第9話 絶望の宣告
「号外! 号外!」
「セント・ラースロー帝国皇子ランスロット殿下が本日新たにご婚約!」
「相手はなんと、隣国の巨乳美女だぁ!」
街角で読売りが大仰に書き立てた紙片を手に面白おかしく囃し立てる。
人々は我先に受け取り、貪るようにして目を走らせた。
「婚約?」
「あれ? 以前の公表だと確かフェリーリラとかいう貧乏な国から、それはそれは綺麗なお姫様を娶られるってことじゃなかったっけ……」
その日。
セント・ラースロー帝国から国内と諸外国へ向け、皇子ランスロットがフェリーリラ王国姫ロゼリアとの婚約を破棄し、隣国のゾルアディウス公国の令嬢アリストゥスと婚約することが発表された。
そして、季節が改まった頃に結婚式を盛大に執り行い、ランスロットの即位が行われることも……
「一体どういうことなんだろう」
「さぁ……」
婚約破棄についての事情など、下々が直接知っているはずがない。
セント・ラースロー帝国は宮廷で起こった醜聞を隠すため、ロゼリアの病死や侍女による成りすましの一件、そして婚約破棄からの決闘に至るまですべてを伏せてしまったのだった。
婚約破棄した理由は、漠然と「ロゼリア姫はセント・ラースロー帝国の王室に相応しくなかった」と説明したにとどまった。
無論、国民が納得するはずがない。人々は色々と噂し合った。
「輿入れしたフェリーリラ王国姫は実は刺客で、ランスロット皇子の暗殺を企んで失敗した」という荒唐無稽なものから「成長著しいゾルアディウス公国から経済的な後ろ盾を得るため貧国フェリーリラを見捨てて乗り換えた」と、信憑性のあるものまで様々な憶測を呼んだが、結局どれもこれもしょせんは根拠のないうわさに過ぎなかった。
「国民の皆さん、盛大にお祝い下さい!」
お披露目の場所である王宮前の広場に集められ、広報官からそう告げられてもセント・ラースロー帝国の国民の間からは最初歓声も起きず、拍手もまばらだった。誰もが戸惑った顔を見合わせるばかり。しばらくは気まずい空気が流れた。
それでも……
「セント・ラースロー帝国の皆さん、お世話になります。ランスロット殿下に一目惚れしちゃって間もなくお嫁さんになります、アリストゥス・フリーデンタールです。どうかお見知りおきを!」
セント・ラースロー帝国の宮廷に新たに迎え入れられた婚約者アリストゥスが紹介され、王宮のバルコニーからランスロット皇子と彼女が共に手を振る姿を見て人々はようやく笑顔を取り戻し、歓声を上げた。
「凄い! なんて綺麗な方なんだろう!」
「こんな方が我が帝国の新たなお妃様として来られるのか!」
現金なもので、彼等は婚約者の常人離れした美しい容姿に感嘆すると、たちまちこの女性こそ古い神話の時代から続くセント・ラースロー帝国の新たな妃にふさわしいと口々に持て囃した。
「アリストゥス様、ばんざぁい!」
「セント・ラースロー帝国に、とこしえの繁栄あれ!」
アリストゥスの名前ばかりが連呼されるので、次第にランスロットは拗ねて膨れっ面になってしまった。人々は爆笑し、お行儀よく「ランスロット皇子、ばんざい!」と付け加えた。
祝賀ムードがようやく盛り上がる中、婚約破棄されたフェリーリラ王国の姫を哀れに思う者など、もう誰もいなかった。
彼等は知らない。
婚約者の交代劇の裏側でフェリーリラ王国に国交断絶がひっそりと通告され、水を含む交易が停止されたことを。
「そんな……」
「水が断たれたら、私たちは生きてゆけません。横暴すぎます!」
「おめでたい婚約の一方で、私たちに苦しんで死ねというのですか!」
非情な通告に慌てたフェリーリラ王国から外交用の魔法球を通じて抗議や懇願が山のように届けられた。
だがそのどれにも一切の返答はなく、ただ無視された。
深刻な事態に直面し老齢のフェリーリラ国王は顔色を失ったが、すぐさま対策を講ずべく臣下を集めた。
「とにかく近隣諸国へ水の緊急援助を要請しよう」
「どんな事情で国交を絶つに至ったのか伺う為にセント・ラースロー帝国へ誰か特使を立てよ」
「国民は動揺している。落ち着いて節水に努めるよう、陛下の御名で布告を出そう」
貧しい国ながらも一国の外交や経済を担う政務官や大臣達だけに打つ手は素早く、的確だった。
間もなく「フェリーリラ政府は水の供給に全力を尽くすので、それまでは苦しさを皆で共に耐え忍ぼう。貯水池の水や湧き水は平等に分配するから決して奪い合ったりしないように」と国内にお触れが出された。
しかしフェリーリラ王国にある水だけでどれくらい耐え忍べるのか……本当にまた水が自由に飲めるようになれるのか……誰もが不安を抱えていたが、「陛下も皆と同じ量の水で耐えしのばれる」と聞き、それぞれの胸の中で不安を抑えて耐乏生活へと入っていった。
一方、フェリーリラ王は娘の身を案じてオロオロしていた。
「それにしても突然の婚約破棄とは一体……なにがあったというのだろう。ロゼリアは優しい娘だ。ランスロット皇子の怒りを買う真似など、するはずないと思うのだが……」
肩を落とす王へ近習の一人が慰め顔で言った。
「噂によればランスロットは稀代の我儘皇子だとか。おそらく、色香の高い隣国の令嬢に惑わされ、国ごと切り捨てたのではないでしょうか」
老王は両手で顔を覆った。
「ロゼリア……輿入れ後はセント・ラースローを憚って連絡もしておらなんだ」
「陛下……」
「余は馬鹿な父親じゃ。我儘皇子にそざかし冷遇されておったに違いない。病弱な上に侍女と二人だけでは、さぞかし心細かったであろう……」
娘の安否を心配し、子供のように泣きじゃくる王の肩を抱きながら王妃も泣いた。
二人はロゼリアが輿入れの途中で病死したことを知らずにいた。
その後、侍女が彼女を騙っていたことも、婚約破棄の場で何が起きていたのかも……
「陛下、悪い方にばかり考えるのはやめましょう」
「そうです。国家の体面もある。まさか、婚約破棄されたロゼリア姫を疎かになど扱っていないでしょう」
王妃や臣下達に慰められ、王は涙を拭いた。
「そうじゃの。王たる身で、つい取り乱してしもうたわ……」
王が暗い顔をすれば、それはたちまち臣下や国民に影響し、不安や絶望へ繋がってしまう。
彼は強いて照れたような顔を作り「王も所詮はこのとおりの親馬鹿じゃ。みな笑ってよいぞ」と、笑ってみせた。
周囲もようやくホッとしたように顔を綻ばせた。それぞれの職務に向けて動き出す。
(ロゼリア……)
ふと、王は窓の外を見た。そこには、この国の暗い未来を否定するように青い空が広がっている。
(そういえば娘も空が好きであった)
(ロゼリアも今どこかでこの空を見上げているであろうか……)
危機に瀕した国に似つかわしくないほど青く澄んだ空。
王の目に、それは絶望することはないのだと娘がやさしく慰めてくれているかのようにも見えたのだった……




