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83話

「恭介君!」

 茜さんが悲鳴と共に、恭介さんに向かって身を翻したが、またしても茜さんに向かってアイディオンの異能が殺到する。

 しかし、恭介さんが右手首の切断面をナイフで抉ると、流石にアイディオンも動きを止めた。

 アイディオンの怪我は古泉さんからコピーした異能ですぐ回復するが、与えられる痛みはどうしようもないのだろう。

 ……逆に、恭介さんの痛みがそういうレベルだ、という事でもある。

 どう考えたって痛い。わざわざ、傷口をナイフで抉る、なんて、考えなくても痛い。

「よそ見するなよっ!」

 動きを止めたアイディオンに古泉さんが殴りかかり、さっきまで茜さんを襲っていた無数の異能は全て矛先を古泉さんに向ける。

 ……古泉さんは、自力で回復ができるから、暫くは持ちこたえてくれるだろう。

「恭介君っ!」

 隙を見て恭介さんに駆けよった茜さんは失神しかかっている恭介さんを抱き起こして、ちょっと直視するのが憚られる類のキスをした。

「生きてる!?」

「……まあ、なんと、か……」

 茜さんの異能で抉った肉も切断した手首も治ったらしい恭介さんはぐったりしながらも自力で起き上がって立ちあがる。

「……あ、くそ、そうか、俺が何やっても向こうは回復持ちなのか」

 恭介さんがげんなりした調子で呟く先に、古泉さんと戦っているアイディオンの姿がある。

 アイディオンは例え、恭介さんの異能で手首を切り落とされたり、その切断面を抉られたりしたとしても、古泉さんからコピーした回復の異能ですぐに回復できるのだ。

「骨折り損もいい所だ」

「ホントだよ!何やってんの恭介君!」

 茜さんは、自力では回復できない。

 また、古泉さんの回復は古泉さんにしか使えない。

 だから、茜さんの怪我は、茜さんの命に直結するのだ。

 そういう意味では、恭介さんが体を張ってアイディオンを止めたのは良かったと思う。

 〈その異能、貰うぞ!〉

 ……けれど、アイディオンに恭介さんの異能が知れてしまった……つまり、俺の嘘がモロにバレた、というのは、結構痛かった。




「させるか!」

 古泉さんが殴り飛ばしてもアイディオンはすぐ回復し、時にはその多彩すぎるほどの異能で古泉さんを防いだりしながら、ひたすら恭介さんを狙っていた。

「真君」

 桜さんが、アイディオンの異能の幾つかを投げナイフで逸らしながら、静かに俺を見る。

「撤退、する?」

 なんで桜さんがそれを俺に聞くかは、分かってる。

 判断するのは当然、古泉さんの役割だろうが……俺は、『敗北』すら『嘘』にできる。

 だから、俺が大丈夫だと言えば大丈夫。そういう意図で、桜さんは俺にそれを聞いてきたんだろう。

 けれど、俺の嘘もバレている今、もう一段階嘘を重ねて上手くやるのは難しい。


 まず、アイディオン自身を騙す事が難しい。

 この状態をなんとかする為にはちゃぶ台返し級の嘘を吐かないといけないだろう。

 そして、それを信じさせるだけの材料が無い。

 ……アイディオン自身を騙すのは勿論、アイディオン以外の過半数を騙してアイディオンを巻いてしまう、というのも、今回は難しい。

 この場にこのアイディオン以外のアイディオン、俺達以外の誰かが居れば話は別だったが、今回は俺達対アイディオンという状態だ。

 コウタ君とソウタ君のフィールドを解除すれば多少は状況が改善されるだろうが、2人がフィールドを解除したら……こちらの意図するところを防ごうとするであろうアイディオンは、双子の異能を既にコピーしているのだから新たなフィールドを作って、とりあえず俺達の邪魔をするだろう。

「俺達が撤退する為には、まずコウタ君とソウタ君のフィールドを解かないといけない。それから、瞬間移動も封じられているから、元来た道を帰ることになる。その間、異能持ちのアイディオンが何もしないでくれる訳が無い」

「でも、このまま戦ってても……消耗するだけ、だよね」

 アイディオンは無限に回復できる。

 こちらも、無限に回復できる古泉さんが居るが、唯一、全く回復手段が無い茜さんが居る。

 茜さんを攻撃されたら、俺達は茜さんを治す手段を持たない訳で、つまり、『消耗』だ。

「『カオス・ミラー』の異能をコピーされたら、もっと」

 そして何より恐ろしいのが、恭介さんの異能をコピーされたときだ。

 アイディオンに対して、攻撃できなくなる。

 一方、アイディオンは俺達に幾らでも攻撃できるんだから、間違いなく俺達は勝てなくなるだろう。

 ……俺達は一縷の望みを賭けて撤退するか、起死回生の一手をひねり出すかしなければいけないのだ。

 だから、俺がそのために嘘を吐かなくてはいけない。

 今、俺以外に盤面をひっくり返せるカードが……あるけれど、それは使いたくない。使わせたくない。

 だから、俺が、何とかしないといけないのに……どうしようもなく材料不足だ。


 俺の異能は多分、ばれている。

 恭介さんが異能を使った事で、恭介さんの異能が分かってしまったと同時に、さっき恭介さんが使った『茜さんの強化』も嘘だったことがばれている。

 嘘が俺の仕業だと確信できている訳では無いかもしれないが、少しでも疑う余地を与えてしまっている事は俺にとって十分不利な要素になっている。

 そして、ここで俺が嘘を吐くとしたら、アイディオンの無力化か、アイディオンの異能封じか、俺達の脱出か、という事になる。

 ただ、俺達が脱出する為にはそれを真実にしないといけない訳だから、この場の過半数を騙さなくてはいけなくて……実質、不可能だ。

 となると、アイディオンに何かを信じさせて、それを『アイディオンにとって』真実にしてしまう、という方法が唯一解なんだろうけれど、アイディオンを無力化するような『アイディオンにとって都合の悪い嘘』をアイディオンに信じさせる材料は、果たしてあるのだろうか。

