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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第7話 星空に静かに抱きしめる夜

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【5】 死してなお、科学を拒む身体

田辺博士は――その異形の“穴”を前に、

胸の奥で冷たいものがじわじわと広がっていくのを感じていた。


耳の下――その小さく開いた穴の中には、

細くて硬い体毛のような“ひげ”が、規則正しく並んでいた。


博士が、手袋をはめた指をそっと穴へ差し入れようとした――そのとき。


「ちょっと、待ってください!」


鋭い声が、解剖室の空気を切り裂いた。

日向だった。血の気の引いた顔のまま、声を震わせている。


「……本当に“死んでる”んですか? それ……スイッチとかじゃないんですか?

 押したら、これが……“動く”とか――」


「……ロボット?」

隣の丹波が、呆れと苛立ちの入り混じった声を漏らす。


「だって五百年も経ってるのに、腐ってないんですよ?

 最初に見たときから思ってた。

 これ、“死体”じゃなくて――“造られたもの”なんじゃないかって」


「侍が刀を振り回してた時代に、誰がそんなもん造るんだよ。

 しかも、なんのために――」


「やめなさい」

田辺博士の声が、それを制した。

いつもの穏やかな調子だったが、声の奥に、わずかな緊張が潜んでいた。


「私の見たところ、これはロボットではない」

博士は淡々と告げる。


「じゃあ……なんで、腐ってないんですか?」

日向が食い下がるように詰め寄った。


博士は答えず、わずかに視線を落とした。

恐怖と理性、その狭間に立たされた科学者の顔だった。


「……この“もの”は確かに生物だ。だが、どこか人工的な部分もある。

 三枚爪も、耳の後ろの穴も――自然の生き物ではありえん」


「でも、じゃあ……五百年も経ってるのに、なんで――!」


「死後に腐敗しない理由は、いくつか考えられる」

田辺博士は低く言った。


「もし体内が完全に密閉され、外気の細菌やバクテリアが一切入らなかったとしたら――

 あるいは死後、瞬間的に凍結状態に至ったのなら、理屈の上では……」


しかし言葉の先は弱かった。

説明すればするほど、彼自身の声が虚ろになっていくのを自覚していた。

科学の言葉が、未知の前で少しずつ崩れていく。


「外皮の保存理由は?」

丹波が問う。


「……本革のようなものだろう」博士は答えた。

「ベルトやバッグ、靴のように、生前に何らかのコーティング処理を施していたなら――こうも残る。

 だが、中がどうなっているかは……開いてみなければ分からない」


「……中って」

日向が眉根を寄せる。


「腹の中は、グチャグチャに腐ってるってことですか?」

丹波が、鋭い口調で問い、怪物を指さした。


「それは、開けてみないと分からん」

田辺博士はそう答え、不安げな表情の二人をちらりと見た。



沈黙。

天井の蛍光灯が、わずかにジジジと鳴る。


「いずれにせよ、この穴が“スイッチ”である可能性は低い」

田辺博士は言い、ためらいなくその小さな穴に指を差し込んだ。


中には、無数の“髭”のような繊維がびっしりと並び、思っていた以上に硬くざらついた感触が、指先にじわりと伝わってきた。


その時――


「……これはっ!」

博士の声が震えた。


「どうしました?」

丹波が思わず身を引き、緊張した声を上げた。

背後では、日向もギクッと肩を震わせる。

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