12
ヨハン過去編3
他の業務もあり水路のチェックに予定時間をあまり組み込んでいなかったので、
紅茶の淹れ方を次回までに習得してくるよう申し付けられ、隠し部屋を後にした。
事情も少しだが耳に入れておくことが出来た。
100年ほど前にあった戦争を最後に、緩やかに技術が失われている。
この国に限ったことではないが、平和であればあるほど新しい技術は生まれ難く、
次代に継承される前に無くしたものも必要になってからすでに無いことに気付く。
水路だってそうだ。簡単な家の施工を行える者は城下にいたが、
気密性があり、勾配や衛生面も考慮した安全設計・施工を担える者は見つからなかった。
図書室に眠る過去の資料には貴族ではない者たちの名が連なっていたのに、
彼らの子息たちは他に生きがいを見出して穏やかに生活を営んでいる。
それが悪いことではないが…
むしろこの100年、危機感を持っているのが領地を治める貴族であり、
細かい設計図を依頼し、イチから人材を育てるための教本作りや指南もお願いした。
これを次の100年に繋げ広めていかなければならないのはまた別の話ではある。
もちろん技術の中には一子相伝の類のものもあり、貴族の中でしか受け継がれていない”術”というものがある。
マレフィン嬢の家はどのような術が使えるのか一部公開しているため畏怖と敬意から「断罪の魔女」と呼ばれている。
そして彼女たちは名家たる所以か、術に長け、技術にも深い造詣があり、政にも見識があるようだ。
令嬢としての作法や良識の有無は言うまでもない。
男児が生まれたほうが家督が継げると喜ばれるものだと思っていたが、
どうやらそれは表向きの理由だということは察した。
女児が生まれたほうが隠れて家同士の技術協力が得られ、問題も回避しやすく進捗状況も明るい。
いくら家庭教師を就けようが、すべての男児が優秀なわけではないように女児もそうであり、
彼女たちも生まれた時から幾度となくふるいに掛けられ、その過程でそれぞれ未来の側妃と知り合い、
国家の行く末と彼女たちの将来性を見据え隠し通路計画が持ち上がり、
殿下が14歳で社交デビューされた頃には、優秀すぎるので殿下に嫁がせない決定を陛下が下したそうだ。
殿下…遅く生まれてもダメだったかもしれません…
決して殿下が無能というわけではないが、国の象徴と成る者が後ろ暗い舞台裏を知りすぎるのもよくないという事だろう。
いずれある程度は知り得ることであってもまだお耳に入れるようなことはあってはならない。
***
コポコポコポ…
「あまり隠し事が得意というわけではないのだけれどね、縁者が曲者揃いだったし」
今では茶葉を量ったり砂時計などなくても紅茶を淹れられるようになった。
「砂糖とミルクはどうする?」
「お砂糖だけ欲しいかな」
そこはルイーゼと一緒なんだな、とふと笑みが零れる。
「うん、美味しい」
ソファでホッと息をつく彼女はルイーゼであってルイーゼではない。
わかってはいるが、どうにも愛おしさは抑えきれず隣に座り距離を詰めてしまう。
頬に差すほのかな赤みに触れ、輝く瞳に見つめられれば唇を重ねる以外に選べることなどない。
「まっ…ぅん…まってヨハぅむッ…」
彼女の後頭部に手を回し頭を固定して逃げられなくしてすぐ唇を食み、舌を絡ませ滴る蜜を吸う。
舌先から紅茶の風味が味わえなくなるのに、さほど時間はかからなかった。
星のような瞳を潤ませながら熱をもつ甘い吐息に酔いしれていると、時間が来てしまったようだ。
しがみ付いていた手が離れ、くったりして先ほどまで色付いていた頬も雪のように白く、呼吸も止まった。
今は以前ほどの焦燥感はない。
またすぐ会えるだろう、とベッドに寝かせミヒャエルの後を追うことにした。
どちらかと言えば扉が閉まり、封され見えなくなったほうが安心できる。
このまま誰の目にも触れさせたくはない、私だけの女神。




