけば、そもそもアイディオンを倒せないリスクの方が圧倒的に大きくて、一瞬でアイディオンを倒せるなら、そうした方がいいのだ。

 ……だから。

「恭介さん、あの」

「俺、死んだ方がいいですか」

 恭介さんにだけ聞こえる位の声で伝えれば、最小限のやり取りで伝わった。

「はい」

「……生き返らせてくれるんですよね」

「はい」

 恭介さんは小さく息を吐いた。

「……ま、古泉さんは俺が普通に戦うと思ってるし、真さんがフィールド作ると思ってる。他のヒーロー達にもそういう事言えば大体信じてもらえますかね」

 古泉さんは意図してかどうか分からないけれど、『至極真っ当な戦い方をする想定』をしている。

 だから、その陰で俺達が『真っ当から外れた戦い方』をするための下地は既にあるのだ。

「勝算は」

「100%。少なく見積もっても9割は保証します」

 当然、そんな事は無い。

 アイディオンに異能封じされたら俺も恭介さんも死ぬだろうし、想定外はつきものだ。

 だからこそ、その想定外を出される前に『同士討ち』してしまおうとしている訳だけれど。

「成程。……よっぽど自信があるみたいですけど、前にもやったりしてるんですか?……もしかして俺、もう1回死んでたりして」

「かもしれませんよ?」

 嘯いてみせれば、恭介さんは少し笑って前を向いた。

「……さて、じゃあ、最初っからかっ飛ばしていきましょう」

 目前にLv100アイディオンが迫っていた。




 最初に目に入ったのは、壊れた街並み。

 聞こえてきたのは人々の悲鳴、あちこちで物が壊れる音。

 そして次に、ヒーロー達が戦い、あっけなく倒れていく姿が見える。

 俺は恭介さんと目を合わせて、恭介さんが相手の状態や能力をコピーできる距離にまで近づく。

 桜さんは俺達を見て、少し距離を取りながら俺達より前方に位置を取った。

 そこで一気に煙幕めいた幻影を展開する。

「うわ」

「なんだなんだ」

 勿論、他所のヒーロー達を巻き込んでしまうが仕方ない。

 その煙幕に巻かれて見えなくなったところで、俺は恭介さんを連れて建物の影まで一気に距離を離す。

「……じゃ、いきますからね」

「はい。どうぞ」

 俺以外誰も見ていない所で、恭介さんはナイフを腹に突き刺した。




 煙幕を晴らして、あとは倒れたアイディオンの側に恭介さんの幻影を出しておけばいい。

 ……しかし、その煙幕の幻影は、俺が消す前に消え失せる。

 一気に晴れた視界の先にあったのは、無傷のアイディオンだった。


「恭介さん!」

 恭介さんは腹にナイフを刺した状態で……でも、まだ死んでいなかったらしい。

「……真さんの『無傷の』状態を映させてもらいました。間に合ったみたいですね」

 恭介さんは血に染まった腹の辺りを触って確認している。

 そこに刺し傷はもう無かった。

 俺の状態をコピーして、無傷になったらしい。

「……とりあえず、失敗したって考えていいんですかね、これは。真さん、なんか分かりますか」

 ……俺にも分からないが、1つ確かに言える事は、あのアイディオンにこの戦法が使えそうにない、という事だった。


「真君」

 そこに桜さんが飛んできた。

「何かやったのは分かったけれど……今、何がどうなってるの」

「アイディオンを空間に閉じ込めようとしたんだけど、阻まれた」

 桜さん相手だけど、いや、桜さん相手だからこそ、さらっと嘘を吐く。

 桜さんはそれを信じてくれたらしい。

 ありがたい。俺の嘘と恭介さんの異能を使った戦法については、俺と恭介さんだけが知っている状態がベストだ。

 今後同じ手を使う可能性を考えても、今、ここで桜さんに真実を伝えるべきじゃない。


「桜さん、見ていて、あのアイディオンの異能はどんなかんじか、分かる?」

 依然、ヒーロー達は戦っていた。

 が、その数をもってしても、アイディオンが優勢なのは見てすぐ分かった。

「よく、分からない……切られたり、爆発したり……攻撃方法がいっぱいで」

 ……どういうことだろう。

 俺は、あのアイディオンは『相手の異能を無効化する』異能だと思ったんだが。

 逆に、そうでなかったらあのアイディオンが無傷でいられる意味が分からない。

「攻撃は通ってる?」

「全然、通らないの……」

 ……ということは、防御系の異能なのか?

 いや、でも、『切ったり爆発したり』している。

 ということは、単純に防御力が高すぎるだけで、異能は一切関係ない……いや、無い。それは無いな。

 恭介さんの異能によって、恭介さんの負った傷はそのままあのアイディオンに映されるはずだった。

 それすら無かったんだから、そこには何らかの異能が働いたと考えるべきだろう。

 ……切ったり、爆発したり。そういった多彩な攻撃手段と、恭介さんの異能ですら傷つかない防御。

 一体、どんな異能だったらそんなことが可能になる?

 複数の異能を持っているのか、或いは、ソウルクリスタルを大量に使い捨てているのか。


 そうこうしている間にも街は破壊されていくし、ヒーローは傷ついていく。

 なんの解決にもならないけれど、ひとまず、壊れた建物に『直った』幻影を掛ける。

 ……掛けた。

 掛けたのに、掛からない。

 試しに、アイディオンに傷の幻影を掛ける。

 ……掛からない。

 俺の手に、炎の幻影を灯す。

 ……灯った。

「桜さん、街の人達がどこに避難してるか分かる?」

「総合体育館、だけど……」

 何故幻影がアイディオンや街の建物に掛からないのか。

 それは、俺よりレベルの高いアイディオンがそういう幻影を掛けているから。

 何故アイディオンが傷つかないのか。

 それは、アイディオンが『傷ついていない幻影』をずっと自分に掛けていて、それを俺達が信じているからだ。

「そっちは俺が行く。桜さんはここに居るヒーロー達に伝えて欲しい。アイディオンの異能は『嘘』の異能だ、って」


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