ミミズの卵は、トカゲの卵
調査会の家へ行く前に、昼飯にすることにした。ハン協を出ると、大通りの西の端に屋台がいくつも並んでいて、鐘が止んでからまだそれほど経っていないのに、もう煙が上がっている。焼いたもの、煮たもの、揚げたもの。いろんな匂いが混じり合って、通りに流れていた。
「どれにしようか」
「見て回りましょう」
一軒目は干した豆を炒って塩をまぶしたもので、二軒目は、昨日の宿で食べた食用サボテンの串焼きだった。三軒目では、平たい鍋で何かの卵を焼いている。卵にしては大きすぎて、拳二つ分はありそうだ。
「……何の卵だろう」
思わずつぶやくと、鍋の前の男が、へらで卵をひっくり返しながら顔を上げた。
「オオサバクミミズだよ。知らねえのか」
「ミミズ……?」
「砂ん中をのたくってる、でっけえミミズさ。太さは、ちょうどガキの胴くらいある。人を襲いやしねえ。砂ん中の、何だかよく分からねえもんを食って生きてる。そいつが砂の中に産みつけたのを、掘ってくるんだ」
屑鉄の丘の、くず鉄の下をのたくっていた大ミミズが頭に浮かんだ。あれが、子供の胴の太さで、砂の中に。鍋の上でじゅうじゅう焼けている黄色い塊から、思わず半歩、足が下がった。
「そういう顔すんなって。よそから来た連中は、ちっこい足が付いてるだの、ミミズが卵なんか産むかだの、ぶつぶつ言うがな。ミミズはミミズだ。黄身が濃くてな、一度食ったら病みつきだぜ」
男は笑って、へらの先で卵の端を切り分けた。レイは、鍋の上に少しだけかがみ込んで、割れた殻のかけらを、しばらく見ていた。
足が止まったのは、四軒目の前だ。火にかかった大きな鉄の鍋の中で、茶色い煮汁がことこと煮えている。横の台には看板代わりの板が立てかけてあって、炭で絵が描いてあった。細長い胴に短い脚、尖った頭。昨日トビの橇に載せたのと同じ形で、さっき壁の上からも、砂の中から飛び出しては空中で弾けていくのを何度も見た。
「スナトカゲの煮込み! 食ってきな、兄ちゃん」
鍋をかき回しながら、屋台の女が声を張った。これが、トビの言っていた煮込みなのだ。
「さっき、壁の外にもいっぱい来てましたけど……あれも、ここに?」
「うちのは、もっと小さいやつ。今日、壁の外に来たのより、ずっと小ぶりだ。砂の端っこで、銃だの罠だので獲って暮らしてる連中がいる。そいつらが毎朝持ってくんのさ。今朝も、東の路地のぼさぼさ頭のちびが、背丈ほどもある古い銃をかついで、二匹、橇で引いてきたよ」
思わず、レイと顔を見合わせる。
「なんだ、知り合いか」
「昨日、ちょっと」
その二匹のことなら、たぶん、この町の誰よりもよく知っている。小さいとはいっても、あの大きさだ。網で足を止め、銃で追い払って、それでようやく獲れるかどうかという相手で、屑鉄の丘の大ネズミのように、壁の陰で待っていれば向こうから出てくる、というわけにはいかない。
「言っとくけど、安かないよ。あの大きさを、罠だの銃だので一匹ずつ獲ってくるんだ。手間賃ってもんがある」
値を聞いてみると、たしかにレイラインの大ネズミよりはだいぶ高い。それでも、手が出ないほどではなかった。
「壁の外で撃たれてたのも、食べられるんですか」
「食えるとも。機銃でぐずぐずになったとこは、削って捨てる。今ごろハンターの連中が拾い集めてるよ。ただ、今日の鍋には入んない。こいつは一晩煮込まなきゃ、食えたもんじゃないんだ。トビの二匹も、明日の鍋。明日は、ちっと安くしとく」
女は、鍋の中から肉の塊を一つ、お玉ですくい上げてみせた。
「こいつはね、硬いんだ。筋ばっかりで、焼いたって噛み切れやしない。だから、朝から晩まで煮込む。酒をどぼどぼ入れてな。酒で煮りゃ、筋がほどける。うちのは、昨日の晩からだ」
鍋から上がる湯気に、つんと酒の匂いが混じっている。二人分頼むと、木の椀に茶色い煮汁と肉の塊がごろごろと入って出てきた。その上に、薄く焼いたパンが一枚、蓋のように載せてある。
そのパンの白さに、目が吸い寄せられた。レイラインを発つ前に、広場の井戸の縁でレイと二つに割った、あの西パンと同じ色だ。七番麦が、ここでは屋台の椀の蓋になっていて、値を聞けば、煮込みと合わせてもレイラインの塩豆汁とそう変わらない。砂漠を越えてきた麦が、最初に下ろされる町なのだ。
