29、退屈な毎日
入学して半年。学園にもすっかり馴染んでいた。
「だりぃな……」
足を延ばして座り込んだ男は、背後の幹に大きく寄りかかり空を見上げた。頭上には幾重も重なった枝がざわめき、葉の間から太陽の光が見え隠れしている。
光の刺激が強すぎて、少々目に悪いかと思ったが、それでもぼんやりと見続けていた。
「はぁー」
男は大きくため息を吐いた。
少し前に学生選挙という大きなイベントがあり、選挙に出る訳でもないのにその仕組みを換えるため、全面的に運動を起こしていた男は、それが終了して反動がきているのだった。
「さっきからため息ばかりだな……どうした?」
背中を幹に預け、本を片手にもった別の男が立っている。男は同様に見上げるのだが、その瞳に写るのは空ではなく、太い枝にだらりと座っている男である。
男はだるそうに体をよじり、見下ろした。
「わりぃ。そんなにしてたか?」
「だいたい1分に1回くらいだ」
「あぁー。そいつぁー重傷だぜ」
木の上の男は、そう答えると再び空を見上げた。
別にそこに何があるわけでもない。木に登った理由も、高い場所に行けば空に手が届くと思ったからとか、そんなメルヘンがあった訳でもない。
ただやることが無く、何かしらの新しい刺激が欲しくて、何となく登ってみただけだ。そして普段とは違う視線に立てば、何かしら見れるのではと期待したのだが、特にそんな事はなかった。
変わりばえのない風景は、木の上から眺めてみても何も変わらない。その結果、男はどこからでも見ることが出来る空ばかりを眺めているのだった。
「今年の生徒会を見たか?」
幹に寄りかかっている男は、再び本に目を落として語る。
「知らねぇよ」
「生徒会長になるなら、少しは動向を見ておいてもいいと思うが?」
「確かにな。だが俺はこの学園の生徒会の歴史とか、モラルだとか。そんなんに興味はねぇんだ。その辺りは全て、来年俺が会長になって潰す。だからどうでもいいぜ」
「そうか……そうだな。お前は昔からそういう男だ」
それから二人は何も言わずに黙っていた。
暫くの間、枝のざわめく音と本をめくる乾いた音だけが聞こえた。
やがて男は本を閉じて、幹から背を離した。
「行くのか?」
上から男が問いかける。
「……ああ」
短く答えて去っていった。
残された男は、暫くそのままでいた。
「退屈だぜ……」
そう言ってみても、何かが変わる訳ではない。
男は退屈という言葉が嫌いだった。言葉が嫌いというよりも、自分が退屈な場所に立たさせることが大嫌いだった。
だというのに……。
「退屈だぜ……」
ゆっくりと流れていく今が、そこまで嫌ではない自分がいた。
全く刺激的ではないが、のんびり安穏と日々を過ごすというのも、悪くないかもしれない。
そう思ってしまうのは、きっと選挙での一仕事を終えた後だからだろう。その時の疲れがまだ残っていて、もう少し休憩したと思ってしまうのだろう。
昔はそんな事がなかった気がする。
今の作業が終われば、すぐにまた次の作業へ。疲れなど知らずに、どんどん進んでいけた。
どうしたのだろうか。酷く体が重い。
疲れ知らずだったはずの体が、叫び声をあげている。
暫くは動けそうにない。今は体が、もっと活発に動くことが出来るピークだ。年齢ということは無いはずである。
しかし、だとすれば、なぜだろう。




