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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第4話 箱の引き上げとやんちゃ姫

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【1】 沈黙の湖、語らぬ遺物

諏訪湖――。


初夏の陽が淡く反射し、風もない水面が鏡のように静まり返っていた。

だが、その下では、二十人の潜水士たちが黙々と泥と格闘している。


湖上には二隻のタグボート。

それぞれの甲板には、六台ずつのエアポンプ。

計十二台の機械が、ゴウゴウと唸りながら、湖底へと空気を送り込み続けている。


本来なら、巨大なサルベージ船を用いるはずだった。

だが、輸送費と組立コスト――そして、湖の地形がそれを許さなかった。


工事を請け負ったのは、地元の大手建設企業『賀寿蓮組(がじゅれんぐみ)』。

湖底作業に対応できる潜水作業員二十人が雇われ、

彼らは交代で水中に潜り、泥と格闘しながら、手作業で湖底を掘り進めていく。


その裏では、地上で特設会場の建設が進められていた。

湖底から掘り出した泥はタグボートに積まれ、次々と陸へと運ばれ、

ダンプで山へと運び出される――。

そんな地味で骨の折れる工程が、幾度となく繰り返された。


――◇――


――一ヶ月後。


延べ三百時間に及ぶ潜水作業の末、

湖底の泥の中から、ついに“巨大な石箱(それ)”が姿を見せた。


高さ三メートル以上の石箱。

縦二十メートル、横十二・三六――

黄金比に近いその長方形が、泥の中からゆっくりと浮かび上がる。


表面には、藻と貝殻がびっしり張りつき、

まるで湖そのものが纏っていた“時の衣”のようだった。


中央には直径二メートルの円形の穴。

そこから、さらに小さな内箱の蓋が、わずかに顔を覗かせている。


さらに、その蓋の円孔を取り囲むように――四つの菱形。

水の中で揺らぐその紋様は、誰が見ても“武田家の家紋”であった。


すべては――

「天才異端児」の異名をとる歴史学者、

神童 時貞(しんどう ときさだ)教授の見立て通りである。


――◇――


石箱の側面。

潜水士たちがドリルを構え、小さな穴を次々と穿っていく。

そのたび、白い気泡がぷくぷくと立ち上り、

湖面に淡い筋を描いた。


等間隔に開いた穴には一本ずつ、鉄の杭を入れていく。

その先端は傘の骨のように開く仕掛けで、

差し込まれた瞬間――中で開き、二度と抜けなくなる。


杭と杭は、ワイヤーで結ばれ、

やがて石蓋全体を包む円形の巨大シートに繋がっていく。

その布は、分厚いテント生地にも似ていた。

水中ではふわりと広がり、まるで“沈んだパラシュート”のように揺らめく。


シートの中央からは、四本の太いワイヤーが放射状に伸び、

石箱の四隅を固定されていた。

これは、空気を送り込んだときに中央だけが尖って膨らみ、

全体のバランスが崩れるのを防ぐための構造だった。

――それは、“水中の気球”だった。


地上のポンプ群が唸りを上げるたび、

湖底の気球が、ゆっくりと膨らみ始める。

五百年前の遺物が、静かに――確実に、現世へと浮上しようとしていた。


当初、軽量のメタンガスを用いる案もあった。

だが安全性とコストの両面から却下された。


箱が崩壊する危険性も懸念されたが、

ドリル調査の結果――石は一枚岩をくり抜いたもの。

驚くほどの強度を今なお保っていた。


浮力で湖面に浮かび上がった石箱の下部に、潜水士たちが四方からワイヤーを通す。

そのワイヤーを、湖畔に待機する四基の大型クレーンへと繋げて、

最終的に“中庭”と呼ばれる特設エリアへ慎重に降ろされる予定だった。


X線解析によれば、石箱は二重構造。

外箱の内側に、縦横七・五〇メートルの内箱が収まっている。

その周囲には、四方すべてに空間――空洞が設けられていた。


まるで外箱は、内箱を守るために造られた“盾”。

だが、ならば――なぜ上蓋の中央に円孔が?

外箱が守るための構造なら、蓋に穴を開ける必要などはない。


時貞は、その一点に違和感を覚えていた。

それは、彼が築き上げた五百年の時を解き明かす強固な論理に、

初めて生じた、致命的な一筋の亀裂だった。


――◇――


――湖の中央が、大きく波立った。


その左右で、ポンプを積んだ二隻のタグボートが、大きく横揺れを起こしている。

濁った湖の下で、巨大な黒い影が広がっていく。

まるで湖底から、UFOが浮かび上がってくるようだった。


「……見えてきたわね」


碧は腕時計を見下ろした。十一時五分。

湖面を見つめる横顔には、わずかな緊張と興奮が入り混じっていた。


「――こちら白鳥碧です。

 今、諏訪湖の底から五百年前の“石の箱”が、ゆっくりと浮上しています!」


カメラに向けた声は、微かに震えていた。

麟太郎が合図し、カメラをパン。

諏訪湖全体が画面いっぱいに映し出される。


「いよいよ、ですね」

一織が部屋を抜け、碧がカメラから外れるのを待って、声をかけた。


「ええ。……五百年前の“歴史の箱”が、ついに姿を現すわ」


ブレザーの袖を整えながら振り返る碧の瞳は、

夜を徹した疲労の色よりも、

好奇心と昂揚の光を宿していた。


「神童博士は?」


「あっ、四郎はね……今も古文書の最後のあたりと格闘中。

 もう一週間、同じページを睨んでるのよ」


碧は、《《いないことに》》ちょっとホッとした。


――いきなりお尻を触られて、「ジャッカルの仕業だ」とか言われたら、たまったもんじゃなかった。

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