90話
起きたら朝だった。
夕飯も食べずに夕方からずっと眠り続けていた訳で、半分ぐらいは『嘘』のコストだったのかもしれない。
部屋を出て応接間に行くと、そこではソファで寝ている茜さんと、事務仕事をしながら床に転がっている『ミリオン・ブレイバーズ』の連中を見張っていたらしい古泉さんがいた。
「ああ、おはよう」
意図してか、古泉さんは俺の名前を呼ばない。
「おはようございます。……カミカゼは?」
「まだ寝てるみたいだ。やっぱり疲れてたんじゃないかな。起きたら見張りを代わってもらいたいが……いや、彼女には任せない方がいいか。……おい、パラキス、起きてくれ。俺、もう眠い」
古泉さんは茜さんを揺すって起こす。
「ふあ……あー、寝た気がしない」
「7時間以上寝てるぞ」
「ちゃんと布団で寝ないとカウントされないんですぅー。……あれ、きょ……ん、『カオス・ミラー』は?」
「外に出て異能使う練習してる」
古泉さんの言葉に驚きながら外を見ると、恭介さんが宙を飛んだり跳ねたりしていた。
「俺の異能を映してるんだそうだ。一番強そうだから、だとさ。……なんか嬉しいなぁ」
ゆるい笑みを浮かべた古泉さんは、茜さんと一言二言話すと部屋に入っていった。古泉さんだってここ数日、碌に休憩していない。そろそろ限界なのだろう。
そうでなくても、体が資本なのだから、休める時に休むべきだ。
「んー、ま、カミカゼいなくても大丈夫かな。一応双子呼んでおこっか?」
「双子はまだ寝てるんですか?」
「んにゃ?……えーと、ね、んー……ん。サンマしてる」
……三面麻雀をやっている、ということは、面子が1人多い、ってことで、つまり、ロイナと遊んでいるのだろう。
そういえば、金鞠さんはここで寝泊まりすることになっているのだ。そしてロイナはここに預けてある訳で。
「大丈夫なんですか」
「ま、双子は部屋から出ないつもりらしいから」
つまり、ロイナが『ミリオン・ブレイバーズ』の連中の目に留まることも無い、と。
「ならいいんですけど」
ロイナは一応、『ミリオン・ブレイバーズ』が開発していた人造アイディオンだ。
ここに居ることが分かったら何かと厄介そうだった。
「何か食べる?」
「カミカゼが起きてからにします」
「あー……そだね。じゃあ、お茶だけ淹れるね」
見張りの人員不足の中でのんびり食事なんてとっていられないから、桜さんを待った方がいいだろう。
けれど……生憎、腹が減っている事は事実なので、お茶と茶菓子だけつなぎに貰っておくことにした。
それから30分程して、桜さんが部屋から出てきた。
「おはよう、カミカゼ」
ヒーローネームの方で呼べば、桜さんの表情が引き締まる。
「おはよう。……この人たち、どうするか決まった?」
「まだ。『スカイ・ダイバー』が起きたら、かな。さっき寝たばっかだから、お昼位までは寝かせといてあげたいし。その後で『スターダスト・レイド』の人たちとか、他のヒーローとか適当に呼んで会議、ってかんじらしいよん」
……だったら今から来ておいてもらう事は出来ないだろうか。
いくら相手の無力化に成功しているとしても、こいつらを床に転がしておくのはそこそこ怖いんだが。
「……そう」
「じゃ、とりあえずご飯、こっちに持ってくるから見張りよろしくねん」
桜さんが来たので、安心して茜さんが抜けられる。
茜さんは食堂へ下りて行き、応接間には俺と桜さんと床の連中だけが残された。
「眠れた?」
桜さんの分のお茶をポットから注いだ所で、桜さんはぽつん、と急にそう尋ねてきた。
「ぐっすり。……コストだったのかもしれない」
「そっか。……そうだよね。がんばったもんね」
桜さんは礼を言ってからカップに口を付ける。
「眠れなかった?」
そんな桜さんに問えば、桜さんは俺を見て、小さく頷いた。
「……頭の中が、いろんなものでいっぱいで。どうしたらいいのか分からなくて」
なんで桜さんが、とは聞かない。
それが義憤だったとしても十分正当な理由になるし、そうでなかったとしたら、余計に俺が口を挟むべきじゃないと思う。
「そっか」
だから、紅茶を飲みながら茜さんが持ってくる朝食を待つだけにした。
茜さんが目玉焼きを乗せたトーストとピザトーストを持ってきて、全員で一緒に食べることになった。
こんがりと焼けたトーストにバターを塗って、塩胡椒で味を付けた半熟の目玉焼きを乗せただけのトーストはパンの甘さと卵の黄身の濃厚さが絶妙に美味かったし、ピザトーストは溶けたチーズの油気をトマトソースの酸味が中和してくれて、やはりこれも単純ながら美味しかった。
あまり食欲が無さそうだった桜さんも、ちびちびとゆっくりした速度ではあったけれど、用意された分を完食していた。
