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血塗れ湖畔が嗤う ~25 HOURS ― 30人の生き残りを懸けた地獄のサバイバル~  作者: 霧原零時(orすっとぼけん太)
第3話 道化を演じる偉才の貴公子

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【5】 ジャッカルと、慈悲の説法

テーブルの上を、黒いカブトムシがのっそりと歩いている。


碧は――すっかり、時貞に謝るのを忘れていた。


というのも、当の本人が、

わざと“謝る隙”を与えない空気を作っていたからだ。


一織が、カレーまんの残骸を袋に詰め終え、ぽつりと呟く。


「四郎の家族って、ほんと変わった名前ばかりでしょ。

 だから本人も、何にでも名前を付けたがるのよ。


 今度はカブトムシに“ヨネ松くん”だもんね」


袋の口を、きゅっと縛る。


碧は苦笑した。


「……そうね。

 ジャッカルくんとかも、ね」


――その瞬間。


「ジャッ……カッ……ルゥゥ~~~~~ッッ!!!」


一織の顔色が変わった。

額に青筋。


怒号が、雷のように炸裂する。


「ひっ……!」


背を向けていた時貞の肩が、ビクリと跳ねた。


顔面が、一瞬で蒼白になる。


次の瞬間――!


結び目のついたコンビニ袋が、

ミサイルのように後頭部へ発射された。


――が。


時貞は背を向けたまま、

まるで第六感が働いたかのようにヒョイと頭を傾け、

紙一重で回避。


袋はスペースシャトルさながらの軌道で放物線を描き、

目の前の壁に――


ペシャッ!


壁に激突し、

そのまま、儚くも崩れ落ちた。


次の瞬間――


一織が立ち上がる。


「四郎、碧さんに何したのよ!

 今度はどこ掴んだの!? ねぇッ!」


鬼の形相。


時貞の襟首をガシッと掴み、

強引に振り向かせた。


雷が落ちる勢いの詰問。


時貞は、

もげるほどに首をブンブン振った。


顔は真っ赤。

酸欠寸前。


「な、何にもしてない! してないしてない!

 これから――」


――はっ。


口を押さえる。


“墓穴寸前”。


「もう、今回だけは本っ当に許さないから!」


一織が詰め寄る。


――最年少の天才歴史考古学者、神童時貞。

この瞬間ばかりは、完全に無力だった。


碧は、ぽかんと立ち尽くす。


「……ど、どうしたの?」


まったく、わからない。


すると――


「わたしはね!」


一織が叫ぶ。


「ジャッカルにお尻を握られたのよ!!」


――爆弾。


「……えッ!?

 ――前科あり」


碧の思考が、弾けた。


(あっ……あの“右手のジャッカル”って――)


(まさか、“獲物”って……そういう意味の……!?)


顔が、引きつる。


――そんな中。


当の時貞が、静かに口を開いた。


右手の“ジャッカル”で、そっと指す。


「落ち着いて。

 まずは……このヨネ松くんを、よーく見てくれ」


――真顔。


「はあっ!? なんで今、カブトムシ!?」


一織は、完全にブチ切れている。


それでも時貞は続けた。


「いいから。――彼は、戦うための体をしている。


 角を持ち、空を飛ぶ。

 ……いわば、“空飛ぶ戦車”だ」


“ジャッカル”で“ヨネ松”を掲げる。


「だけど、メスには角がない。


 なぜだと思う?」


一織は無言。


腕を組んだまま、時貞を見下ろす。


――納得する気配は、微塵もない。


碧は一歩引いた位置で、

必死に笑顔を貼り付けていた。


――顔が、明らかに引きつっている。


「メスには、戦う必要がなかったんだよ。


 いざという時は、オスが助ける。


 ――役割が、はっきり分かれていた」


時貞は、ゆっくりと顔を上げる。


「こんなにも小さな虫にさえも」


そして――


「でも!」


声が跳ねる。


「人間はどうだ!!」


両手を大きく広げた。


「男と女の違いなんて、生殖に関する部分だけだ。


 男には――


 最初から、“牙も角も”与えられていない」


一拍。


目が、開く。


「じゃあ、男は戦えないのか?」


――間。


「答えは、ノーだ!」


空気が、止まる。


「男はね、武器の代わりに“勇気”を授かったんだよ」


胸に手を当てる。


「愛する者のために、命を懸けてでも守り抜く――


 そんな力が、この胸にはある。


 ――この僕にも!」


――熱。


だが。


一織は、すでに天を仰いでいた。


怒る気力もない。


碧は――


(……どうやって逃げよう)


出口のタイミングだけを、

必死に探していた。


「そして神は、女にね――」


時貞は遠い目をしながら語る。


自分の世界に入っていた。


「何より尊い“慈悲の心”を与えた。


 なぜそんなものが必要だったのか?


 それは――」


ゆっくりと、言葉を落とす。


「男という生き物が、途方もない愚かさで、

 ――数々の過ちを繰り返すことを、神は知っていたからだ」


静寂。


「だからその過ちを、女の寛大な慈悲で許すようにと……」


――酔っている。


完全に。


部屋の空気の重さにも。

二人の視線の冷たさにも。


そして、知性の無駄遣いにも。


まったく、気づいていない。


お尻ハンターの、

本来は感動的であるはずの熱弁。


発端は尻触った“ただの言い訳”。


――一ミリも、心に響かない。


――この瞬間、碧は確信してしまった。


(ああ、この人、天才じゃなくて“災害”かも……)



――その頃。


外ではすでにセレモニーは終わり、

湖上では引き上げ作業が静かに進み始めていた。


そして、この者たちを待つのは――

眩しい朝か。


それとも――

この場所にいる全員の運命を変える“何か”か。

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