85話
「何故だ……」
ひたすら落ち込んでいる恭介さんを見て、俺達は何も言えない。
そりゃ、新しい装備を装備する為に既存の装備を捨てたら新しい装備は装備できなかった、みたいな……その、2を得るために1を捨てたら結果0になってしまった、みたいな……。
とにかく、恭介さんにとって致命的な損害であることは間違いないのだ。
「ソウルクリスタルが干渉していたんだからソウルクリスタルを砕いた今、干渉の原因が取り除かれていて然るべきでなのになんでまだ干渉するんだ……」
通常時の200%増し位の暗さで絶望している恭介さんを見て、ふと、桜さんが食卓から早生のミカンを手に取った。
「恭介さん」
そして、恭介さんが振り返るや否や、そのミカンを投擲する。
……桜さんはか弱い女の子に見えるが、実態はLv9ヒーローだ。
その投擲により、例え球がミカンであったとしても、十分な速度および衝撃を伴って恭介さんに命中する……はずだった。
「っ、……なんですか、桜さん」
「……今の、結構本気で投げたん、だけどな」
恭介さんは振り返ったその瞬間に猛スピードで飛んできたミカンを、その手に受け止めていたのだった。
「うそだーっ!俺、まだガキな自覚はあるけど!あるけど、恭介さんのもやし腕に負ける謂われはねーと思ってたのに!」
「コウ、それはちょっと酷いよ」
「うるせー!恭介さん!次は左手な!」
……現在、恭介さんはひたすら腕相撲を繰り広げている。
そして、その結果……非戦闘型とはいえ、曲がりなりにも『ヒーロー』であるコウタ君とソウタ君をうち破り、桜さんにも力で勝ち、恐らくこの事務所で古泉さんの次に身体能力の強化が大きい俺には流石に負けるにしろ、それでも長時間拮抗する、という恐ろしい結果になった。
「……恭介さん」
そして、俺達はこういう結論に至らざるを得なかった。
「本当に、ソウルクリスタル、無いんですか」
きちんと調べてみる為に、俺と桜さんが手伝って(とはいっても、恭介さんの指示通りに動いただけだけれど)恭介さんの異能測定を行った。
そして、その結果。
案の定というか、ソウルクリスタルが出てきた。
「……恭介さん、前のソウルクリスタルと同じものですか?」
「いや、前のとは明らかに違うと思うんですけど……サイズも色も違うし……」
恭介さんの手の上にあるそれは、透明感のある、強く明るいシーグリーン。
鮮やかで鋭い色合いは、割れたガラスの鋭利な断面を思わせる。
そして、そのサイズは手のひら大。
つまり、俺や桜さんのソウルクリスタルと大体同じぐらいのサイズだ。
そして、異能検査の結果も良く分からないものだった。
「……これ、なんだろう」
「エレメントじゃ、ないみたい、だけど……幻影系?防御、壁……鏡?」
「それ前と同じじゃないですか!」
異能検査の数値自体は、幻影や防御、といった、よく分からない取り合わせの活性を示している。
しかし、唯一はっきり分かることがあった。
「……まあ、身体能力の強化は、高め……ですね、これ……」
身体能力の強化具合が、桜さんと同程度にまで高い数値を示していた。
「とりあえず変身してみたらどうですか?」
「あー……そう、ですね。うん、そうだ。……あ、じゃあ俺、カルディア・デバイス作るんで、暫く篭ります」
異能を使える、という実感は無いらしいから、とりあえずまずは変身だ、という事で、恭介さんは部屋に篭った。
きっとご飯も後で食べる事になるんだろう。例の如く。
恭介さんの実験室のドアは、『立ち入り禁止(茜さんもです)』の張り紙を張り付けて、しっかりと閉まった。
「ただい……え、恭介君、また何か始めたの?」
暫くして、茜さんと古泉さんが金鞠さんとロイナを連れて帰ってきた。
そして茜さんは真っ先に恭介さんの実験室のドアの張り紙を見て首を傾げる。
「恭介さんのカルディア・デバイス作ってるみたいです」
「あ、『他人のソウルクリスタルで変身できるカルディア・デバイス』?」
……俺と桜さんと双子は顔を見合わせて……。
「出てきたら分かると思いますよ」
なんとなく、黙っておくことにした。
恭介さんが出てきたのは翌日の朝だった。
「……古泉さん」
ぎ、と音を立ててドアが開き、恭介さんの顔が覗く。
「ちょっと、殴り合い、付き合ってもらえませんか」
疲労こそ濃いものの、影の無い笑みを薄く浮かべて、恭介さんは古泉さんにそう、持ちかけた。
「……恭介君、本当に、良いんだな」
「はい」
「茜が間に合わないような事態にするつもりはないが、痛いのは覚悟しろよ」
「……古泉さんこそ」
