21、切なる願い
ふと手を止めて、窓を眺めた。
一時期と比べれば、日が落ちるのは格段に早くなってきたが、差し込んでくる光は以前のように暖かかった。
「ったく。たかが報告に出ただけなのに何でこんなに時間がかかんだよ」
振り向けばドアの向こうに一人の男が立っていた。
男はグチを言いながら生徒会室の敷居を越えると、そこでハタと気が付いたように足を止めた。
「ほかの連中はどうした?」
「……帰った」
事実を口にすると、男はポカンと口を開けた。
「はぁ? 帰ったって、こりゃあれか? ボイコットって奴か?」
「俺の独断で今日の生徒会の業務を打ち切った。お前も帰れ」
訳がわからないと、男は肩をすくめ、向かい側の席にどさりと腰を下ろした。
「テメェが考え無しで帰らしたとは思わねぇーぜ? だが一応生徒会長ってのは俺だ。そういうことは事前に連絡を入れようぜ」
「……そうだな」
機械的な返事をしてから、手元の書類に目を向ける。
「おいおいテメェ。それ明日までの仕事じゃねぇか?」
「……そうだな」
「そうだなって、全然終わってねぇじゃねぇか! なんで他のメンバー帰らせちまったんだ! ったく、半分よこせ!」
言葉に多少の苛立ちを宿して文句を言う男。椅子から腰を浮かせて書類の山へ腕を伸ばす。
「……お前も帰れ」
延びてくる腕を払いのけて、男を見上げる。
「確かにメンバー帰らせたのはテメェの責任だ。責任とって一人でやりやがれって言ってやりてぇけどな。その量を今日中に一人でやれっつても無理だろ? 今回はおおめに見てやるから、半分よこせ」
「帰れ!」
仕方ない奴め、というようなやれやれと言った表情を浮かべてた男に、鋭く言い放つ。
「んだよ。テメェ。勝手に解散するは、あげくテメェの尻拭いをしてやるっつってんのに、どういうつもりだ?」
声を落として、男が睨む。
「自分で気が付いてないとは重傷だな。鏡を見たか? 死人のように青い顔をしている。また貴様に倒れられると俺が面倒だ。帰れ、目障りだ!」
男から顔を背けて、再び書類を睨む。
生徒会の今日の業務量的に、早い時間で解散したことは非常に手痛かった。しかしそれでも、生徒会メンバーに会長の体の不具合を悟らせる訳にはいかないのだ。
それから男はしばらく文句を言っていたが、全てを無視した。
何を言っても無駄だと男は悟ったらしく、無言で席を立つ。男の機嫌は著しく悪くしたようだが、これで大人しく帰ってくれるのならば、こちらとしては心配事がなくなり、作業に集中できる。
安心した矢先、男はずんずんと歩み寄ってくると、書類の山を挟んで隣の席の椅子を引き出して、どすんと座った。
「――! なんのつもりだ。帰れと言っただろう」
「何で俺がテメェの命令を聞いてやんなきゃいけねぇんだ? この場所で一番偉いのは俺だぜ?」
気を使っているというのに、それすら理解出来ないこの男に、いい加減忍耐の袋が限界になってくる。
「テメェはこの量を一人でやるつもりだろ? だとして倒れるのはどっちだ。テメェだろうが馬鹿野郎! 俺は代表だからな、テメェが倒れても俺の責任になんだよ! 分かったならつべこべ言わずにこの山を片づけやがれ! テメェのせいで2人しかいねぇが、それでも負担は半分ですむ」
山の上から書類を数枚持ち上げて、男は目を通し始めた。
冗談じゃないと文句を言おうとすると、それを察した男に鋭い目で睨まれる。しかしその目には明らかな衰弱が見えていた。
文句を言って、これ以上この男に負担をかけるのは、本末転倒である。奥歯を噛み合わせ、っちと舌打ちをする。
「勝手にしろ!」
「そうさせてもらうぜ。わりぃな、相棒」
「少しでもそう思うなら帰れ」
それ以降、オレンジの日が差し込む中、2人は黙って作業を続けた