道の端の日陰に二人で並んで、椀を抱えた。肉を一つ口に入れて噛むと、繊維がほろほろとほどけていく。一本一本が太くて、糸のように長く、それが煮汁をたっぷり吸っていた。甘辛い煮汁から酒の匂いがふわっと鼻へ抜けて、肉の味は鶏に似ているのに、もっと濃くて、少しだけ土の匂いがする。
「……うまい」
「繊維が、とても太いですね」
レイは、マスクを少しずらして、肉を一本ずつほぐしながら食べていた。
「生のままでは、人の歯では噛み切れないでしょう。酒で煮て、時間をかけてほどく。よく考えられています」
「感想、それ?」
「……おいしいです。お酒の香りが、ほんのりと残っていて」
レイは、もう一つ、肉を口に運んだ。
「……ねず団子も、こういう味なのでしょうか」
「ねず団子は、もっともちゃもちゃしてて、ちょっと苦いよ。……帰ったら、食べさせてあげる」
白いパンをちぎろうとして、指が止まった。さっき、壁の階段の途中で、トビは黒パンを半分だけかじって、残りを上着の懐にしまっていた。弟と妹に持って帰るのだと言って、懐の上から、大事そうに軽く叩いていた。あの黒パンより、こっちの方がずっと白くて、ずっと柔らかい。半分残して持っていってやろうか、と一瞬考えて、すぐにやめた。毎朝スナトカゲを引いてくる子に、そのスナトカゲの屋台のパンを届けてどうするんだ。……そうやって理屈をつけている自分が、ちょっとだけ嫌だった。
ちぎったパンを、煮汁に浸した。ふかふかのパンが茶色い汁をあっという間に吸い込んで、口に入れると、甘くて、しょっぱくて、少し酒の匂いがした。昨日の夜は勝手に生えてくるサボテンで、今日の昼は壁の外から攻めてくるトカゲだ。この町の人たちは、砂漠から来るものを片っ端から食べて生きている。襲ってくるものも、一緒に。
結局、椀の底の煮汁まで、パンで拭って食べてしまった。
「ごちそうさま」
屋台の女に椀を返すと、女は「明日も来な!」と、鍋の湯気の向こうで声を張り上げた。
それから、大通りを東へ戻った。調査会が借りているのは、大通りから一本外れた、東寄りの一角だ。大通りを外れたとたんに道は細くなり、両側に土壁の低い家がぎっしりと並んでいる。どの壁も砂に削られて、ところどころ崩れかけていて、戸口に布を一枚垂らしただけの家もあった。軒下にしゃがみ込んだ痩せた子供が、僕たちが通り過ぎるのを黙って見ている。昨日、東の門のそばで見かけた子供たちと、よく似た顔をしていた。
その奥の一角だけが、妙に静かだった。路地を挟んで固まった四、五軒の家は、どれも周りと同じ古い土壁の家なのに、洗濯物ひとつ干されていない。子供の声も、鍋を火にかける匂いもしない。調査会がこの一角を家ごとまるごと借り上げたのだと、ラドックさんは言っていた。ここに住んでいた人たちにとっては、たぶん、断る理由のない額だったのだろう。
路地の入口と、何軒かの戸口に、男が立っていた。くすんだ灰色の厚手の上着に、胸と腰には蓋のついた物入れ。同じ灰色のズボンを、革の長靴に入れている。背の高さも年もばらばらなのに、服だけがぴたりと揃っていた。輸送車から木箱を下ろして、二人がかりで家の中へ運び込んでいる者もいるけれど、交わすのは「持ち上げる」「右へ」「下ろす」、それだけだ。軽口ひとつ、愚痴ひとつ聞こえない。路地の入口の男は、近づいた僕たちをちらりと見て、すぐに目を逸らした。レイは、その男たちを一人ずつ目で追っていた。
いちばん奥の、少し大きな二階家の脇の空き地には、戦車が一台と、輸送車が二台停めてあった。どれも見たことのない形で、砂漠用の戦車のように砂色に塗られてもいない。くすんだ灰色の車体は角が丸く、どこにも継ぎはぎの跡がなかった。荷台には厚い布がかけてあって、中は見えない。車体の色は、男たちの服と同じだった。