事務所から数百メートル離れた位置で、古泉さんと恭介さんが向かい合うのをヒヤヒヤしながら俺達は見ていた。
現在、古泉さんも恭介さんも変身している。
恭介さんはカルディア・デバイスを作り変えたはずなのだけれど、変える前と殆ど何も変わらない。
ただ、以前は紫色をしていたはずの恭介さんの瞳が、例のガラスのような色に変わっている。
「じゃあ、行くぞっ!」
先に動いたのは古泉さんだった。
かなり手加減しているのが分かる。
本気で殺しあったりするのならば、古泉さんなら間違いなく真っ直ぐ突っ込む、なんてことはしないだろうから。
恭介さんは古泉さんが突っ込んでくるのを見て、にやり、と、笑った。
……そして、古泉さんの拳が恭介さんの鳩尾に叩き込まれようとしたその時。
恭介さんは、古泉さんとそっくり同じような動きをした。
そして、お互いの拳がお互いの鳩尾に入り、しかし、その勢いからは考えられないことに、古泉さんは微動だにしないし、恭介さんもややふらついただけだった。
「……驚いたな、っ!」
そして、古泉さんは瞬時に身を翻し、およそ有りえない体勢から蹴りを放つ。
恭介さんは一瞬迷ったようなそぶりを見せたものの、防御の構えを取った。
そして、古泉さんの回し蹴りが恭介さんを横から襲い……恭介さんと古泉さんが同時に吹き飛んだ。
……それから数分、2人は殴り合ったりなんだりして、その結果、俺達にもなんとなく、恭介さんの異能が分かってきた。
多分、恭介さんは『自分の状態の変化を相手にそっくりそのまま与える』だけでなく、『相手の状態の変化や能力を自分にそっくりそのまま与える』こともできるようになった。……或いは、それに近い効果を得ているのだろう。
「しかし、恭介君はソウルクリスタルを壊す前からもう今のソウルクリスタルを持ってた、ってことか?」
「どちらにせよ、前のソウルクリスタルがあった時に今のソウルクリスタルの身体能力強化とかの効果が出てなかったのは事実なんで……前のソウルクリスタルが却って、俺の枷になってた……っていうか、ぶっ壊した衝撃でいい加減変わらざるを得なかった、っていうか。そんな感覚です」
暫くして、お互い満身創痍……いや、古泉さんは自前でさっさと回復してしまって、恭介さんだけが茜さんのお世話になりながら、そんな話になった。
「だとしても、結構珍しいケースだよね。ソウルクリスタル壊れたのにしらー、っとしてて、しかも新しいソウルクリスタルができちゃってヒーロー続行、とかさ」
普通、ソウルクリスタルが砕けたら、立っていられない程度の衝撃を心身に受ける、らしい。
恭介さんと同時にソウルクリスタルを砕かれたアイディオンが膝を付いて震えたのは、当然の事なのだ。
……そして、言うまでも無く、2つ目のソウルクリスタルが生じるのは珍しいケースだ。
「まあ、俺の前のソウルクリスタルってプラスの感情から来てたものじゃ無かったと思うんで……だから壊れて却ってよかった、っていうか。すっきりした、みたいな。……どうせ俺の異能、俺にとってもう、必要な物じゃなかったと思うんで」
「……恭介さんに、とって?」
桜さんの問いに、少し言い淀んでから恭介さんが返す。
「『ポーラスター』に来て、いきなり環境、良くなっちまって。……だから、俺が俺の為に異能でやり返す必要があんまり無くて。むしろ、逆で。……で、その手段として、俺は多分、やり返す以上を望んじゃったんじゃないかと、思います」
恭介さんは今まで、『勝つ』ことはできなかった。
異能封じされたりして『負ける』事はあっても、『引き分け』に持ち込むことはできても、『勝つ』ことはできない異能だったのだ。
……そして、それを望んだのは、多分。
「まだ把握しきれてないんですけど、今の異能を使えば、コピー系の異能に近い事もできると思うんです。戦い方によっては、引き分け以上の事ができるようになる。……多分、もう俺が足引っ張る事はしなくて済むんじゃないかと」
「私は、今まで恭介君が足引っ張った事があったとは思ってないよ。……うん、でも、恭介君が強くなったのは単純に嬉しい!」
……多分、恭介さんにとって一番の変化は、茜さんだったと思う。
案外、恭介さんは色々諦めてるように見えて、見栄っ張りなんじゃないだろうか。いや、見栄を張りたくなった、と言うべきなのかもしれない。
そういう変化があって……前のソウルクリスタルを砕いたことで、殻を破るきっかけになった、と。
「あー、もー、やだなぁ、やだなぁ、恭介君が2割増し位でかっこよく見える!」
とりあえず、茜さんはやたらと嬉しそうだった。
恭介さんも、分かり辛いながらも、嬉しそうな表情を浮かべていた。




