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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第8話 過去から来た未来刺客?

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【1】 開腹、異物の臓腑

二十三時五分――。


長野県警の金田と斉藤は、湖を背に巡回していた。

二人とも、伸縮式の金属警棒を装備しており、肩から拳銃がぶら下がっている。


足元を照らしながら、作業員宿舎と湖の間を通り抜け、中庭へと向かう途中――

金田がふと足を止めた。


ポケットから煙草を取り出してくわえ、火を点ける。

煙を吐きながら顔を上げたそのとき、暗い湖畔で何か動くものが目に入った。


目を凝らしてよく見ると、それは――二つの人影だった。



同時刻、発掘現場の採集室では――

林と山本は、泥に埋もれていた遺物を丁寧に洗い流し、

白布を敷いたテーブルの上へ一つひとつ並べていた。


鎧、兜、刀、槍、鏃――そして、人骨。

骨は指でつまめば崩れてしまうほど脆く、二人の指先は震えていた。


その作業を黙って見つめる統括責任者の東峰。

――無言の眼鏡の奥は、光を反射して冷たく光っている。


石箱の内部は、まるでプールのような四角い空間で、

二人は一メートル四方に区切って発掘を進める。

――気が遠くなるような手間のかかる作業だった。



一方その頃――

隣の解剖室では、田辺博士たちが“異形”の正体を探っていた。


博士は、肘の外側の平板状の“爪”の一枚を、取り外すことに成功した。

見た目以上に鋭利で、扱いを誤れば指が飛ぶ。

博士はそれをステンレスの台の上に静かに置いた。



【補足図:怪物の右手イメージ図】

挿絵(By みてみん)


その開いた内部には――

左手と同じ構造を持つ“右手”が隠されていた。

二本の太い指と、やや離れた位置の親指。

中は完全に密閉されており、湖水も苔も一切入り込んでいない。

五百年前の密閉構造とは思えない精度だった。


丹波が、博士の指示で左脇の下――矢が深く刺さっていた箇所から切開を始めた。

腹部や胸部の皮膚はどんなレーザーでも刃が通らなかった。

だがその“傷口”だけが、唯一、道を開いていた。

――やがて、両腕の切断に成功した。


だが、彼をさらに驚かせたのは――

切開した脇の下から、流れ出てきた、黄色がかった緑色の血液。

それは濃く、どろりとして、まるで腐った苔の汁のようだった。

しかも、それは想像を超える量だった。


五百年の時を経て、なお流れ続ける。

「ありえない……」

丹波の声は震えていた。


寝かされた台の上から、とめどなく床に広がる血液を、日向がホースで下水口へと流しはじめた。

生臭い匂いが立ちこめ、解剖室の空気は粘つき始めていた。


丹波が左脇の下から腰骨のあたりまでを切り進めたその瞬間――

でっぷりと膨れた腹部から、臓物がずるりと外へ滑り出た。


思わず丹波は、足を後ろへ引いた。

日向は、咄嗟に口元を手で覆った。


麟太郎が息を呑み、カメラを握る手が震える。

「うっわ……ぷっ……」

押し殺した呻き声が響いた。


その臓物は、台の上を滑り落ちて、床に転がった。

見た目は――米俵ほどの大きさだった。


丹波は、顔をしかめながら、そっと日向に目で合図を送った。

彼女は、無言のままホースを手に、ゆっくりと近づく。


「それを洗ってくれ」

丹波の声は、低く、震えていた。


日向は無言で頷き、ホースの先から水をかけた。

レバーのような色をした米俵型の臓器に、水が当たるたび、表面の浮き出た細い血管を露わにしていった。


その米俵のような臓器は、食道のような細い管で腹の奥からぶら下がっている。

その重みで、今にもちぎれそうだ。

サンタクロースの袋のように膨れたその中には、

何か――“詰まっている”。


丹波は筋鈎(きんこう)を差し込み、内臓の隙間をこじ開ける。

細い管の先を辿ると、それは胸部を抜け、どうやらあの顔の喉元へと――。


(……胃袋?)

と思った時に、腹に入れた丹波の手が止まった。

ゆっくりと、手前の臓器を端に寄せた。


「……何っ!?」

腹の奥を覗き込んだ丹波が、思わず声を漏らした。


背中側に寄った位置に、胃や腸と思しき食道や気管が、**《これとはまったく別に》**存在していたのだ。


(ということは……これは胃袋じゃないのか?)

彼は、重たげにぶら下がる袋状の臓器へと、改めて視線を向けた。


たしかにその“米俵”のような臓器は、袋状で、下部は閉じられていた。

このままでは、たとえ何かを取り込んでも――消化後の排出ができない。

明らかに“通常の内臓”とは構造が異なっている。


丹波は、それ以上、腹腔を広げるのはひとまず諦め、ぶら下がったその奇怪な“米俵”の調査へと切り替えた。



田辺博士は、取り外した一枚の平版の爪を、やや大げさなほど慎重に調べていた。

それは――カミソリのような切れ味。

深夜通販で「トマトも潰さずスッと切れる!」と宣伝される万能包丁など比ではない。

軽く触れただけで、指が落ちるほどの鋭い(やいば)であった。


博士は平爪を固定し、次々と実験を試みた。

ドリルで削る。薬品に浸す。高熱で焼く。

――だが、どんな方法でも傷ひとつつかない。

薄く、軽いのに、まるで地球の理から外れた強度を誇っていた。


五百年前の生物。

地球上の物質ではない爪。


科学の言葉が通じない“異物”を前に、博士は息をのむ。


「……こんなもの、誰に報告すればいい?」


汗が滲む。

胸の奥にわき起こるのは――研究者としての狼狽か、それとも、未知に対する静かな歓喜か。

現実が軋み、静かに崩れていく常識の悲鳴が、彼の耳のすぐそばで鳴っていた。



腹の中から垂れ下がっていたのは、米俵のように膨れた臓器だった。

そこから伸びる、へその緒のような管を――丹波が大ぶりのメスで、勢いよく断ち切る。


次の瞬間。

外皮の硬さが嘘のように、管はあっさりと切れ、

透明なゼリー状の液体が勢いよく飛び散った。


「きゃーっ!」

日向が短い悲鳴を上げた。

ゼリーは彼女の白いスラックスに直撃していた。


もしこれがSF映画のワンシーンだったら――きっと白煙が上がり、彼女の足は溶け落ちていたに違いない。


丹波は、分厚いゴム手袋に長靴、さらに胸まで覆うゴム製エプロン。

完全防護の姿で、床に広がる液体を気にも留めず、

萎んだ“米俵”を両手で抱え、隣のステンレス台にそっと移した。


“萎んだ”とはいえ、その質量はまだ象の胃袋並み。


「ちょっと、気をつけてよ!」

日向が雑巾でスラックスを拭きながら歩いて来た。


「それ……胃袋なの?」

「あれが胃液なら、君の足は今ごろ無いね」

丹波は皮肉まじりに言い、謝る気配もない。


テーブルの上では、米俵のような臓器が静かに沈黙していた。

だが、よく見ると内部に三つの膨らみ――

ラクダの背、あるいは巨大な落花生のような形が浮かんでいる。


丹波は、萎んだ“それ”の内部を傷つけぬよう慎重にメスを入れた。


日向は少し距離をとり、ハンカチで顔を庇っていた。

――次に、何が飛び出すか分かったものではなかった。

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