第一章 capter-1 ナガオカ・グランプリ
「そういえば来週末の連休ってアロンソさんのレースだったよな?」
部室のソファーで須賀谷は手帳を開きながらも、そう唐突に口にした。
朝霞から帰って数日後、部室の備品が多少増えたという事も含めて色々メモをしていた矢先の事だ。
ここ数日天気もよく、洗濯物もよく乾く。
「そうだねー、折角チケット貰ったんだしいこうよ? 去年は外行くチャンスも中々なかったんだしさ」
イフットは嬉しそうにしながらも、その後ろから首を出して覗き込んでくる。
「そうだな、たまには二人でデートでもしてこい。ヴァルヴァロスの仕事も一時休憩だ」
順はそこで黙々と生徒会室から分捕ってきた新聞を読みながら、視線も外さずに言ってきた。
恐らくはこの前の朝霞の件で、気を使っているのだろう。
「……そんな事言わずに来てくださいよ、私達今回の会場であるナガオカは知らないんですから道に迷っちゃいます」
イフットはそんな順に対し残念そうに頭を下げてくる。
「……しかしだな」
「お願いしますよー」
そんな会話をしばしば続けてから、
「……分かった、行こう。馬車の手配は任せておけ」
ついに根負けした順は渋々頷くと、旅行バッグの準備をしておけと言ってきた。
そして学校を終えた約束の日の午後、寮の外に手配をしてくれた馬車に乗る。
2頭いる馬の毛は綺麗なワインレッドで、毛の様子から相当大事にされてきたと感じられた。
「へぇー、6席馬車なんですねぇ、結構広い」
「とはいえ半分は、荷物で埋まるがな」
順はそう言いながらも、どでかいバッグを積み込む。
「それでは3人、手筈通りナガオカのブレイズクレイドルレイドサーキットまでよろしく頼むよ」
順は馬車の横に立っていたでかい帽子と革服を身に着けた少女の手にチップをねじ込むと、二人とも乗れと先に促して乗らせてから自分は一番出口に近い席に座った。
「あいよー、かしこまりっす! 私今日の運転を務めさせていただく藤原です! よろしくお願いします!」
自分達よりも若そうな少女は、活発そうな口調をしながらも扉を閉めると、ひょいと運転席へ飛び乗る。
「お客さん、明日はいい天気だそうなんで日にやられないよう気をつけてくださいね! 熱中症になったら折角の遠出も台無しですから!」
そして軽く振り返ってそう言うと、馬を軽く走らせた。
ハイテンションな運転手だなぁ。
「そういえばナガオカって結構昔からの都なんですよね。私達天神原からあんまり出てなかったんで中々外の事に疎くて……」
雑談をしながら1時間くらい走ってから、ふとイフットが口を開く。
「んー、解説します? チップいただけたんでタダで色々サービスしちゃいますよ?」
すると運転席から藤原が、口を挟んできた。
「あぁ、頼む」
順は藤原に言うと、軽く外を見る。
すると藤原はごほんと咳払いをしてから軽く、説明を始めた。
「地理的にはヒオウの国内の南西にあるところで、一万年前から続く都なんですよ。千年前に大戦……グスタフの乱が起きて時の朝廷が失権した今も、貴族の末裔とか商人が多くそれまでの積み重ねからナガオカは都として繁栄しています。……あぁあと、鍋が美味しいですよ。特産品をいっぱいぐつぐつ煮た物が薬膳として現地では好評だそうです」
「へぇー」
「ヒオウ国内の文化の中としては昔ながらの都というイメージが強くて、そうですね。伝統的な古服というのも中々恰好いいですよ。あと私のお勧めとしては現地の銘菓とかですね。小豆を潰して練りこんだ酒の饅頭がまた美味しいんですよ」
「成程……」
この人、本当に喋るのが好きだなぁ。
須賀谷は少し圧倒されつつも、藤原という子の話に耳を傾けていた。
それから2時間程経つ。
「……ありゃりゃ、二人とも寝ちゃってるよ」
藤原はちょっとがっかりした表情をした。
「すまんな、この子達はあまり馬車に乗らないもので。気分がよくなったのだろう。この馬車は快適だしな」
順はそれに対し、苦笑しつつ頭を下げる。
馬車は今、街道を走っている。結構な速度だ。
「そう言ってもらえると嬉しいです……けどねぇ」
まんざらでもないという感じで、藤原は顎を抑えた。
それから僅かに頬を顰めると、軽く姿勢を正す。
「でも、……ナガオカに行くなら気を付けて下さい。大声じゃ言えませんけどね」
「ん?」
順は耳をそばだてる。
「妙な噂が最近、ナガオカにあるんですよ。なんでも、旧貴族の一派がヴェリエントと共謀してテロを狙っているとか、それと妖魔が出現したとかです」
「妖魔?」
「古来からあるモンスターみたいなものですよ。魔法使いのあなた方には馴染みが薄いでしょうが、古来の憑き物でなんでも精霊に近い怪物だとか」
「へぇ……」
「丑三つ時は出来る限り、暗いところを歩かないようにして下さい。神隠しの類もあるとの事です」
「神隠しとはなんだ? 方言の一種か?」
「誘拐されるって事です」
「……そうか」
(フランベルグの事かもしれないな)
緑の髪が頭に浮かぶ。
「肝に銘じておくよ」
順は返事をすると、そう思い返した。
「あーい、着きますよっと」
「士亜、起きて」
そして翌明け方、やっとナガオカに着く。
「ぬぅぅ……」
眠さを堪えて目を開けると、朝もやの中にシックザール並みのものなら5台はすれ違えるような広さの大通りと、道の左右には巨大な鈍色をした塔が数々と立っていた。
「うぉ、でかい……本当にここがヒオウ国内なのか?」
目の前の光景に圧倒される。一晩馬で走っただけでここまで文化の違いを知ることになろうとは。まるで外国のようだ。
「えぇ、ブレイズクレイドルは三条ですからもう少し走ったら見えますよー」
藤原の声が、聞こえる。
言われるままに過ぎ去る景色を見ていると、高層の建築物とドーム状の建物が見えた。
「あれですよー。騒音対策にドームになっているんです」
そうしている間にも大きな門が近付いてきて止まり、そこで別れることになる。
「それではお元気で、ご縁があったらまた会いましょう!」
元気な声で藤原が去っていく。
夜起きた時も順と会話していたので、よく話の種が尽きないなとさえ思う。
「ありがとうございましたー」
横にいたイフットは軽く、馬車へ手を振った。