 ……たとえば、古泉さん同様、俺に2つ目の異能がある、という嘘を吐いたとする。

 その異能によって、アイディオンを無力化するのだ、という類の嘘を、吐くとしよう。

『2つ目の異能』自体は、古泉さんという前例がある以上、騙すことは可能だろう。

 ……しかし、その場合、『なら何故その異能をすぐに使わなかったのか』という疑念を抱かれる。

 だから、『すぐにその異能を使えなかった理由』が必要で……例えば、その異能を使う為のコストが高すぎる、とか、条件が整わないと使えない、とか。

 前者なら、俺がその『払うのを躊躇う』コストを払う事になるし、後者ならその条件が何故今まで合わなかったのか、何故合わせなかったのか、という疑念がやはり付きまとう。

 条件が合わなかった理由、合った理由はつまり、俺達にはどうしようも無かった部分……アイディオン自身が何かをした、という説明付け位しか有効な物が思いつかない。

 ……となると、これは没だ。

 元々『騙されていた』事に気付いているアイディオンなのだから、そう簡単に騙されてくれないだろう。

 そして、下手に騙す事に失敗したら、それこそ詰みなのだ。

 ますます相手に強い疑いを持たせてしまい、ますます嘘を吐きにくくなっていく。

 ……やはり、俺が『コスト』を払うのがベストか。


「真さん、ちょっといいですか」

 どんな『コスト』を払うか考えていたら、恭介さんに声を掛けられた。

「なんか、思いつきました?」

「……なんとかなる可能性、ぐらいは」

 恭介さんに、今まで俺が考えた道筋をざっと説明すると、恭介さんはにやり、と笑う。

「成程。……真さん。悪いんですけど、ここ、俺に譲ってください」




「何か、策がある、んだよね」

 桜さんの厳しい目は、俺達が今唯一持っているワイルドカード……『カオス・ミラー』による道連れを咎めるものだろう。

 ……いくらアイディオンが回復できる、とは言っても、死んでしまえば回復も何も無い。

 恭介さんが一発で死ぬような傷を負えば、アイディオンを倒せる可能性は高い。

 そして勿論、俺達はそれを許す気は無いのだ。

「大丈夫です。自殺はしないんで」

 恭介さんがそう言うなら、そうなんだろうけれど……。

「それさ、私達が今聞くわけにはいかないの」

「言ったら支障きたしそうなんで」

 俺達に言えない、という時点でまず間違いなく碌な策じゃないだろう。

「ただ言える事は、それをやって俺は一点の損もしないって事です。俺はそれをやりたくてやる。それの丁度いい機会、ってことで」

 どうしたものか、と桜さんと顔を見合わせる。

 桜さんも止めるべきか迷っているらしい。

 ……けれど、ここで止めても、打開策にはつながらない、という事も分かっているのだ。

「恭介君、それやっても死なないんだよね」

 沈黙を破るように、茜さんが恭介さんに問う。

「死なない予定です」

「どうしようもない怪我したりしない?」

「ま、多分」

「……任せちゃって、いいの?」

「一回ぐらい、俺が恰好つけてもいいでしょ」

 茜さんは厳しい表情を緩めて、寂しげな影を一瞬、その表情に落とす。

「いいよ。分かった。私は恭介君に任せる」

 そして、その一瞬後にはもう、力強い視線が恭介さんを射貫いていた。

「そのかわり、カッコよく頼むからね」

 茜さんが明るい笑みを浮かべると、恭介さんは応えるように……今まで俺が見た事の無い種類の、割と普通に見える笑みを浮かべた。

「善処します」




 2人の間で決まったのだ、俺達が口を出す気も無い。

 立ち上がってアイディオンを見据える恭介さんを止める気はもう無かった。

 ……なんとなく、何をするか想像がつくから、止めたい気持ちもある。

 あるけれど、それ以上に恭介さんが今何を考えていて、それを今までどのぐらい考えてきていて、どのぐらい苦しんでいて、そしてこの決断がどの程度の重さなのかもなんとなく想像がつくから。

 古泉さんとアイディオンの間に割り込むようにした恭介さんの体に、アイディオンが触れる。

 ……これで、アイディオンは恭介さんの異能を使える。

 殴り飛ばされた恭介さんはナイフを逆手に構えた。

 そして、アイディオンの第二撃が来る前に、そのナイフを左の二の腕に突き立てた。


 咄嗟にアイディオンは、『カオス・ミラー』の異能を使ったのだろう。

 そうすればアイディオンに与えられたダメージはそのまま恭介さんにも向かい、そして、アイディオンは回復できるが恭介さんは自力で回復できない。

 ……アイディオンは、知らなかったのだから、しょうがない。

 恭介さんの左の二の腕には、恭介さんのカルディア・デバイスがある。


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