その二階家の前にだけは、人だかりができていた。腰に古い銃を下げた若い男たち。銃を背負い、腰に山刀を差した二人組。ありあわせの銃を抱えた、ハンターなのかどうかも分からない、日に焼けた日雇いらしい男たち。戸口から通りまではみ出した誰もが、どこかそわそわしている。噂は輸送隊と一緒に砂漠の向こうまで運ばれていく、とラドックさんは言っていた。町の中なら、なおさらだ。あの日当の話は、半日もしないうちに町じゅうに広まったのだろう。
人をかき分けて、戸口から中を覗いた。板張りの広い部屋の奥に大きな机があって、その前に、男が一人立っている。
四十くらいだろうか。背は高くも低くもなく、細身で、背筋がまっすぐに伸びている。暗い焦げ茶の髪をきちんと撫でつけていて、こめかみに少しだけ白いものが混じり、口ひげは短く整えてあった。荒野の男にしては肌が白く、日に焼けた顔ばかりのこの町では、その白さが妙に目についた。
着ているのは、路地の男たちと同じ、くすんだ灰色の厚手の上着だ。胸にも腰にも蓋のついた物入れがいくつも付いていて、袖口と襟は、砂が入らないように詰めてある。同じ灰色のズボンを膝下までの革の長靴に入れ、腰には革の鞄。遺跡を歩いて回るための格好なのだろうし、理にかなっているのは僕にも分かった。裾や長靴には、この町の砂が少しついている。それなのに、上着そのものには、ほつれも、擦り切れも、色の褪せたところもなかった。体にぴたりと合っていて、まるで今朝おろしたばかりのようだ。
男は、集まった人たちに、穏やかな声で話していた。
「戦車をお持ちの方には、遺跡の周りの見張りと、守りに専念していただきます。掘っている最中に、戦車から降りていただくわけにはまいりませんので。戦車がいるだけで、寄ってくるものはずいぶん減ります。お持ちでない方には、いざというときには戦っていただくこともございますが、主なお仕事は、掘る方です。崩れた瓦礫をどけて、埋まった入口を掘り出していただきます」
掘る仕事。ただの力仕事なのに、あの日当なのだ。部屋の中の男たちが、顔を見合わせて色めき立った。
話がひと区切りついたところで、部屋の前の方にいた三人組が、奥の男に近づいていった。ひと目で、新人ではないと分かる。三人とも日に焼けた顔に古い傷をいくつも残していて、使い込んだ銃を、慣れた手つきで肩に掛けていた。表に、砂色の戦車でも停めてきたのかもしれない。先頭の、顎ひげに白いものの混じった男が、奥の男に何か話しかけた。
奥の男は、にこやかに耳を傾けてから、丁寧に頭を下げた。
「ありがたいお申し出ですが、今回は浅い遺跡でございますので、皆さまのような腕利きの方にお願いするほどではございません。お代も、皆さまのお仕事には見合わないかと存じます」
顎ひげの男は、しばらく相手の顔を見ていた。それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「新人歓迎ってのはよく聞くが、古株お断りってのは初めて聞いたぜ」
三人組は肩をすくめて、戸口の方へ歩いてきた。すれ違いざまに、顎ひげの男の目が、ちらりと僕の顔をなぞっていく。何か言いたそうに見えたのに、男は口を開かないまま、通りへ出ていった。腕利きには、もっと割のいい仕事があるのだろう。そのくらいにしか、考えなかった。
戸口の脇では、灰色の服の男が、日雇いらしい男たちを一人ずつ見ていた。肩や腕を確かめるように眺めて、うなずいたり、首を振ったりしている。首を振られた痩せた男が、肩を落として出ていった。掘る仕事なのだから、せめて岩を担げるくらいの身体がなければ、要らないのだろう。
次に前へ出たぼさぼさ頭には、見覚えがあった。灰色の服の男は、トビの細い腕と、背丈ほどもある古い銃とを見比べて、首をかしげかける。トビはそれより先に、脇に積んであった木箱の一つに飛びつき、ぐいと肩に担ぎ上げてみせた。顔は真っ赤なのに、膝は少しも震えていない。男はしばらくトビを眺めてから、黙ってうなずいた。
「よっしゃ!」
箱を下ろしたトビが、こっちに気づいて、ぱっと顔を輝かせた。
「兄ちゃん! 兄ちゃんたちも来たのか!」
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