「『パラダイス・キッス』もご飯、まだだったの?」
「や、単にまた小腹が減った、ってだけかな」
そういう茜さんも、しっかりトースト2枚分を食べきっている。
「……ところで、こいつらの食事って」
「ぜんっぜんなんもしてないや。ほら、下手に拘束解いたら暴れられそうだし」
……後で給水だけでもさせないとまずい気がしてきた。
「ねえ、『パラダイス・キッス』は、この人たち、どうしたらいいと思う?」
トーストの後にもう一杯紅茶を淹れてもらって飲みながら、桜さんがそんなことを言い出した。
茜さんはほんの少し考える素振りを見せてから、実にあっさりと答える。
「ぶん殴ってぼっこぼこにしてからヒーロー協会に突き出す。折れる骨が肋骨で済むと思うなよ、ってかんじに」
実に単純で、明快で、いっそある種の好ましさを感じさせる、茜さんらしい答えだった。
「そっか。……私は、それじゃ足りない気がする」
「へー。なんか珍しーね。……じゃあ、何したらいいと思う?」
茜さんが身を乗り出すと、桜さんは困ったような顔をする。
「分からないの……この人たちが、自分達がやったことがどういう事なのか知らないのが許せない、んだけれど、でも、この人たちが知ることって、無いと思うから。……この人たちも、ソウルクリスタルを持ってたら……砕くのにな」
桜さんの目の中に、ちらり、と激しい炎を見た気がした。
俺が今まで見てきた桜さんの、落ち着いた鋭さとは真逆の、激しさを感じる。
「あー……そっか。そうだね。うん。……んー、何とかならないかな。そこらへん、かな……えーと、えーと……あー……うん、唯子さん、に聞いてみたらなんとかなるかも」
唯子さん、というのは……金鞠さんの事か。
「あー、唯子、ってさ、私のママと名前一緒なんだよね。呼びにくいったら……」
何かと会話が不便なので、床に転がしている連中をもう一度茜さんが寝かす事にしたらしい。
異能を使う労力より会話の労力が上回る、ということなのだろう。
「っはー、よし。えっとさ、人造ソウルクリスタルって、アイディオンから作ってるらしいじゃん?ソウルクリスタルを作るのに意志が必要で、その為にアイディオン使ってる、っていうんだったらさ、それ、人間で代用できないのかな」
「それを砕いた所で俺達にとっての『ソウルクリスタルの破壊』と同じ結果にならない気がするんですが……」
桜さんの意図としては、ソウルクリスタルを分解される、ということの苦しみを味わわせてやりたい、という事なんだろうけれど、それをやる為にはまず連中自身のソウルクリスタルを入手することになる。
しかし、ソウルクリスタルは全ての人にある、とも言われているが、それを形にできるのは限られた人たちだけでしかなく、そのあたりを考えるとどうも、『目には目を』を行うのは難しい気がする。
……桜さんの言う所の『知らないのが許せない』は、罰することができない、心から反省させることができない、という事への悔しさなんだろうか。
「そこらへんも会議で、かなー。……とりあえず、他の人達の意見も……特に、『スターダスト・レイド』の人達の意見は聞いた方がいいだろうし」
『ミリオン・ブレイバーズ』一番の被害者は、間違いなく無為に死なされたヒーローの卵達だ。
しかし、その次位には『ミリオン・ブレイバーズ』に居たヒーロー達がくるのではないだろうか。
ばらばらにされた訳ではないが、彼らも彼ら自身のソウルクリスタルを捻じ曲げられたのだから、その苦痛は計り知れない。
……あの日、ヒーローショーの裏側で『発作』を起こして苦しんでいた『エレメンタル・ナイト』(当時は『エレメンタル・レイド』だったわけだけど)の姿を見ている身としては、彼らの苦しみを蔑ろにはできなかった。
「ちなみに、真君自身はどうしたい、とかある?一応、真君もけっこう重大な被害者だし」
俺は……死にはしなかったけれど見捨てられ、治ったけれどソウルクリスタルを分解された。
そういえば、給料も未払いだな。いや、死んだと思われてるからしょうがないんだろうけれど。
……けれど、俺は『スターダスト・レイド』のヒーロー達や、死んでいったヒーローの卵達とは違って、あれをきっかけに、今、すごく楽しく生活することになってしまった。
だからか、俺は、俺個人の怨みというよりは、義憤、という形で『ミリオン・ブレイバーズ』を憎んでいるらしい。
その上で、正しいと思える裁きを下すとしたら……やっぱり。
「俺は、奴らのソウルクリスタルを砕くのが一番いいと思いました。可能かどうかは置いておいて」
それが意志なのか、魂なのか。まだ分からないけれど、それを砕いてやるのが、奴らに相応しい報いのような気がする。




