66話
「……ってことでさ。これには納得してもらわないと、私達も強硬手段に出るからね!」
「……なんか、ずるくないか?それ」
「仲間の協力を得てパワーアップ、とか、少年漫画にもよくある展開なんで大丈夫ですよ」
古泉さんが1人で決着を付けたいというのであれば、もういっそ、俺達の全能力を古泉さんの為に使って古泉さんを極限まで強化しようじゃないか、という事になったのだ。
つまり……まず、バトルフィールドとしてコウタ君とソウタ君がフィールドを展開して……その時に、カジノ内に、古泉さんが戦いやすいようなフィールドを『増設』する。
『増設』は、双子が話し合って、どういう建物があったら楽しいか、と、2人共通のイメージを明確に持てれば『増設』できるらしい。
「もともと僕たちのフィールドって、『こういう所があったら楽しいのにね』っていう、空想から始まってるんだと思います」
との事。
それから、茜さんが回復担当。その為の設備も双子に作ってもらう予定だ。
俺は古泉さんを強化できるような『嘘』を用意しておく。
別に、それが真実になる必要はない。
今回は『赤い鎌のアイディオン』だけ騙せればそれで成功だ。
そして、桜さんは恭介さんのサポート。
風を操れば、古泉さんに当たりそうになった攻撃を回避させることもできるかもしれない。
……尤も、それをやったら古泉さんは嫌がるんだろうけれど、背に腹は代えられない。
尚、恭介さんはいつも通り、最終兵器扱いだ。
古泉さんが失敗したら、恭介さんでぎりぎり死なない重傷にして、桜さんが仕留めて、茜さんが恭介さんを治す。
これについては茜さん以外にも全員渋ったが、恭介さん自身が乗り気だったことと、他のヒーロー事務所に迷惑はかけられない、ということでそういう事になった。
「で、叔父さん!いいよね!これが私達のせいいっっっっぱいの譲歩だからねっ!」
茜さんが牙を剥いた獣のような様相で古泉さんに詰め寄ると、古泉さんは若干慄きながらも頷いてみせた。
「俺も無計画じゃないぞ、流石に。……悔しいが、俺一人の力でLv24のアイディオン1体を倒すのは難しいだろうとは思っていたからな。とりあえず、日比谷所長の所に行ってきた」
古泉さんが取り出したのは、ナックルのようなもの。
「あのジジイ……!」
それを見た恭介さんが羨望と悔しさの入り混じった表情でそれを手に取って眺め始めた。
「……ね、これ、何?」
「ソウルクリスタルに干渉して身体能力を増幅させる装置です!俺がガキの頃面白半分に図面引いたら散々駄目出しした挙句翌日に図面の破綻点全部改良してこれ作りやがったんですよあのジジイ!……今回のは更に改良してあるみたいですけど。……多分、俺の組んだ駄目駄目回路、改良して……効率上げられるところ全部上げたんじゃないんですかね……くそ」
興奮気味の恭介さんはそれを眺めまわして、心底悔しそうに悪態をついている。
……けれど、やっぱりというか、できのいいものを見るのが好きなんだろうな、恭介さん。どこか嬉しそうではあるけれど。
「……ま、これはつまり、俺の異能の増幅装置みたいなもんらしい。ただ、その代わりに反動もかなり増幅されるからお蔵入りだったんだそうだ。……ただ、ま、俺は『反転』できるからな。反動が強くなる分、反転の具合が変わるだろうからそれは練習が居るが。……今までも、何か殴る時は俺自身にかかる反動を反転させて殴ってたんだけどな、単純に2倍の力で殴れるようになって反動も2倍になるんだったら、4倍の力でぶん殴れるって事さ」
成程。反動が強くなることは古泉さんにとって、メリットでしかないのか。
その分、バランス感覚が全然違うだろうからそこは練習しないといけないんだろうけれど。
「反動が増えるのはいいとしても、それ、消耗も凄いことになるんで。分かってると思いますけど」
ただ、恭介さんの反応を見る限り、やはり諸刃の刃であることに変わりはないらしい。
「ま、これと……皆がサポートしてくれるっていうなら、それも。それを合わせれば、『赤い鎌のアイディオン』相手にもそこそこ戦えるんじゃないかと思う」
単純に1発の火力が上がるなら、当てなくてはいけない回数も減る。
そうすれば戦闘時間も減るし、攻撃されるリスクも減る。
そう考えれば、勝機は増えたと純粋にとらえられるだろう。
「……古泉さん、相手の異能の対策は」
