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偽りの婚約破棄令嬢は恋を胸に、遠き蒼穹の彼方へ  作者: ニセ@梶原康弘


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エピローグ 願いは風に乗って

「トムセン、リュドミラ、結婚おめでとう!」



 気持ちの良い風が吹いていた。見上げた空は高く、吸い込まれそうなほど深い蒼色に染まっている。


 神の心づくしのように、二つまみほどの雲が地平線上に添えられていた。



 異世界の小国フェリーリラ。



 この国の片隅で、今しも一組の結婚式が執り行われていた。


 特別な日である。集まった人々は心を込めて祝福の場を街の郊外にある野原の一隅にしつらえていた。


 彼等の普段の暮らしぶりは決して裕福と言えるものではない。この世界に魔法は存在するが、好きな食べ物をポンと出したり巨大な敵を一撃で粉砕する……そんな都合のいいものではないのだ。火を熾したりちょっとした怪我を治す程度で人々の生活を助ける程度のものである。


 このフェリーリラも、そんな魔法の助けを借りながら営まれている発展途上の国だった。豪華な式場などあるはずもなく、この結婚式も人々が持ち寄ったものばかり。何もかもが手づくりだった。


 だが、それだけに人々の温かい心づくしがそこかしこに見受けられた。音楽魔法の心得がある者が集まり、楽器を華やかに歌わせる。子供たちが作った紙吹雪が舞い、祝福の言葉が降り注ぐ。


 誰もが笑顔だった。



「おめでとう!」


「おめでとう!」


「幸せになってね!」



 式場の傍には色とりどりの花々が咲き乱れている。彼等も風に花びらをさやさやと揺らし、人生の門出を迎える二人を祝福してくれていた。


 白いヴェールを纏った花嫁は頬を染め、幸せに俯いている。花婿は、ともすれば緩みそうな表情を懸命に抑えながら、参列者たちの祝福に応えて懸命に手を振った。


 やがて式台の前に二人が並ぶと聖職者が静かに会釈し、神の言葉を紐解き始めた。これから人生を共にする二人の為に夫婦の愛を静かに説く。



「……この先の日々には楽しいことばかりが待っているとは限りません。時には怒りに我を忘れ、相手を思いやる心を見失いかけることもあるでしょう。ですが大海へ漕ぎ出す船は帆と舵、どちらが欠けても嵐を乗り切ることは出来ないのです。しかし、そうして辿り着いた先で貴方たちは、より深く大きな幸せをきっと見出すでしょう」


「……」


「この国を救った異世界の騎士ルーベンスデルファーと救国姫エインゼル。この空の向こうのどこかで結ばれた二人のように……」



 その言葉にその場に居た誰もが頭を垂れ、静かに想いを馳せた。新郎も、花嫁も、そして参列者たちも……



「貴方がたは誓えますか? あの二人のように互いを信じ、支え合い、そして永遠に愛し合うことを」


「誓います!」


「はい、誓います」



 問われた二人は迷うことなく即答し、微笑んでうなずいた聖職者が「では、その誓いをここに示して下さい」と促した。


 厳粛な空気の中、新郎は花嫁のヴェールを持ち上げ、恥じらって俯く花嫁を優しく自分に向けると、その唇に自分の唇を静かに重ねた。


 温かい拍手と歓喜の声が二人を包む。



「皆さん、さぞかしお腹が空いたでしょう。精一杯のお祝いです。さぁ、遠慮なく食べて下さい!」



 司会を取り仕切る新郎の父親が、食事を並べたテーブルへ一同を案内した。新郎から挨拶と感謝が改めて告げられ「乾杯!」の声と共に杯を干す。人々は日常ではなかなか口に出来ないご馳走に舌鼓を打ち、歓談が始まった。


 新郎と花嫁は新婚生活について冷やかされ、友人たちは次に結婚するのは誰になるだろうなどと噂しあった。お代わりのスープが注がれ、焼いたばかりの貴重な肉が切り分けられる。


 ただ、この結婚式にはひとつだけ変わった決まり事があった。お祝いにつきものの「酒」がないのである。お茶もジュースもない。飲み物として出るのはすべて「水」だった。


 だが不平を言うものは一人もいない。


 そればかりかこの場で杯に注がれる何の変哲もない水を彼等はじっと見つめ、感謝と共に静かに味わうのだった。はしゃいでいる子供たちですら水だけは行儀よく啜っている。


 今でこそ困ってはいないが、この国は「水」を絶たれ、窮迫した過去があった。人々はその時の絶望を今も忘れていない。


 そして、その苦しみを救ってくれた二人に今も感謝している。


 その恩をいつまでも忘れないために、このフェリーリラでは結婚式では特に「水を大切に飲む」という習わしが根付いているのだった。


 和やかな雰囲気の中で結婚式はつつがなく終わろうとしている。


 だがその前にもうひとつだけ……結婚式の最後に必ず行うことがあった。



「さぁ、どうぞ。風もちょうどよく吹いている。きっとあの二人の許へ届きますよ」



 用意されていた籠が新郎と新婦に手渡される。二人は顔を見合わせ、頷き合うとその中に詰められていたいっぱいの花々を手にして、空へと大きく放った。


 拍手と歓声がひときわ大きく空へとこだまする。たくさんの花が風に乗って舞い上がっていった。



……この国を救った二人を、彼等は結婚式の最後にこうして祝福するのである。



(ルーベンスデルファー……)


(エインゼル……)


(どうかあなた達がたどり着いたどこかで、今日の私たちと同じように幸せでありますように……)



 舞い上がった花びらは遠く、空の彼方へと旅立ってゆく。


 この国を救い、結ばれた二人の幸せを願う人々の想いを風に乗せて……



挿絵(By みてみん)

【FIN】

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