45、悲鳴
暖かい日だった。
「聞いてくださいよ! そうしたら、会長さんは私の手を引っ張ってここから飛び降りたんですよ? こんなか弱い私を連れてですよ? 信じられません!」
見慣れたセーラーではなく、白いワンピースを着た友人が頬を膨らませる。友人が指さした方角をみれば、道はそこでぷつりととぎれて崖のようになっていた。正確には道はとぎれているのではなく、ほぼ直角に曲がりこの崖を迂回するように作られているだけだった。
「……貴様……。いつもそんなことをしているのか?」
友人の言葉を聞いて、背後を歩いていた2人の男のうち一人が呆れたような表情を浮かべて、もう一人の顔を見た。
「待ちやがれ! あんときは時間が無かったから仕方なかっただけだぜ?」
「……時間がなければやっていた訳だな?」
「おう! 遅刻よりはいいし、この程度なら別段どうってことないだろ?」
きっぱりと言い切る男。少女は崖に少しだけ歩み寄って見下ろしてみるが、比較的大きな都市であるにも関わらず、なぜこれほどの崖があるのかと疑ってしまいそうなほどの規模な絶壁だった。
「……確かに……遅刻するよりはマシか……」
腕を組んで、真面目な表情で肯定する男。その隣の男は「だろ?」などという言葉を口にして嬉しそうにしている。
男と女ではここまで感性が違うものなのか、と一瞬思った少女であったが、すぐにこの二人がただ猛者なだけだろうと言うことで納得した。
「そ、それにしても最終的にキミも飛び降りたんだよね? 私にはとうてい出来そうにないよ……」
力なく乾いた笑い声を漏らす少女。
「へ? そんなことないと思いますよ?」
きょとんとした表情で小首を傾げる友人に、少女は逆に驚いてしまう。
「え、えーっと。キミは私が出来ると思うのかな?」
「なれちゃえば、存外平気ですよ?」
なんてことない、と頷く友人。その口調からして、どうやら友人がここを飛び降りたのは、その一回だけでは無いように思える。
「どのあたりが、か弱い少女なのか聞いてみたいよ……」
少女は頭を抱えて唸った。
「長い間会長さんと一緒にいれば、こんなものです!!」
にっこりとした笑顔に、少女はどっと疲れを感じた。そしてそれと同時に、無害そうな表情で背後に立っている男に対して恐怖心を持った。
「生徒会長と一緒にいると……どんどん常識がおかしくなるのかな……」
友人にしろ、副会長にしろ、どちらの思考も少女からすれば、あるいは一般的な常識というものから比べれば、だいぶ離れているように思えた。
なんだかんだで結構な時間を生徒会で過ごしてしまった少女。自らの手を広げながら、自分の中の常識はまだ生徒会の長に浸食されていないことを確認する。そして自分だけは、この男の被害者にならないように心に誓うのである。
少女の腕を、友人ががしりと捕まえる。
「急にどうしたのかな?」
思考を一回中断させて、友人をみる。
「一回やってみればすぐになれちゃいますよ!」
悪徳勧誘か、あるいはなにやら危険そうなクスリを勧められているような言葉だった。
「えっと……私はその……別にこの場所を通ることもないし、別になれる必要はないかなぁ」
「問答無用です!! いざ!」
友人に思いっきり手を引かれる少女。思わず喉の奥から悲鳴がこぼれた。同時に、瞳をぎゅっと閉じる。
しかし友人は崖を飛び降りる直前にその足を止めて、くるりと振り返って少女を見ていた。
「なんてね。いっくら私でもそんなことしませんよ。驚きましたか? 貴女の悪戯に対してちょっとした復讐です」
小悪魔的な表情で、ぺろりと舌をだす友人。
少女は腰が抜けたように、その場でふらりとふらついた。
「心臓に悪いよ……寿命が一年は縮んだよ……」
「なに言っちゃってますか! これくらいぜーんぜんですよ! 人間は存外とても強い生き物なんですよ? ね、会長さん?」
少女に向けている笑みとはまた違う、明るい顔を男へ向けた。
「そこで俺に振るのかよ!?」
腹の内がそのまま顔に出る男は、思いっきりバツの悪そうな表情を作った。
「私の中では、もっともそれを強く感じられたのが会長さんですから!」
裏のない爽やかな表情に、男はやれやれと肩をすくめた。横目でその様子を見ていた別の副会長の男がため息をついた後に腕の時計に目をやった。
「それよりもいいのか?」
「え? 何がです、先輩?」
「時間だ。大丈夫か?」
友人は慌てた表情で時計をみる。そしてがばりと音が鳴りそうなほどの勢いで顔を上げた。
「ぜんぜん大丈夫でありません! 電車がでるまで後10分です! 走りましょう」
友人はそう叫ぶと、何気なく少女の手を握った。
「——へ?」
そして少女がその事に気がついたときには、足は地面から離れて宙に浮いていた。
人の心はどこまでも飛んでいくことが出来る。しかし躰は地球の重力に引かれて飛ぶことは出来ないのだ。
つまり——いくら少女が心であらがったとしても、後は落ちていくだけでだった。
あたりに少女の絶叫が木霊した。
二人の男はそれを黙って見ていた。
「俺たちも行くか?」
ガキ大将のような子供っぽい表情を浮かべて生徒会長が手を差し伸べる。
「……先に行くぞ」
副会長はその隣を黙って走り抜けて、崖に向かって身を踊らせた。
「つれねェなぁ!」
最後に残った男は一人大げさに声をだして笑い、地を蹴り飛び上がった。
慣性とそこにあった空気によって男の服が僅かに揺れて、胸ポケットから携帯のストラップが顔を覗かせた。
そこには真夏の海を圧縮して詰め込んだかのような、星の砂の入った小瓶がぶら下がっており、隣では太陽をあしらった妙に手作りらしい木彫りのアクセサリーが、のんびりと揺れていた。
……修正履歴……
2012/12/26
地味にタイトルが間違っていたので修正しました。




