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ヨハン過去編
その昔、社交界の妖精や女神と称された女性が4名ほど居た。
それぞれ個人であれば声を掛ける者も現れたかもしれない。
しかし陛下への挨拶を済ませ父親や兄に連れられ彼女たちが集まれば、王族をも凌駕する侵し難い世界が完成されていた。
その年のデビュタントで同年代の男たちは沸き立ち、女たちは泣き崩れた。
運がいいのか悪いのか、その年代よりも8歳ほど年上だった王太子殿下は
彼女たちが社交デビューする前に隣国の姫を娶っていたし、
すでに宰相の娘が側室として入内しており、すでに王子たちも生まれている。
そこそこ火花散る城内へさらに娘を投じようなどという家はどこにもないくらいには国は安定していた。
「もう少し遅く生まれたかった…」
執務の合間にそんな消え入りそうな呟きを何度か聞いてしまったことがある。
あの場で声にしなかっただけ流石は王族、と涙なくしては語れない。
私も彼女たちより6つ上で、殿下の気持ちがわからなくもないし、何より…殿下に嫁いだ宰相の娘が私のいとこなのである。
あの笑顔の下にある熱された鉄板のような激しい気性は宰相そのもので、政の相談はできても癒されはしないだろう。
文官として仕えつつも身内として毎日申し訳ない気持ちが先立ってしまう。
衝撃のデビュタントから1ヶ月、お披露目が終わった彼女たちはどのパーティにも出てこない。
せめて殿下の目とお心を癒して差し上げたいし、出来れば私だって癒されたい。
どうやら4人集まってお茶会をしていることは掴んだものの、足取りが全く掴めない。
彼女たちの家から出る馬車に、色んな家が密偵を貼り付けて接点を持とうとしているのに
どうにも撒かれてしまうし時には囮の馬車だとすら気付かない。
なぜそんな事を知っているのかと言えば、我が家も放っていると聞いたからだ。
私も未婚なのだからと、どうにか縁を結ぼうと
家に仕える下男や、城の諜報機関から雇い入れてまで母が取り仕切って追っている。
さすが宰相の妹。女性不審になりそうなくらい私の血縁女性は皆恐ろしい。
その日、その場に出くわしたのはただの偶然だった。
先月完成したばかりの、バラ庭園の奥にある噴水と人工滝の水量をチェックしに行った。
前日、水路に流れてくるはずの水が一瞬止まったかと思えば、鉄砲水のように流れ出てきたと報告を受けた。
王城の庭から流れる水はそのまま城下の生活用水として使えるよう水路工事も終わったところだ。
施工の月日を考えるとそう簡単にどこかが壊れるはずもなく、何か詰まるようなものがあったとしか思えない。
しかし図面を見た限りでは何か詰まるような設計ははしていなかったはずである。
噴水手前にある地下水路への扉を開ければ梯子を登ってくる金色の瞳と目があった。
「ごきげんよう」と微笑む彼女は、豊穣の女神と謳われたルイーゼ嬢。
私の心臓は一度止まったように思う。
動き始めたのは「みたな」と、地を這うような声のおかげか。
ありがとう背後から迫るいとこ殿。
軽く首を絞めて脅し殺そうとしないでどうか説明願いたい。




