プロローグ
本日は5話更新しています(1/5)。
主砲の引き金を引いた。何も起きなかった。
もう一度。照準ハンドルの赤い引き金を、指の関節が白くなるほど奥まで押し込む。かちり、とも鳴らない。画面の隅に目をやると、さっきまで灯っていた主砲の表示が、跡形もなく消えていた。最初に斜路の壁へ叩きつけられたとき、計器がちかちか瞬いていた。あれだ。よりによって、今。
「嘘だろ……頼むから、動いて。動いてよ!」
計器を拳で叩いても、父さんの戦車は黙ったままだ。たった一発残った砲弾が、砲身の奥で眠っている。
画面の真ん中で、崩れ狼がこちらを向いた。身体の半分が溶け崩れたような巨体が、低く唸りながら斜路の砂利に爪を立てる。左の脇腹では、突き立ったままの細長いものが、息をするたびに揺れていた。あいつが見ているのは、僕だ。主砲を向けておいて撃てもしない、この場でいちばん弱くて、いちばん目障りなもの。巨体が、ぐっと沈んだ。跳ぶ。まっすぐ、ここへ来る。
視界の端、車体の斜め後ろで、砂利が鳴った。あの人だ。僕の上着を羽織った、ついさっきまで名前も知らなかった、きれいな女の人。短すぎる袖から手首をのぞかせて、こちらへ飛び出そうとしている。今のあの人なら、たぶん間に合う。崩れ狼の横から飛び込んで、蹴り飛ばしてくれる。そうすれば、僕は逃げられる。
そう考えた途端、身体の芯がすっと冷えた。まぶたの裏で、青い炎が弾ける。遠ざかっていく大きな背中。焼けた石畳の上で、震えていることしかできなかった小さな手。あの夜も、僕は助けてもらっただけだった。
また、待つのか。
崩れ狼が、地面を蹴った。
「来るな! そこで見てて。こいつは僕がやる!」
――話は、七年前のあの夜にさかのぼる。
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