「一応、考えてはいるよ。桜ちゃんに練習相手、頼むと思うが、いいかな」
「私は構わないけれど……」
『赤い鎌のアイディオン』の異能は、『見えない刃を生み出す異能』なのだそうだ。
見えない刃を飛ばして相手を切りつける能力は、ある意味では古泉さんと相性が悪い。
古泉さんは、単純に殴られたら、その瞬間殴られたエネルギーを反転させれば無傷になる。
しかし、それが1瞬遅れたらもろに殴られるわけで……相手が見えない刃、となると、当然不利は不利だった。
「ま、それでも相手が物理で殴るタイプの範疇に居てくれて助かった。下手に状態異常系だったら俺一人でなんとかできそうにないしな」
前回のアイディオンのように、『異能を無効化する異能』で、更に前回の様に高レベル……つまり、身体能力にも秀でている、となると、本当に打つ手が無かっただろう。
しかし、今回は、『見えない刃を生み出す異能』だと、異能の特性も分かっていて、更にはLv24という……少なくとも、30よりはましだ。
相手の身体能力が凄まじく高い事は覚悟しておかなければならないが、逆に言えば、それだけ覚悟しておけば搦め手を使われる心配はないという事だ。
そういう意味では、古泉さんが単騎で戦う相手としてはかなりマシな部類ではある。
「私達としてはいっそ、叔父さん一人で太刀打ちできない相手のが嬉しかったんだけどねー!」
茜さんが拗ねたようにそう言えば、古泉さんは苦笑いしながら頭を下げた。
「こんな大人げないおっさんですまない。皆には迷惑を掛けるが、よろしく頼む」
……俺から、俺達から一回り以上年の離れた大人のこういう一面は……俺はそんなに嫌いじゃない。
それから、暇さえあれば古泉さんは出陣して、野良アイディオン(アイディオンの多くは野良な訳だけれど)を狩ったり、桜さんの風を相手に見えない攻撃相手の戦闘訓練をしたりしていた。
事務については、茜さんとソウタ君が教わってこなしている。
「私こーいうの嫌いだって叔父さん知ってる癖に私にやらせるんだもんなっ!」
「茜さん、嫌いでも苦手じゃないじゃないですか」
「それがまたむかつくの!あー、むかつく!私のこの有能さがすっごくむかつく!それ見越して私がこーいうの嫌いなのにやらせる叔父さんはほんっとむかつくっ!」
ソウタ君に宥められながら茜さんはぷりぷりしつつ、てきぱきと仕事をこなしているらしい。
成程、有能だ。
「……っていうかさ、叔父さんの死に支度とか、やりたくないんだよね、私」
ふと、茜さんは仕事の手を止めて、しょんぼりしながらそう零す。
古泉さんが戦闘訓練する時間が欲しい、という事もあるんだろうけれど、それ以上に……事務仕事の引継ぎ、つまり、古泉さんが居なくなっても大丈夫なように、という配慮のように思える。
「……僕は、古泉さんがこれからもっとヒーローできるようになるためのお手伝いだと思ってます」
元気の無い茜さんを励ますように、ソウタ君は書類の束を整えながら続ける。
「僕とコウは、アイディオンを沢山狩るのには向かないし、大物を狩るにしてもハイリスクハイリターンであることに変わりはないし……僕らが事務、できたらいいんですよね、ほんとは。……古泉さん、事務よりもヒーロー業の方が好きみたいだし」
古泉さんがヒーロー事務所を立ち上げた経緯についてはよく分からないけれど……多分、本人は事務仕事をやって事務所を運営していくことよりも、ヒーローとして飛び回る方が向いているんだと思う。
今も、桜さん相手に練習していて凄く楽しそうだし。
「それも分かるんだけどねー。……ま、ソウ君には今後も頼むかも。コウ君はこーいうの、苦手だと思うけどさ」
「あはは。そうですね。コウはこういうの、駄目なタイプです。昔っからこういうのは全部僕の仕事だったから」
2人が笑顔を浮かべた所で、バルコニーに古泉さんと桜さんが戻ってきた。
「茜、すまんが治してくれ」
古泉さんは目に見える個所、いたるところに生傷を作っていた。
尚、古泉さんはいつものスーツでは無く、スポーツウェアを着ている。……凄く新鮮だ。
「はいはい。大人げないのは別にいいけどさ、叔父さん。大人げないのとガキなのとは別だかんね」
茜さんが古泉さんの頬にキスすると、たちどころに古泉さんの傷は消えた。
「善処するよ」
古泉さんはひたすらに楽しそうに笑みを浮かべていた。